刑務所内は感染リスクが高い:米国で受刑者の早期釈放など異例の措置の数々

 新型コロナウイルス感染症によって、「ソーシャルディスタンス」「手洗いや手指の消毒」「マスク着用」「外出自粛」という新たな規範が生まれた。だがこれらは、受刑者たちには意味がない。 米国には連邦・州・地方の拘置所や刑務所に200万人以上が収容されている*1。刑事司法学者でデイトン大学(オハイオ州)のマーサ・ハーレー教授が、受刑者たちの感染リスクおよび米国で取られている異例の措置について解説する。

*1 2016年末時点で10万人あたり約655人が収容されている計算になる(米国司法統計局)

 

受刑者たちは感染リスクが高い背景

米国疾病予防管理センター(CDC)によると、高齢者や基礎疾患(喘息、糖尿病、高血圧など)のある人は新型コロナウイルスに感染すると重篤化するリスクが高いとされている。また、障害者についてもより予防策を心がけることとアナウンスしている。特に、移動が困難でサポートしてくれる人が必要な人、感染症についての情報を理解するのが難しい人、予防措置を取るのが難しい人、病気の症状をうまく伝えられない人、精神疾患のある人などは感染リスクが高くなるため、より一層の注意が必要とある*2。

*2 障害があるだけで感染リスクが高くなるとはいえないが、障害のある成人は一般の成人と比べると、心臓疾患、脳卒中、糖尿病、がんの罹患率が3倍とされている。
People with Disabilities (Centers for Disease Control and Prevention)

刑務所内ではこうした懸念がいっそう高まるのは、自著『Aging in Prison』(2018年出版、未邦訳)に書いたとおりだ。受刑者たちは収監される前から健康状態が悪く、ろくに医療を受けていないケースが多いし、収監後は実際よりも10〜15歳くらい老けた人に多い健康問題に見舞われやすい。「刑務所に入る」という経験自体が心理的苦痛をもたらし、精神疾患を引き起こすこともある。

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Marcello RabozziによるPixabayからの画像 

結果、全米の受刑者の半数が慢性疾患あるいは精神疾患を患っているという現状がある*3。つまり、新型コロナウイルスに感染すると重篤化するリスクが高いということになる。CDCはこうした現状を認識してはいるものの、矯正施設や刑務所入所者向けのガイドライン*4 の内容は、ソーシャルディスタンスの実践・手洗いと消毒の強化と、一般市民向けとほぼ同じである。

*3 Medical Problems of State and Federal Prisoners and Jail Inmates, 2011-12
*4 CDC Guidance on Management of COVID-19 in Correctional and Detention Facilities

刑務所内でのソーシャルディスタンスなど非現実的

ソーシャルディスタンスとは、他人との距離を6フィート(約180cm)以上あけ、人が密集する場所を避けることだが、共同空間で生活する受刑者たちにとってこれは非現実的である。

米国の刑務所はほとんどが過密状態で、その中を大勢の受刑者や職員が行き交っている。そこでの日常生活は、まさに “感染しやすい環境” である。ある知事が言ったように、ソーシャルディスタンスの実践は “難易度が高い”。

4月8日、ニューヨーク・タイムズ紙は全米の刑務所で少なくとも1,324人の感染が確認され、32人が死亡したと報じた*5。一番被害が大きかったシカゴのクック郡拘置所(約4500人収容)では、受刑者238人と職員115人が陽性に。その5日後には受刑者306人、職員218人が陽性と「感染爆発」が起こった。

 *5 Chicago’s Jail Is Top U.S. Hot Spot as Virus Spreads Behind Bars

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米最大級のクック郡刑務所の窓に書かれたメッセージ “ヘルプ!我々も大切な存在だ”
KAMIL KRZACZYNSKI/AFP via Getty Images

衛生用品やマスク、手薄状態の医療… 基本予防策すらも難しい刑務所の事情

刑務所内の運用というのは、普通の家庭や職場のそれとは異なる。というのも、多くの矯正施設では、アルコールを主成分とする衛生用品(手の除菌ローションなど)は禁制品とされ、利用が制限されているのだ。手洗い石鹸を使える保証はないし、手を乾かせるかもわからない。

アルコールや石鹸用品の利用が制限されているとなれば、施設内(監房、トイレ、食堂など)の消毒を行うことも難しい。そもそも受刑者はトイレットペーパーやティッシュの使用が制限されていることもあるし、換気が悪い施設も多い。結核がまん延しやすいのと同じで、新型コロナウイルスも “まん延しやすい” 環境なのだ*6 。

*6 刑務所内では基本的な予防対策がルール違反にあたる、または実施不可能。
When Purell is Contraband, How Do You Contain Coronavirus?

一般市民の場合は、感染が疑われる症状(発熱、咳、倦怠感、呼吸困難など)があれば医師に相談し、検査を受けることが推奨されている。しかし刑務所内では、医療従事者の数が十分ではないし、長年、慢性疾患がある者たちに適切な医療が施されてこなかったというれっきとした事実がある。

支払い能力のない受刑者に治療費を負担させている施設も多いし、ほとんどの刑務所には感染者を隔離させられるスペースはない。感染症状があっても診察も検査も受けられない、気を失うまで処置を受けられなかった者がいた、ニューヨークの刑務所では職員らが症状が出ている受刑者の診察を拒んだ… 窮状を訴える声があちこちの施設から上がってきている。

刑務所内で広がる感染状況を受け、受刑者が職員に暴力を振るう騒動に発展したところ*7、100名規模でハンガーストライキを始めたところ*8、放火騒ぎに発展したところがでてきている*9。


*7 CO punched by inmate as COVID-19 tension builds at Conn. prison
*8 100 immigrant detainees hold hunger strike at Mesa Verde in response to COVID-19 measures

*9 Inmates break windows, set fires in riot at Kansas prison

今後の対策:受刑者の早期釈放にホテル提供と前例なき措置が続く

こうした現状を踏まえると、新型コロナウイルス感染症による受刑者らの死亡率は、一般市民より大幅に高まりそうだ。 これには、懲役判決を受けた人たちだけでなく、地方の拘置所に収容されて “判決待ち” の人たちも含まれる。

一部の地域では、警察が「逮捕」の代わりに「出頭命令書」を与えるだけの方針に切り替えたところもある。ほんの数ヶ月前には「拘置所行き」になっていた犯罪に対してだ。連邦刑務所局(Fedetal Bureau of Prisons)、仮釈放委員会メンバー、全国各地の擁護団体などは、社会に害をもたらすリスクが低い受刑者たち、具体的には高齢で暴力性がない者、重度の疾患がある者など、の早期釈放を要求している。

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クック郡刑務所の外で行われた抗議デモで “早期釈放” のサインを掲げる女性
AP Photo/Nam Y. Huh

感染が広まっている刑務所内からPCR検査を受けていない受刑者らを釈放するのだ。役人らはその釈放プロセスに細心の注意を払わなければならない。 適切な計画なしにすすめれば、一般住民にウイルスをまき散らす危険性がついて回る*10。彼らを受け入れたがらない親族は多いだろうし、となると路上生活に行き着くこととなる。そこでニューヨーク市とカリフォルニアでは、早期釈放された元受刑者らをホテルに宿泊させる取り組みを始めた*11。 しかし隔離状態では働くことはできないし、釈放後にPCR検査で陽性となる可能性は十分にあるのが現状だ。

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イリノイ州シカゴのクック郡刑務所からマスクをつけて出所する人たち
Scott Olson/Getty Images

*10 新型コロナウイルスの感染爆発があったルイジアナ州の刑務所から、3月中旬以降、1500名以上が釈放されたが、行き場のない者も少なくない
My Nephew Got Out Of Prison Due To COVID-19. But Where Is He Supposed To Go?

*11 ニューヨーク市は、釈放された受刑者らが市中感染を広げないよう宿泊ホテルを提供という前例なき措置を取った。ホームレス問題が深刻なカリフォルニアもこれに続いている。
 A New Tactic To Fight Coronavirus: Send The Homeless From Jails To Hotels

※ こちらは『The Conversation』の元記事(2020年4月17日掲載)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。

著者 Martha Hurley
Professor and Director of Criminal Justice Studies, University of Dayton

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