ヘイトにはユーモアで返すべし!?/スーパーヒーローのパロディで偏見に立ち向かう漫画家

 ヘイトをまき散らす人に正論で説得したところでうまく伝わるだろうか? ヘイトが社会問題であることをより多くの人に知ってもらうことはできるだろうか?

エンジニアの仕事を辞めてアーティストに転身、米国全土を旅するスピーカーに

漫画家ヴィシャヴジット・シンはシーク教徒*1 。ダイバーシティをテーマにしたカンファレンス、企業や学校などでの講演会でマイクを持つ彼の声には熱意があふれている。

*1 インドのパンジャーブ地方由来の宗教。世界で5番目に大きいとされ、米国でも125年以上の歴史がある(米国シーク教防衛基金)


「自分の経験を漫画で伝える。そこから人種やアイデンティティ、いじめや多様性、人の弱さ、偏見といった大きなテーマに発展させていく。子どもが共感できること、大人が共感できること、そのどちらもを織り交ぜていく」

生徒の前で話をするときは、まず彼らがシンにどんな第一印象を抱いたかを聞くようにしている。 小学生たちからは「ターバンか何かを頭に巻いた人」「かっこいい靴を履いた人」「痩せてる人」といった言葉が返ってくる。 どこの出身だと思う?中学生たちに訊くと、大抵は米国以外の国が返ってくる。こうした誤解こそが教育上の絶好のチャンスとなる。

「他人にレッテルを貼ったり先入観を持ったりすることはよくない、そう頭ではわかっていても、私たちは皆その罠にはまってしまう。なぜなら私たちの脳にはそういった回路が組み込まれているし、(後天的にも)そのような思考を身に付けてしまう文化があるからです」シンは解説する。

憎しみにもユーモアを持って立ち向かうアニメがきっかけで漫画を描くように

もともとはソフトウェア・エンジニアだったシン。ターバンを巻いた髭もじゃのインド人という外見からイスラム教徒と思われたり、よそ者扱いされることも多い。特に9.11の同時多発テロ以降、彼の外見に対する人々の反応が劇的に変わった。「ターバンを巻いた褐色肌の男」はテロリズムを連想させるものとなり、“完全にあっち側の人間” を象徴するものとなっていったのだ。

「ディズニー映画の登場人物やエンタメキャラでもない限り、アメリカ人はターバンを巻いた人々を許容することができなくなりました」とシンは言う。

ニューヨークに暮らすシンは「言葉の暴力」も浴びせられてきた。 罵りの言葉を一切無視するか立ち向かうかはそのときの判断で決める。 自分はビンラディンかテロリストにでも見えますか? とすかさず質問すると、発言を撤回して謝られることも少なくないという。(軽蔑的なことを言ってくるというと白人を思い浮かべるかもしれないが、シンいわく必ずしもそうとは限らず、黒人やヒスパニック男性のことも少なくないそうだ。)

「結局、他人に対して先入観や固定概念を持っていない人間なんていない、そう気づいたんです」シンは語る。「つい私たちは物事を単純化して語ろうとしますが、人間、ひいては生きるということはもっと複雑なもののはずです」

レッテルを貼ってきた人間に同じようにレッテルを貼り返すのではなく、何らかの気づきをもたらすコミュニケーションをとりたい、そう思ったシンは、怒りを表しつつも、偏見を受けてきた自身の経験に“絶望” はしなかった。

漫画を描くようになったきっかけは、政治漫画家マーク・フィオーレのゲーム型アニメ作品『Find the Terrorist(テロリストをさがせ)』(2001年10月発売)だ。自身の辛い状況を題材に、憎しみにもユーモアを持って立ち向かうフィオーレの作品に強く共感を覚えたという。

「ターバンを巻き、髭をたくわえた人たちだって、あなたと同じユーモアを愛する人間。人はいかに他人へのステレオタイプや固定観念を抱く習性があるかを問うてほしいのです」シンは言う。

「シーク教徒がキャプテン・アメリカになったら?

シンは、カラフルで、ウィットに富んだ漫画作品に、ときに皮肉を込めて自身の体験を伝えている。

彼はこの種のユーモアを、有名なイメージやシンボルと組み合わせてきた。アメコミ黄金時代のスーパーヒーローもその1つで、彼が描く漫画作品には、ターバンを巻いた人々への理不尽な恐怖(彼は “ターバンフォビア” と呼ぶ)がよく題材となっている。

『What’s Under the Turban(ターバンの中身)』という作品では、眼鏡をかけた髭を生やしたにこやかな男が描かれ、吹き出しには 「これはターバンと呼ばれるもの。その下には約1.5kgの武器が入っている。ー 『脳』だ」とある。

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『What’s Under the Turban』
Vishavjit Singh

漫画家からコスプレ活動家に

「コスプレ活動家」となったそもそものきっかけは、2011年のニューヨーク・コミコン*2 用に、ターバンに髭面の架空のキャプテン・アメリカのポスターを描いたこと。それを見た写真家のフィオナ・アブード*3 から「このイメージどおりにコスプレしてみたら」と言われ、最初ははっきり「No!」と断っていた。

だがその後、2012年にウィスコンシン州で「シーク教寺院銃乱射事件」が発生。深く心を痛めたシンは、今の世界に必要なのは人々の心にある偏見や差別に立ち向かうスーパーヒーローだと思い至り、2013年から「シーク教徒によるキャプテン・アメリカ」のプロジェクトに取り組み始めた。

*2 2006年より毎年開催されている漫画、グラフィック小説、ビデオゲームなどをテーマとしたコンベンション。

*3 その後、彼女の写真プロジェクトにもなっている。

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クリーブランド共和党全国大会にて 
Jim Dalrymple II

オリジナルの漫画『キャプテン・アメリカ』(マーベル・コミック*4 刊行)は1941年に発行されたジョー・サイモンとジャック・カービーの作品。マーベル作品といえば、スパイダーマン、ハルク、アイアンマンなども有名だが、キャプテン・アメリカは、背が高く、頭が切れ、抜群の運動神経を持つ、自由と権利を守る一匹狼の戦士。偏見への闘いを具現化するのに申し分ないキャラクターだ。どんなパワーを兼ね備えているのかよく知らなくたって、このヒーローがまとう赤・白・青のコスチュームからは、比類なき愛国心があふれ出していることは感じるだろう。

*4 当時の社名はタイムリー・コミックス。

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ワシントンD.C.で開催されたウィメンズ・マーチにて

ニューヨークの路上やコミコン会場、2016年のクリーブランド共和党全国大会などで、自身のメッセージを多くの人々に届けてきたシン。彼のメッセージは力強いが、原作で描かれているほど “暴力的” ではない。
シアトルのウィング・ルーク博物館でも、このシリーズの展示『Wham! Bam! Pow! Cartoons, Turbans, and Confronting Hate』が長期にわたって開催された(2018年5月-2019年2月)。警察官の列の前に立った「シーク教徒版キャプテン・アメリカ」が「不寛容な奴らを慈悲の心でやっつけよう」と書かれたプラカードを手にした作品。有名作品の文脈をパロディ化することで、人々の偏狭な見方を突いた『We Are From Here(出身はココですが?)』などが展示された。

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ウィング・ルーク博物館で毎月開催されていた「見出しコンテスト」で使われているシンの漫画
写真:Vishavjit Singh

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『We Are From Here』
Vishavjit Singh

漫画のワークショップを通して子どもたちに自己表現をすすめる

彼は漫画ワークショップも主催しており、子どもたちにアートを通して自己表現することをすすめている。自伝的な長編漫画の執筆という次なるビッグプロジェクトも控えている。

悔しい思いをした経験をも、わかりやすい方法で伝えるクリエイティブ力に恵まれたシン。そんな彼が自身を「楽観的な人間」と評するのも、何ら不思議ではない。 私たちの未来は明るい、そう確信しているシンは今日も、スーパーヒーローのコスプレで「差別」と「偏見」に無敵の盾をかざしている。


ヴィシャヴジット・シン
ワシントンD.C. 生まれ、子ども時代のほとんどをインドで過ごす。数千人の死者を出した1984年のシーク教徒大量虐殺の生存者でもある。高校卒業後に米国に戻ると、カリフォルニアの大学に進学。ターバンをつけず髪も短くしていた当時はヒスパニック系に間違われることも多かったという。その後、東洋哲学を学んだことで、シーク教徒としてのアイデンティティを再び受け入れるようになった。

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Photo by Fiona Aboud


By Lisa Edge
Courtesy of Real Change / INSP.ngo
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