カナダ人のジャーナリスト・作家のナオミ・クラインが、これまでの作品と違い、たった数ヶ月で書き上げた最新作を発表した。ドナルド・トランプが大統領選に勝利して以来、米国を苦しめている混沌を和らげる方法について明晰かつ深い洞察力で解き、アメリカが歴史上どんな転換点にあるかを解説する。
Photo by Kourosh Keshiri
クラインはこれまで、人間にたとえるならばトランプのような、時代を翻弄する怪物を追ってきた。最初の世界的ベストセラーとなった『ブランドなんか、いらない–搾取で巨大化する大企業の非情(原題:No Logo: Taking Aim at the Brand Bullies)』では、スーパー・ブランド(*1)、企業マーケティング、グローバリゼーションをテーマに、かつては自社製造を行ってきた企業がいかにブランドイメージを保ちながら多国籍ブランドに変容していったかを、特に開発途上国での搾取的ともいえる労働環境で生産拡大させている現実を暴いた。
*1 スーパー・ブランド:世界的に人気のある超一流のファッションブランド。
2007年に出版した『ショック・ドクトリン–惨事便乗型資本主義の正体を暴く』では、政変・テロ・自然災害といった集団的ショックのあとで破壊的かつ反民主的政策を取り入れてきた権力のあり方(「惨事便乗型資本主義」)を詳しく紹介した。9.11同時多発テロ後に成立した「米国愛国者法」はその典型である。彼女は気候変動に取り組む団体「350.org」の理事も務めている。
通常は何年もの月日をかけ、丹念に調査やインタビューを重ねて執筆する彼女だが、トランプ政権の誕生以来、危機感に急き立てられ、世間がトランプブランドに飲み込まれる前に警告を発したかったという。
わずか数ヶ月で上梓した最新作 『No is not Enough: Resisting Trump’s Shock Politics and Winning the World We Need』(Noでは足りない-トランプ政治に抵抗し、自分たちが求める世界を手に入れるために、未邦訳)は、過去の作品より読みやすい仕上がりだが、挑発的なメッセージは健在。インターネットメディア「ザ・インターセプト」によるYouTube番組でも、9分にわたり「トランプショック」に抵抗する5つの手順を解説した。
トランプブランドの背後にある勢力と政権のあり方を精緻に分析、米国が陥るやもしれない悲惨な未来を垣間見せ、事態はさらにひどくなるかもしれないと警鐘を鳴らす。
だが、読者に希望を残すことも忘れていない。人々が大胆な行動を取ること、さらに大胆な期待を持つことで可能となる道筋を示す。システムを後退させる力がはたらく中で、人々はその逆を、前向きで大きな一歩を踏み出すべきと主張する。
カナダでは、その大きな一歩は「リープ・マニフェスト」という形になった。政党ではなく、幅広い分野の社会運動が集結し、15の要求事項に合意した。そのなかには、100%再生可能エネルギー利用への転換が含まれるが、先住民族など公害被害に弱い立場にある者たちが優先的にクリーンエネルギーを享受できるべきであることも記されている。この「リープ・マニフェスト」の考え方は、世界中のさまざまな社会セクターや政府レベルで取り入れることができる。カナダではすでに46,000人以上がマニフェストに署名している。
6月19日、オレゴン州ポートランドの「パウエル書店」で読書・サイン会を行ったクラインが、イベントに先立ち、書店の控室で弊誌インタビューに応じてくれた。彼女自身「トランプ・ショー」と呼ぶ最新作、メモリアル・デーにポートランドの電車MAX停車駅で起きた殺傷事件、そして大きな一歩を踏む出すために進歩主義者らが団結する必要性について語った。
– 著書で、トランプは自身の反イスラム的発言がアメリカ本土への攻撃を煽っていること、「ドッド=フランク法(*1)」の改正が新たな経済危機を招くこと(に政策立案者が無関心であること)に十分気づいているとあります。こうした「ショック」の事態は、ホワイトハウスが国民を混乱させ、政権が背後にいる企業の‟要望リスト“ の中で国民のウケが悪いものを外すことを正当化するために必要なものに過ぎません。しかし、ショックな事柄は毎日のように起きています。さらに大きなショックが訪れることにどうしたら気付けますか?
*1 ドッド=フランク法:2010年7月、オバマ大統領政権下で成立した米国の金融規制改革法。
ナオミ・クライン(以下クライン):政権が「ドッド・フランク法」の見直しをすすめるのはマネーを生み出せるからで、その結果、バブルがはじけることには関心がないのです。規制緩和によって得られる目先の利益が魅力的なだけ。そして、救済措置が取られる際には国民に負担がいくようにしているのです。
トランプは、自らの政治に有利に働くようテロ攻撃を利用したいのだと思います。マンチェスターのコンサート会場で自爆テロ事件が発生した直後、移民が流れ込んでいるからこんなことが起きるのだと発言しましたが、実際の犯人は英国生まれでした。ロンドン橋の暴走テロの際も、だからこそイスラム排除が必要なのだと言いました。
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トランプが生み出しているこれらの「ショック」は、2008年の金融危機、ハリケーン・カトリーナ(2005年)やサンディ(2012年)、あるいは9.11同時多発テロなどの大惨事と比べるとかなり小さなものです。大きなショックの到来は…そのうち分かるでしょう。そんな事態が訪れる時には、現政権がこれまで見せたことのない一面を見せるでしょうから。
– 実際にショックが起こると、大衆は恐怖心に陥り、安全・安心のために過激で反民主的な方策を支持しがちです。妄信する傾向があります。進歩主義としては、トランプ政権がつけ込もうとしている感情的な反応をする人々との関係を悪くすることなく、どう主張していけばよいのでしょう?
クライン:それは、私がこの本を急いで出したかった理由でもあります。ショックが起きる前にいかに利用されているのかを指摘し、米国史における事例と結びつけたかったのです。歴史的記憶がなによりの緩衝装置となります。ショックの発生パターンを社会が見極められれば、「ちょっと待てよ。前と同じようなことをやらかそうとしてるぞ」と気づけるのです。
9.11同時多発テロの後に当時のブッシュ政権がショック状態を利用したこと、ジュリアーニNY市長(当時)が「偉大な父親」としてもてはやされたことを鮮明に記憶している人も多いのではないですか。今思えば、かなり恥ずかしいことです。みなさんに思い出してほしいのは、チエイニー副大統領(当時)やジュリアーニ市長に絶大な権限を与えたこと自体が間違いだったのではということです。
真珠湾攻撃の後には日系アメリカ人が強制収容され、大恐慌時代にはメキシコ人が集団で国外追放されました。残念ながら、このような史実は学校で十分に教えられていません。なかでも、危機状態で、極度の愛国主義に走った場合に起きることへの警告としては教えられていません。歴史から学び、早い段階で気づきストップをかけられる社会であれば、くり返し騙されずに済みます。それこそショックが起きる前にすべきことです。先ほどおっしゃったように、ショックが起きてしまうと人はとても弱い立場に置かれますから。
– ヒステリーを助長するのではなくショックを和らげるために、ジャーナリストや独立系メディアができることは?
クライン:ヒステリーを焚きつけようとする人には事欠きませんから、オルタナティブ・メディアや独立メディアは、全国系メディアが「トランプ・ショー」に気を取られている間に見過ごされていることを取り上げていけばよいと思います。
私が「トランプ・ショー」と言ってるのは、トランプ本人が大衆の気をそらすメリットをよく理解した上でやっているから。もちろん、トランプがターゲットにされている番組もあります。彼だってFBIの捜査が入るのはおもしろくないでしょうけど、これはあくまでジャーナリストとしての皮肉です。彼らはただただトランプから目が離せないのです。今やケーブルニュースの視聴率は過去最高です。どのメディアも、医療保険制度、ドッド・フランク法改正の動き、経済政策、国民の生活に与える影響にはちっとも時間を割いていません。選挙期間中もそうでしたが、今はあの時以上で、いうなればトランプ中毒です。大統領選の後、ケーブルテレビ局関係者がトランプに注目しすぎたことで怪物像を作り上げてしまったと非を認めましたが、事態はますます悪化しています。
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トランプ周辺を取材するなと言っているのではありません。(米大統領選への)ロシア介入疑惑などはしっかり捜査してメディアで報道すべきですが、メディアの99%を占めるのはどうかと…この状況は、ミッチ・マコーネル共和党上院議員に非常に有利に働きました。メディア側が意図したものではないにせよ、国民が他のニュースに気を取られているあいだに、評判の悪い、不利な経済政策を押し通す絶好の状況が生まれたのですから。
民主党は2018年にトランプ弾劾案を提出するのが最善策と考えているようです。弾劾を申し立て、次期選挙で自分たちに投票してくれれば、我々がトランプを弾劾すると。独立系メディアは、トランプ報道が席巻してるこの間に、見過ごされてしまっているニュースを吸い上げるべきです。
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