加速する気候危機に対し、世界で最も温室効果ガスを排出している組織「米軍」の存在はあまり知られていない。京都議定書の合意により、最も信頼される気候変動の報告書でも計算対象外とされ、米国も排出量を公開していない。米ルイス&クラーク大学のマーティン・ハートランズバーグ名誉教授(経済学)によるレポートをお届けする。
2007年、曲技飛行を行う米海軍の「ブルーエンジェルス」Photo: U.S. Navy photo
世界最大の石油消費組織、米軍
4人の研究者が推定値を算出
気候変動が起こっているのは誰の目にも明らかになってきた。天候パターンは劇的に変化し、台風や洪水、干ばつ、森林火災といった自然災害が頻発。多くの人の暮らしや命を脅かしている。化石燃料に依存した経済システムによって大気中に放出される温室効果ガス(二酸化炭素やメタンガスなど)は増え続ける一方で、政府や企業の行動を変えるべく何百万人もの人々が世界の路上で訴えている。
しかし、温室効果ガスの最大の排出者が、今なお人目にさらされることなく雲の上を飛び回っているのだ。「米国防総省、つまり米軍は、世界で最も大量の石油を消費する機関であり、単一の組織としては世界最大の温室効果ガス排出者なのです」。米ブラウン大学発の研究事業「コスト・オブ・ウォー・プロジェクト」共同責任者のネタ・クロフォードは指摘する。
米国が巨額の軍事予算を抱えているのは周知のとおりだ。その額は世界トップで、2位から8位までの7ヵ国(中国、サウジアラビア、インド、フランス、ロシア、英国、ドイツ)の合計を上回る(18年時)。
こうした軍事費自体の情報はすぐに入手できるが、軍事活動が地球温暖化に与える影響となると一筋縄ではいかない。その理由の一つは、1997年採択の京都議定書にさかのぼる。米政府が圧力をかけたため、軍事活動からの排出は国家の排出量にカウントされず報告する必要もないことに、交渉参加国は合意せざるをえなかったのだ。このため「気候変動に関する政府間パネル(IPCC ※1)」は気候変動の進行状況に関して世界で最も信頼される報告書の一つだが、軍事部門からの排出は計算に含まれていない。
※1 88年に設立し、世界190ヵ国以上が加盟する組織。地球温暖化について世界中の専門家の知見を集約した報告書を数年おきに発表している。
だが、燃料の使用状況を公開しない米軍に対し、具体的な推定値を算出した4人の英研究者がいる。オリバー・ベルチャー、ベンジャミン・ネイマーク、パトリック・ビガー、カラ・ケネリーは情報公開法に基づき、米国防兵站局(DLA)に軍の燃料購入記録に関する情報開示を求めたのだ。
米国防兵站局は、戦闘、平和維持活動、基地の運営といったあらゆる軍事活動を支えるサプライチェーン(供給網)を管轄している。そしてその局内には、軍のエネルギー需要を管理するエネルギー部がある。「このエネルギー部は、国内外からの燃料購入や契約に関する対外的な窓口であると同時に、燃料を含むあらゆる消耗品を米軍内で売る販売所でもあるのです」と研究者らは語る。
海空軍、航空機の排出量は 地上に比べ温室効果2~4倍
そう、軍事には燃料が必要だ。この一言に尽きる。偵察や攻撃のためにジェット機や爆撃機を飛ばし、隊員や武器を基地や紛争地へと運び、演習用の船に動力を供給し、パトロールや戦闘部隊が使う車両を走らせ、国内のみならず世界中の米軍基地を維持するためには、燃料がなくてはならない。
研究者たちは、燃料の確保や分配を担うこのエネルギー部に対して、2013~17年度までの陸海空軍の燃料購入実績、ならびに国外の米軍拠点・キャンプ・基地・給油船の管理業者との間で交わされた燃料契約の記録を請求。開示された情報をもとに購入燃料の総量を計算し、米軍が排出する温室効果ガスの推定値を出した。
「米軍は、中くらいの規模の国々よりも多くの液体燃料を消費し、二酸化炭素を排出しているのです」と4人の研究者は言う。たとえば、14年に米軍が排出した温室効果ガスは、燃料消費に起因する部分だけを見ても、ルーマニア全体の排出量とほぼ同程度だ(図1)。もし米軍を一つの国とたとえるならば、同年に米軍は世界で45番目に温室効果ガスを排出した国となる。
電力や食料消費など燃料部門以外の排出も含めれば、米軍のランキングはもっと上位になるだろう。そして当然ながら、軍に納入する武器を製造する多くの企業からの排出は、この数字に含まれていない。
米軍の燃料依存度は年々飛躍的に高まっている。空軍力に大きく依存する米軍が購入する燃料のほとんどは、海空軍用のジェット燃料だ(図2)。敵に対する直接的な威嚇や攻撃、海外で展開する重武装の地上部隊への後方支援など、空軍力が果たす役割は大きい。そして空軍は膨大な燃料を食う。軍の航空機は、極めて高い高度で燃料を燃焼するため「(地上とは)異なる化学反応が起こり、地上での排出に比べて温室効果が2~4倍に跳ね上がる」とみられている。
たとえば、ステルス爆撃機B-2(※2)は1マイル(約1・6㎞)飛行するのに約16ℓの燃料を、F-35A戦闘爆撃機(※3)は約9ℓの燃料を消費する。燃料を移送する空中給油機や、陸上を走る車両も大量のガソリンを消費する。
ステルス爆撃機B-2。米軍は現在20機保有している Photo: U.S. Air Force photo/Gary Ell
※2 03年のイラク戦争や11年・17年のリビア軍事介入などで空爆を行った。「ステルス」とは敵のレーダーに検知されない特徴のこと。
※3 日本も莫大な予算を投じ、17機保有している。昨年4月に青森県沖で堕落事故を起こした。
6万台を所有する軍用車両「ハンヴィー(HUMVEE)」の場合、さまざまな装備を抱えて走るため、ディーゼル燃料1ガロン(約3・8ℓ)あたりの走行距離は4~8マイル(約6~13㎞)だ(※4)。
海軍が所有するハンヴィー
※4 たとえば近年の一般的な中型車(ディーゼル燃料)の走行距離は、1ガロンあたり約61~80㎞。
76ヵ国で活動。気候変動を 安全保障上の脅威とみなす
言うまでもないことだが、活発な軍隊ほど大量の燃料を消費する。「米軍はこのところ実に忙しい」と4人の研究者は指摘した。「15~17年の間に米軍は76ヵ国で活動しました。そのうち7ヵ国に対して空爆やドローン攻撃を仕掛け、15ヵ国で地上軍を展開させ、44ヵ国に軍事基地を置き、56ヵ国でテロ対策訓練を実施しました」
皮肉にも、米国の政治家たちが気候変動懐疑論をとる一方で、軍は気候変動の危機について十分に認識している。というのも気候変動が、軍事作戦を速やかに展開する上で脅威となっているからだ。クロフォードによれば、18年初めに国防総省は「米軍の軍事拠点の約半数が既に気候変動関連の影響を受けている」と報告していたが、その1年後には「既に何十ヵ所もの拠点が実際に地球温暖化の影響を受けている」と発表した。その内訳には、繰り返し起きる洪水(53事例)、干ばつ(43事例)、森林火災(36事例)、砂漠化(6事例)が含まれている。
しかしさらに重要なのは、軍が気候変動を安全保障上の脅威と見ていることだ。気候変動が防衛計画にもたらす影響を軍は長年にわたり分析していて、国家情報長官室はこう説明している。「地球環境と生態系の劣化や気候変動によって、19年以降も資源獲得競争は激化し、経済危機や社会不安をさらに煽る恐れがある」。米軍は、国益を損ないかねない気候関連の脅威への対応策を考えるにあたり、当然のことながら軍の行動能力を強化しようとするだろう。しかしそのような対応は、ますます気候変動に拍車をかけるだけだ。
人々は、地球温暖化にストップをかけるための有効で迅速な行動を起こすよう、政府に求めている。これ自体は正しいことであるが、政府の行動に今後含まれなければならないのが、軍事費の削減と海外の軍事拠点・軍事介入の大幅な縮小だ。米軍は、単一の組織としては世界最大の温室効果ガス排出者であり、この国の軍国主義を抑制するための闘いは地球にとっても世界にとっても極めて重要なのだ。軍事費の削減で浮いた予算は、環境配慮型の経済システムを創るなど、あらゆる分野で必要とされるだろう。
(Martin Hart-Landsberg, Street Roots/INSP/編集部)
図1・2ともに出典(Belcher, O., Bigger, P., Neimark, B. and Kennelly, C. (2019) Hidden carbon costs of the “everywhere war”: Logistics, geopolitical ecology, and the carbon boot‐print of the US military. Transactions of the Institute of British Geographers.)を参考に作成
※上記は『ビッグイシュー日本版』389号からの転載です。
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