パンデミックにより、私たちの生活を大きく変えている「対人距離の確保」という新たなルール。この方策が、盲導犬を利用している視覚障害者たちにもたらしているものとは。米オレゴン州ポートランドのストリートペーパー『Street Roots』が、盲導犬訓練施設を取材した。
盲導犬訓練施設「ザ・シーイング・アイ(The Seeing Eye)*」に苦情電話がかかってきた。電話のむこうの女性は、外を歩いていたら盲導犬とその犬を連れた人が至近距離まで近づいてきたのだと。「歩道で犬が追い抜こうとしたときに、その女性に少し触れたんだそうです。おたくではソーシャル・ディスタンスを徹底させてないのかとご立腹でした」広報担当のミシェル・バーラクが言う。
*1929年設立、ニュージャージー州モリスタウンにある世界最古の盲導犬協会。
https://www.seeingeye.org
応対した従業員はすぐさま伝えた。おそらく盲導犬を連れていたのは訓練士ではなく視覚障害者だったのでしょうと。「(コロナ前から現場に出ている)盲導犬はソーシャルディスタンスに対応できる訓練はされていないのですが、一般の人はそんなこと知りませんからね」とバーラク。「目の不自由な盲導犬ユーザーたちが今どんな思いでいるのか、想像するのは難しいのかもしれません」
新型コロナウイルスにともなう新たな安全基準に対応するため、全米各地の盲導犬訓練施設では課題が山積している。「盲導犬を見かけたら、ソーシャル・ディスタンスをまだ理解していないと思ってください」当協会で政府調整役を務めている弁護士のメリッサ・オールマンも言う。「もちろん盲導犬ユーザーはソーシャル・ディスタンスに配慮しています。でも、相手から声をかけて距離を取ろうとしてくれないと、そこに距離を取るべき人がいることに気づきようがないのです」
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街中では多くの人がスマホに夢中で、周りに人がいることに気づかなくなっている。だからこそ、世界初の盲導犬訓練施設であるザ・シーイング・アイが、「ソーシャル・ディスタンス意識向上キャンペーン」を立ち上げ、5つの助言をイラスト付き*で発信しているのだと、オールマンは一生懸命語ってくれた。
*https://www.seeingeye.org/blog/help-seeing-eye-dog-owners.html
1. (すでに稼働している)盲導犬はソーシャルディスタンスを理解していないので、あなたから6フィート(約1.8m)離れるようにしてください。
2. あなたのペットを盲導犬に近づかせないでください。ほんの一瞬、近づいて軽くあいさつ代わりに吠えるだけでも、重要な任務中の盲導犬は集中力を失いかねません。
3. 視覚障害者に、あなたが近くにいることや犬と一緒であることを伝えてあげてください。
4. 犬の名前を呼ぶ、目線を合わす、えさをあげる、話しかけるなど、盲導犬に構おうとしないでください。盲導犬がそこに存在しないかのように対処するのがベストです。
5. 道路を横断してるときなどに、方向を指示する、視覚障害者の腕をつかむなどして盲導犬を困惑させかねないことは避けてください。まず最初に、助けは必要かどうかを訊ねてください。
これを見た多くの人たちが、「なるほど、思いもしなかった!大切な情報ね」と反応したとバーラクは言う。
目の見える人たちの「善かれ」が災いとなることも
全米盲人協会(National Federation of the Blind)でも、コロナ禍における視覚障害者たちの課題について情報発信している。広報担当のクリス・ダニエルセンいわく、目の見える人たちが善かれと思ってしたことが逆に災いとなることも少なくないとのこと。
「例えばバスに乗ったとき、席につくのをサポートしようとされる方もいますが、こんなご時世にもかかわらず、ついついソーシャル・ディスタンスを忘れる方もいらっしゃいます」
自らも目の不自由なダニエルセンは言う。「私たち視覚障害者は、何の断りもなくからだに触れられるとビックリします。知らない誰かがいきなり近づいて来てそんなことをされると、“マイクロアグレッション(日常における自覚なき差別的言動)”と感じる人さえいます。コロナ禍の今は特に感染リスクも高まってしまいますし」
視覚障害者にとっては、スーパーでの買い物も難しくなっている。というのも、店員が忙し過ぎて商品探しを手伝ってもらえない、ソーシャル・ディスタンス推進のためいつもの陳列を変更する店も出てきているから。
またパンデミックに関するニュース速報についていくのも厄介だ。ウェブサイトやテレビ局が用いるビジュアル情報は、「スクリーンリーダー(画面情報を音声化するソフトウェア)」に対応していないのだ。「例えば、感染拡大エリアなんかが地図で示されますよね。でもそういった情報は、私たちにとっては簡単に利用できるものではありません」とダニエルセンは言う。
そこで、コロナの重要な統計をビジュアルではなく文字情報で提供しようと新たなサイトが立ち上がった。多くの視覚障害者がこれを頼りにしているという。
盲導犬の訓練が中断。臨時の飼い主のもとで再開を待つ日々
北米最大の盲導犬訓練施設「ガイド・ドッグズ・フォー・ザ・ブラインド(Guide Dogs for the Blind)*」では、米国とカナダで毎年約300人の視覚障害者に盲導犬を提供している。オレゴン州ボーリングの他、カリフォルニア州サンラファエルにも施設がある。しかし外出禁止令の発令を受けて、訓練は中止に。犬たちは臨時の飼い主のもとへ移されることとなった。
視覚障害者のナンシー・スティーブンス(オレゴン州ベンド在住)は、2012年にゴールデンレトリバーの盲導犬アビーと出会った。彼にとって4番目の盲導犬であるアビーはまもなく10歳を迎える。反応の鈍さが垣間みられるため、今月で引退する予定。スティーブンスは4月末から新しい盲導犬と共同訓練を始めることになっていた。
「訓練を楽しみにしていたので残念です。でもアビーと一緒にいられるのも、それはそれでうれしいですけどね」とスティーブンス。アビーが引退したら、近所の友人に引き取ってもらう段取りをつけているが、その計画も今は保留状態だ。
「いつ訓練を再開できるのでしょうか。訓練待ちの人たちもたくさんいますから、施設は大きな難題を突きつけられています」スティーブンスは言う。
オレゴン校副代表を務めるスーザン・アームストロングも「コロナウイルスで厳しい状況です。人々の生活になくてはならないものがいろいろ停滞してしまっていますが、盲導犬の利用もその一つです」と語った。
オレゴン校では、コロナ安全対策に従い、3月から必要最低限のスタッフ以外は自宅待機としている。訓練中の盲導犬約80頭は、犬舎から臨時の飼い主の元へすばやく移動させた。
「私たちには、盲導犬の預かり先ならびに子犬の飼育者となってくれる素晴らしいコミュニティがあり、とても心強い存在です」とアームストロング。
子犬の飼育者の一人キャスリン・マークセン=シモンソンは、ラブラドールを一匹預かりますと名乗り出てくれた。自身も視覚障害で、自宅にはすでに黒いラブラドールが2匹いて、うち1匹は自身の盲導犬ナビスコだ。
キャスリン・マークセン=シモンソンと盲導犬のナビスコ
Photo courtesy of Guide Dogs for the Blind
「(新しい犬が)慣れるのに少し時間がかかりました。子犬の時に別の飼育者の元にいて、施設の犬舎に入ったかと思ったら、またこうやって人の家で生活することになったのだから当然ですよね。でももう大丈夫そうです」
シモンソンは、愛情が芽生えるのに時間はかからないと言う。「自分がずっと飼い続けられる犬ではないと分かっていながらも、愛情は芽生えます。でも、この子たちにはもっと大きな使命がある、そう思うと救われますね」
通常、子犬の飼育者はサンラファエルの繁殖施設から、生後8週間の子犬を受け取る。そして約1年かけて、子犬と過ごしながら正しいマナーを教え込む。その後、犬は訓練所に送られ、3ヶ月の集中訓練を受けてから、新しいユーザーとの共同訓練に入る。通常、1クラス6〜8人の盲導犬ユーザーが施設内の宿泊施設に2週間入居して行われる。
しかしパンデミックが起きてからは、色々なことが違ってきている。まず、飼育者、従業員、ボランティアたちは、犬に触る前にしっかり手を洗うことが励行され、体調が悪いときは犬に近づかないよう指示されている。この先、臨時の飼い主たちにいつまで預けなくてはならないのか、先が見えない状況だ。
オールマンのパートナーである盲導犬ルナは、“STAY HOME” に慣れていない。いつもだったら、出勤時には車の乗り合わせ場所まで一緒に歩く。講演の仕事で飛行機に搭乗するときも、街中で用事を済ますときも、いつもそばで助けてくれる。それが今は、社会的距離の確保を遵守しながら、近くの通りを少し散歩するだけだ。「この子たちは、ペットではなく、働く犬として育てられ訓練されてきました。本当はもっと活発に動き回りたいはず。ヘンだなと感じているでしょうね」
ルナと一緒に一つずつ問題に対処しつつ、盲導犬を待っている人たちに心を寄せているオールマン。「そういう状況にある人たちを思うと心が痛みます。早く、すべてうまくいくといいのですが」
「早く訓練に参加したいですね」スティーブンスも言う。「でも今はもっと大きな問題が山積み。仕事ができない訓練士たちが気の毒です」
だが、両訓練施設のスタッフは前向きだ。時がくれば、盲導犬たちはまた施設の生活に慣れる、未来のパートナーのための準備ができるだろうと。「ここの盲導犬たちは何世代にも渡って、社会で活躍できる信頼できる盲導犬を目指して育てられてきました。コロナ禍で、彼らのそういった性質や社会性が変わるとは思いません」とバーラクは言う。
アームストロングも同意見だ。「犬というのは、とても優れた情報保持能力を持ち合わせています。私たちはまた訓練生活を展開していける、強い自信があります」
By Libby Dowsett
Courtesy of Street Roots / INSP.ngo
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