フィラデルフィアにあるNPO団体Hand2Pawは、ホームレスの若者と保護動物を双方に有益な方法でつなぐ活動をしている。若者に自らの価値を認め職業訓練技能を習得するチャンスを与えつつ、飼い主のいない動物たちには相応のケアが確実に受けられるようにしているのだ。「あの子たちが受けている試練と自分の身に起きていたことはとても似ていました」と語るジェロームは元ホームレスで、今はこのNPOとの関わりをきっかけにフルタイムの職に就いている。
©Hand2Paw
「ボランティアセッションを通して、強い人間関係を築けたと感じられた」
2013年、ジェロームにとって物事があまりうまくいっていなかった。すでに2年もの間ホームレス生活を抜けたり舞い戻ったりを繰り返していた。当時彼は、フィラデルフィアのケンジントン地区にあり、ホームレスの若者の保護や支援、権利擁護などの活動をする非営利組織コヴナント・ハウスの一時保護施設「ライツ・オブ・パッセージ」で生活していたが、仕事をなかなか長続きさせることができずにいた。
進むべき道を模索していたジェロームは、ある時Hand2Pawのボランティアセッションに参加した。Hand2Pawは、保護動物とホームレス状態にある若者をつなげて双方が生活向上のために助け合える環境を築く活動をしている団体だ。この経験がジェロームの人生を一変させた。
まるでHand2Pawに関わっている何人かの人たちと強い関係を築けたように思いました」と、運命的な最初のセッション以降も参加を続けたジェロームは言う。「そして、そこに来る動物たちが受けている試練と自分の身に起きていたことはとても似ていました。
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アメリカでは、毎年200万人以上の若者(18歳~21歳)がホームレス生活を経験、そして保護される動物の数は年間600~800万匹
ペンシルバニア大学の学生だったレイチェル・コーヘンは、社会から見過ごされがちな2つのグループ、すなわち、ホームレスの十代若者たちと保護動物をつなげることを思い立ち、2009年にHand2Pawを設立した。どちらのグループも従来の保護施設が提供できる以上のケアと他者からの関心を得ることを切実に必要としていた。
アメリカでは、毎年200万人以上の若者(18歳~21歳)がホームレス生活を経験する。
決まった住所のないまま児童養護制度の適用から外れる若者に至っては、ホームレスになる確率が恐ろしいことに25%にも上る。
Hand2Pawの活動に参加する若者の多くが、養子縁組もされず住所も定まらないまま制度適用対象外となったためホームレスの若者用の保護施設に入所することになったパターンだ。中には家庭内暴力から逃れてきたケースや、性的アイデンティティを告白したことで家庭内で口論となり、勘当されたケースもある。
こうした若者たちは「不安定な状態にある」と見なされる。言いかえると、ホームレス生活が続くこと、雇用先が見つからない、望まない妊娠といった危険性があるだけでなく、単に「社会からは忘れ去られるだけの存在となり得る」状態ということである。
一方、飼い主のいないペットも驚異的な数に上る。アメリカで保護される動物の数は年間600~800万匹で、生きて施設を出るのはその約半分に過ぎない。フィラデルフィアの動物保護管理チームが運営するシェルターでは毎年約3万匹の動物を受け入れており、引き取り手が見つかるのは約70%である。言わば、このシェルターだけでも毎年約9,000匹の動物が安楽死させられていることになる。
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アメリカでは闘犬が多くの都市で行われていて、フィラデルフィアも例外ではない。この残虐行為と闘いの犠牲となり保護された犬たちは回復のため、願わくば二度目のチャンスも得られるよう、保護施設に連れて来られる。しかし、ほとんどの動物保護施設は寄付金や限られた自治体の財政支援のみで運営されているため、最低限のケアしか提供できないことが多い。
保護動物の世話を通じて、ホームレスで不安定な状態の若者に自信を持たせるプログラム
Hand2Pawの出番はここにある。
Hand2Pawのプログラムでは、保護動物の世話を通じて、ホームレスで不安定な状態の若者に自信を持たせる。
プログラムには、ボランティア活動、インターンシップ、就職支援という3つの側面がある。また、週に1回のセッションでは、大人のボランティアが「助言者」として、若者たちに動物の福祉、扱い方、健康について教えている。
Hand2Pawの若者ボランティアはこれまでにのべ2,000時間以上にわたって、フィラデルフィア市内で保護されている何千匹もの動物の世話をし、訓練し、集団生活にもなじめるよう社会化を図ってきた。これは、動物たちが引き取り手が現れるまでの間、活発で幸せで、行儀よくいられるようにするためである。
©Hand2Paw
Hand2Pawのボランティアプログラムでは、実地訓練と動物への愛情の示し方以外に、動物たちが保護されるに至った経緯、残虐行為を見つけた場合の対処法、避妊手術の重要性を人々に教えている。多くの人が都市部の動物保護施設に足を踏み入れることを躊躇するが、Hand2Pawのボランティアセッションは喜びと笑いに溢れている。
距離を置いて十代の若者たちに一方的に講義するのではなく、ボランティア同士が個々に交流を図り、大人たちも個人レベルで若者たちを理解し、そのままでは困難な人生をやり直すチャンスを作り出している。
ボランティアへの積極的な参加で、地域の保護施設での有給インターンシップの機会が与えられる。専門能力を身につけるチャンスも
毎週参加して特に興味を示した若者たちには、地域の保護施設での有給インターンシップの機会が与えられる。Hand2Pawのインターンたちはこれまで、フィラデルフィア動物保護管理チーム(市の動物管理保護施設)、ペンシルバニアSPCA(SPCA:動物虐待防止協会)、フィリーPAWS(PAWS:フィラデルフィア動物福祉協会)、ストリート・テイルズ・アニマル・レスキュー、セイブド・ミー・レスキュー等多くの施設で働いてきている。
インターンは、犬保護施設の係員や動物飼育係の手伝いをし、重要な職体験をする。例えば、保護動物について実際に自分が交流した経験を基に個々のプロフィール作成を手伝う者もいて、そうすることで動物が相性のいい里親に巡り合う確率を高める一方、自らの文章能力や専門的な技術を身につけたりしている。
Hand2Pawではまた、継続的な職業訓練、個人指導、企業とのつながりを提供し、インターンシップ参加者が雇用の機会を見つける手助けをしている。実際、Hand2Pawの過去の参加者には、インターンシップ終了と同時に動物保護施設に職を得た者もいる。
Hand2Pawの活動を通して住居取得ができたケースも。「自分以外のことを気にかけられるようになった」
最近、Hand2Pawをで雇用を得たことが、フィラデルフィアで新規に実施されたJBJソウルホームズ・プロジェクト(*)での住居取得へとつながった修了生が2人いた。ジェロームとシェリルだ。
(*)JBJ Soul Homes:フィラデルフィアでホームレス経験者が安心して恒久的に暮らせる場所とサポートを提供する団体「Project HOME」が運営する住宅の一つで、ジョン・ボンジョビ・ソウル財団の支援のもとオープンし、一部が若者専用となっている。https://projecthome.org/locations/jbj-soul-homes
ジェロームは継続してボランティア活動したことで、Hand2Pawから資金援助を得てペンシルバニアSPCAでインターンとして働いた。必ずしも円滑な道のりではなかったが、Hand2Pawはジェロームと協力し合い、彼は同僚に支えられていることを実感したという。そして、インターンシップを通じて、同じゴールを目指す人たちと一緒に働くとはどういうことなのかを理解した。そのゴールとは、ジェロームいわく、「施設にいる動物たちを可能な限り助け、支えること」である。
©Hand2Paw
Hand2Pawの最終的な目標の一つでもあるのだが、インターンシップでの経験を通じてジェロームは、自分ではなく他者のために働くことや仕事における説明責任について多くのことを学んだという。
「これまでうまく仕事を続けられなかったことが一度だけではないことは確かです」とジェロームは話す。
Hand2Pawのおかげで、自分たちがしていることは単なる作業だけではないことを理解しました。自分の仕事に誇りを持つことを学び、これまでの人生のあらゆる面でひどく欠けていた‟一貫性を持つこと”を身につけることができました。
今は、「自分以外のことも気にかけます」とジェロームは言う。日々、動物たちが体験する苦労や、プログラムが提供する支援の幅を目の当たりにし、「本当の意味で目が覚め、人生には目的があることを教えられました。仕事を得る、大学に通う、請求書を支払う、キャリアを積む、そして死ぬことが人生のすべてではありません。人生とは、どんな形であれ世界に変化をもたらし、この世界に良い足跡を残すことなのです」。
ペンシルバニアSPCAは最終的にジェロームをスタッフとして採用し、その話は、Hand2Pawの活動を取材した、ヴィラノヴァ大学のソーシャル・ジャスティス・ドキュメンタリー・プロジェクトが制作した「Heel’d」というフィルムで紹介された。「Heel’d」は、2014年全米スチューデント・アカデミー賞の最終選考作品に残っている。
Heel'd Official Trailer from Matthew Marencik on Vimeo.
「Heel’d」(英語)
助言者と目を合わせることすらできなかった参加者が「プログラムを通して、関係する人々と永続的な関係を築く経験ができた」
シェリルもコヴナント・ハウスの住人で、ジェロームと似たような経験を持つ。ハウスに入居した当初は引っ込み思案だった彼女だが、何度もボランティア活動に参加。「保護動物たちとの関係を築いて、私と同じように、彼らも痛みや失望感を乗り越えられるんだということを見せたかった」のがその理由だ。Hand2Pawとの関わりと活動に対するコミットメントによって、シェリルはPAWSウェルネス・クリニックに職を得、保護動物や低料金クリニックで診察を受ける動物の世話を担当した。
©Hand2Paw
「プログラムで得た一番大切なことは、Hand2Pawの助言者の人たちとのネットワークや、他者との永続的な関係を築く経験でした」とシェリルは話す。Hand2Pawを通じて得た仕事のおかげで、彼女もJBJソウル・ホームズの第1期住人のひとりとなった。驚くことに、はじめはHand2Pawの助言者らと目を合わせることすらできなかったシェリルが、JBJソウル・ホームズの開所式ではジョン・ボン・ジョヴィ、シスター・メアリー、市議会議長を始めとする要人らと同じステージに立って、自分の母親とホームレス状態から脱却するに至った旅路について詠んだ詩を披露したのである。
ジェロームもシェリルも、現在は仕事と大学を両立させながら一人暮らしをしている。シェリルは動物関連の支援活動にボランティアとして携わる中で、飼い犬を日中にあずかる施設「セントラル・バーク・ドギー・デイケア」で職を得、そこで動物を相手にするためのより高度な技術や経験を学んでいる。
ジェロームはスポーツ放送界で働くことを目指し、シェリルは動物や人を助けるための法律家としてのキャリアについて考え始めている。
シェリルは言う。「コヴナント・ハウスに住む誰もがそうであるように、私にも辛い過去があり、その経験をするのは私で最後にしたかったのです」。
Courtesy of INSP.ngo
※写真はHand2pawのホームページからの転載です。本文とは直接関係はありません。
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