米国カリフォルニア州は、2045年までに同州の温室効果ガス排出量をゼロとし、ゆくゆくは州外の排出量削減までをも視野に入れた大胆な気候変動対策の計画を発表した*1。カリフォルニア大気資源委員会の理事として本計画の策定にかかわってきたダニエル・スパーリング(カリフォルニア大学デービス校土木工学・環境科学政策学部の教授で、国際的な環境賞ブループラネット賞の2013年受賞者)が『The Conversation』に寄稿した記事を紹介する。
*1 参照:California Releases World’s First Plan to Achieve Net Zero Carbon Pollution
世界に広がりうるカリフォルニアの動き
本計画の実現には、産業、エネルギー、輸送分野における大規模な変革、組織や人々の抜本的な行動変化が必要で、もちろんそれは容易なことではない。計画策定を進めてきたこの2年間でも、環境正義*2、経済的問題、地域ごとのルールなどの観点から、数多くの課題や対立が浮上した。しかし、カリフォルニア州がこの計画を成功させられる可能性は大きく、世界の他の地域の道しるべとなることができる、と筆者は確信している。
*2 人種や所得、身分などにかかわらず、誰もが公平に安全な環境で暮らせるよう提言すること。
カリフォルニア州の動きには、州内にとどまらない影響力がある。というのも、カリフォルニア州は世界第4位に匹敵する経済圏であり、その環境要件は世界各国から模範とされてきた歴史があるのだ。自動車・トラック・バスのゼロエミッション(排ガスを出さない)、低炭素燃料、再生可能エネルギーに関して、世界でもっとも意欲的な要件を打ち出し、最大規模の炭素キャップ&トレード制度(温室効果ガスの排出枠を取引できる制度)も設けている。
国内の他の州では、連邦政府の排出基準を採用するか、カリフォルニア州のより厳しい規則を採用するか、二つの選択肢が突きつけられるなか、後者を選択し、国の政策の先を行こうとする州が増えている。そのため、世界の温室効果ガス排出量に占める割合は1%未満のカリフォルニア州がより高い基準を設定すれば、その技術、制度、行動における変革の波が他の地域にも広がっていく可能性がある。
ではカリフォルニア州は、どのようにして2030年までに温室効果ガス排出量を1990年比で48%削減し、2045年までにカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量から吸収量を差し引いてゼロにすること)を達成しようとしているのか。
この度公開された新計画によると、2022年から2045年にかけて石油使用量を94%削減し、化石燃料の総使用量を86%減らすことで、全体としての温室効果ガス排出量を1990年比で85%削減しようとしている。そして、残りの15%は「二酸化炭素回収・貯留(CCS)」、つまり発電所や化学工場で排出された二酸化炭素を回収し、地下・森林・土壌などに貯留するとしている。
これらの目標を達成するため、ゼロエミッション車を現状の37倍に、住宅の電化機器(オール電化住宅など)を6倍に、風力発電と太陽光発電の設置を4倍に、総発電量を2倍にする計画だ。また、水素燃料の推進、農場や森林の管理改善による山火事の減少、二酸化炭素の貯留、化学肥料の需要減少*3 を打ち出している。これほどの大規模計画を実現するには、産業界における大変革を起こす必要がある。
カリフォルニア州メニフィー市で開発がすすむマイクログリッド型コミュニティーにある、ソーラーパネル、ヒートポンプ、バッテリー完備の電化住宅。Watchara Phomicinda/MediaNews Group/The Press-Enterprise via Getty Images
*3 化学肥料を使用した際に発生する窒素を含む成分が地球温暖化の一つの要因になるとされている。
カリフォルニア州の排出源トップは「輸送」
カリフォルニア州の温室効果ガス排出量の約半分を占めるのは輸送分野(燃料用の石油精製の排出も含む)のため、当分野の取り組みがもっとも方針が固まっている。新しい乗用車、トラック、バスのほぼすべてにゼロエミッションを義務づける規制がすでに導入され、乗り合いバスは2029年までに、新規販売のトラックと乗用車のほとんどは2035年までに、排出量ゼロを達成することとされている。
さらに、同州の「低炭素燃料基準」は、石油会社に輸送用燃料の炭素強度の低減を求め、従来型の車両が2045年以降も道路を走る場合は、低炭素のバイオ燃料を使用することとしている。
カリフォルニア州のゼロエミッション目標を実現するには、車両の電気化および再生可能エネルギーへのシフトが不可欠。Sergio Pitamitz / VWPics/Universal Images Group via Getty Images
ただし、これらの規制も、反対派の動きが広がれば、修正や撤回される可能性もある。充電池のコスト下げ止まり、電力事業者による充電インフラ整備の遅れ、新しい充電施設や送電網の改修を妨げる動きがあれば、ゼロエミッション車への要件を引き下げざるを得なくなるだろう。
人々の行動変化も求められている。計画では、2030年の自動車走行距離を2019年比で25%削減するとしているが、見通しはかなり暗い。自動車の利用を大幅に減らすには、道路使用料や駐車料金を高くするしかないが、政治家や有権者がこの案を支持するとは思えず、とりわけ車通勤が必須の低所得層への影響も懸念される。自動運転車のライドシェア(相乗り)推進も、少なくともこの先10年で大きく普及するとは考えにくい。
再生可能エネルギーの導入促進のいま
温室効果ガスの排出削減の鍵は、再生可能エネルギーでの発電にあるが、あらゆるものの電化を進めるには、既存の天然ガス発電所の(再生可能エネルギー発電への)置き換えだけでなく、総発電量の拡大も必須である。計画では、2045年までに再生可能エネルギーによる発電量を4倍にし、総発電量を倍増させるとしている。ネットゼロ(温室効果ガスの実質ゼロ排出)を達成するには、気の遠くなるような拡張と投資を行うことこそが何よりも重要な「変化」である。
建物の電化についてはカリフォルニア州は初期段階にあり、新築住宅には屋上にソーラーパネルの設置を義務付けるとともに、既存の住宅には天然ガスの使用からヒートポンプ*4 や電化機器への交換を促すインセンティブや規制を導入している。
*4 空気中などから熱を集めて移動させ、熱エネルギーとして使う技術。
カリフォルニア州は2045年までに電力の100%をゼロエミッション(2021年時点では52%)とする、との法律を定めている。その策には洋上風力発電も含まれ、これには浮体式風力タービンという新技術が必要となる。2022年12月、米連邦政府は太平洋上に洋上風力発電所の設置場所を借り受け、これにより150万世帯以上への電力供給が可能になる計画だが、技術面・規制面での課題をクリアするには何年もの年月がかかるであろう。
太陽光発電について、本計画が重視しているのは、屋上型ソーラーパネルよりも安価かつ迅速に発電できる大規模な太陽光発電所だ。奇しくも計画が発表されたのと同じ週、カリフォルニア州公益事業委員会は、自宅の太陽光発電で得た電力を送電網に送ると受け取れる還付金額の大幅引き下げを決めた。現在の電気料金体系では、還付の恩恵を受けられるのは主に裕福な世帯で、それ以外の世帯には電気代の上昇を押し付けているため、より公平かつ持続可能なモデルを実現するための措置だと説明した。
炭素回収における課題
企業の温室効果ガスの排出量削減を奨励する施策「キャップ&トレード制度」も、排出規制がより厳しくなるだろう。排出量削減へのインセンティブに何十億ドルもの資金を生み出すなど効果を発揮してきた当制度だが、エネルギー効率が向上し、化石燃料に替わる新たな規制が導入されれば、その役割も変わっていくだろう。
計画の策定段階で大きな論争を引き起こしたのが、「二酸化炭素回収・貯留(CCS)」技術への依存だ。その背景にあるのは、CCSによって二酸化炭素は回収されても、化石燃料の関連施設は汚染物質の放出を続けるのではないかとの懸念だ。しかも、こうした施設の多くは貧困地域に立地している。
カリフォルニアが計画を実現できる可能性は?
温室効果ガスの排出削減を目標より早く達成したこともあるカリフォルニア州だが、2045年までにネットゼロ(温室効果ガスの排出量を正味ゼロにすること)を達成するには、これまで以上の抜本的変化が必要で、そこには多くの問題が立ちはだかっているのも事実だ。
二酸化炭素の回収や、ニンビー*5 主義による新たな設備の建設を反対する声が高まれば、必要な投資が妨げられるおそれがある。新しい送電線、太陽光発電や風力発電の大規模施設、トラック充電用の変電所、再生可能ディーゼル燃料の生産に向けた精製所の改造などに地元が反対すれば、変革を遅らせるだろう。また、経済成長が鈍化するとの恐れから投資がおさえられ、経済的混乱、ひいては低所得者にしわ寄せがいきかねない。また、価格や地政学的な懸念もある。2022年、ロシアのウクライナ侵攻による余波で重要な原材料の供給に遅れが出ており、リチウム電池の価格上昇の影響がどこまで続くのかも懸念される。また、電力会社はゼロエミッションの車両増加に見合うだけのインフラや送電網の整備を進められるのだろうか。
2022年11月、ロングビーチ港に米国初となる大型の電気トラック用の充電ステーションが設置された。Brittany Murray/MediaNews Group/Long Beach Press-Telegram via Getty Images
*5 自分の家の近くに都合の悪いものを設置してほしくないという考え。Not In My Backyard(うちの裏庭にはやめて)の頭文字をとってNIMBYという。
排出量の制限ならびに目標のさらなる強化は必須だが、カリフォルニア州が必要な政策基盤をすでに整備し、枠組みと政策のメカニズムがほぼ整っているという事実に期待を寄せたい。
著者
Daniel Sperling
Distinguished Blue Planet Prize Professor of Civil and Environmental Engineering and Founding Director, Institute of Transportation Studies, University of California, Davis
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2023年1月26日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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