イスラエル占領下にあるパレスチナの地区では、12歳以上の子どもが逮捕の対象となり、投石行為などで逮捕・尋問を受ける未成年者が後を絶たない。兵士の急襲や検問所封鎖は日常生活にも支障をきたしている。こうした実情をスマホで撮影し、フェイスブックで発信し続けるのが13歳のジャーナリスト、ジャンナ・ジハードだ。米国オレゴン州のストリート紙『ストリート・ルーツ』の取材に応じた。
※下記は 2019年10月01日発売の『ビッグイシュー日本版』368号からの転載です。記事中の人物の年齢や状況等は掲載当時のものです。
7歳からスマホで映像録画
子どもにガス弾を投げる兵士
2018年4月21日、背後で爆発音が鳴り響く――。「見てのとおり、占領イスラエル軍がそこのガレージに隠れています」。口調はいたって冷静だ。「子どもたちが少しでも近づくと、兵士はこちらに向かってガス弾をたくさん投げつけてきます。(爆発音)それがこの音です」。フェイスブックに投稿された動画でこうレポートするのはひとりの少女である。人々が逃げ回る中、彼女はカメラに向かってアラビア語で語りかけ、途中で英語に切り替えた。
「私たちはここから、絶対に負けないというメッセージを世界に向けて発信しています。パレスチナ自治区ナビー・サーレフから、ジャンナ・ジハードがお送りしました」
13歳の活動家でジャーナリストでもあるジャンナ・ジハードがヨルダン川西岸地区の自宅からインターネットに投稿している動画は、上記を含めて数百件に上る。彼女がジャーナリズムの道へと踏み出したのは、母親のスマートフォンで遊んでいた7歳の時。ナビー・サーレフでは、イスラエルによる占領支配に抗議するデモが毎週行われており、ジハードは自分が目にしたことや感じたことをカメラに向かって語った。パレスチナ社会開発省の女性問題担当部長で活動家でもある母親のナワル・タミーミは、娘がスマホに録画した映像を見ると、それをソーシャルメディアに投稿するようになった。今や彼女のフェイスブックページのフォロワーは30万人*を超えている。
※2021年5月現在では60万人を超えている。
ジハードが住むナビー・サーレフは人口約550人の小さな村だが、毎週金曜日にデモを行うなど抗議活動が盛んだ。村の6割は「エリアC」と呼ばれるイスラエル管轄区域である。93年に交わされたオスロ合意の下、西岸地区のこの一帯は徐々にパレスチナ当局に引き渡されるはずだった。にもかかわらず、同エリア内の警察権は未だにイスラエルが握り、建物の建築やインフラ整備の際にはイスラエル軍の許可が必要だ。ジハードはまだ短いその人生において、人が殺される場面を目撃し、本人曰く「ほぼ日常化している急襲」を目の当たりにしてきた。
ネットでイスラエル組織から中傷
4歳半の時、友達が殺される
あらかじめ断っておくが、彼女の名前「Janna Jihad」をグーグル検索すると、ジハードへの批判が大量に見つかる。その大半はイスラエルを拠点とする組織によるもので、「ジハードはパレスチナによるプロパガンダの道具にすぎない」と切り捨てられている。彼女が大規模な活動家グループ「タミーミ・ファミリー」の一員であることを理由に、その信用性に泥を塗ろうというわけだ(※1)。
※1 『ストリート・ルーツ』は、ジハードとその家族、イスラエルのプロパガンダに詳しい信頼できる複数の事情通に話を聞いた。ジハードはまだ10代で、多少大げさな面もある一方、その発言は信頼に値し、体験談に偽りはないと判断した。
彼女が投稿する動画では、占領下で生活する子どもたちを垣間見ることができる。平和的デモに参加する子どもや、イスラエル軍の武装車両に石を投げる子ども、イスラエル軍兵士に向かって大声で抗議するジハード自身が映っているほか、友人が殺害された直後の映像や、視察に訪れた政府高官へのインタビューもある。「友人の命を奪ったのはイスラエル軍兵士だ」とジハード。知人が殺される現場を目にしたのはそれが4度目だった。
「最初に殺されたのは友だちのムスタファでした。私がまだ4歳半くらいの時です。2度目はおじのラシュディで、私は5歳でした」。同い年のいとこ、ムハンマド・タミーミはゴム弾を頭に被弾して頭蓋骨の3分の1を失い、再建手術が必要となった。その後も3度、逮捕・尋問されたという。こうした動きは、17年12月にトランプ米大統領がエルサレムをイスラエルの首都として承認すると発表したのを受けて、イスラエル軍の急襲が増えたからだとジハードは見ている。
12歳以上を逮捕可能にする法律
尋問、虐待がトラウマに
子どもが逮捕される容疑の大半は、道具を使った投石行為だ。ナビー・サーレフ村など「エリアC」はイスラエルの法律下にあり、兵士や武装車両などに対する投石は有罪とされているが、それでも人々はデモや軍の急襲を受けた際、不条理な占領に対するせめてもの抵抗として石を放つことがある(※2)。「12歳以上なら逮捕されるのです。そんな法律は私に言わせれば違法ですが、それさえも破られることがあります。昨年は11歳のいとこが逮捕されました」。ジハードは父親が事業を行うフロリダで生まれたため、米国籍を持っている。彼女が親族と違って逮捕や迫害を免れているのは、国籍のおかげなのかもしれない。
※2 逮捕・攻撃されるリスクを承知の上なぜ投石を行うのかについては「戦闘機や武装した兵士、占領に対して、抵抗の意を表したいから」(abc NEWS)や「石を投げることでイスラエル軍が応戦してきて、誰かが血を流すことでそれがニュースになるから。犠牲者が出なければ、世界は現地の実態を知ってくれない」(JVC)などの考えがある。
「私たちは、逮捕・拘留されている子どもたちがどのような扱いを受け、権利を侵害されているのかについて、社会の関心を高めようとしています」とジハード。子どもたちは尋問中、身体的かつ心理的な暴力を受けることがあり、心的外傷(トラウマ)を負うことも多い。尋問は数時間から数ヵ月におよぶこともあるという。
ユニセフが13年に公表した報告書によれば、イスラエル軍に逮捕・尋問された12歳~17歳のパレスチナ人の数は10年間で毎年約700人に上る。また、国連の人道問題調整事務所(OCHA)が隔週で公表する報告書(※3)では、19年8月後半の2週間で、イスラエル軍がパレスチナ人のデモ隊に向けて実弾などを発砲し、96人の未成年者が病院搬送されたことが明らかになっている。
※3 www.ochaopt.orgのトップページから見る ことができる(英語)。
非政府組織「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」は、パレスチナ人未成年者とその親に聞き取り調査を行い、家族が収集した証拠を確認した結果、次のように結論づけた。「(イスラエル)治安部隊は、子どもたちの首を絞め、スタングレネード(閃光弾 ※4)を投げつけ、拘留中に殴打し、親や弁護士が不在の場で脅迫や尋問を行い、子どもの所在を親に知らせないなどの行為に及んでいる」
※4 爆発時の閃光と爆発音により、相手を一時的にひるませるための手榴弾だが、死傷の可能性もある。
6年前に動画を投稿し始めて以来、子どもたちが置かれている状況は悪化していると、ジハードは語る。「より多くの子どもたちが殺され、負傷したり、逮捕されたりしているのです」。国連のOCHAによれば、イスラエル軍によって犠牲となったパレスチナ人の数は18年に、調査を開始して以来最高の295人に達した。そのうち18歳未満は57人だ。負傷者は18歳未満7000人を含む、2万9000人。一方、同じ時期にパレスチナ人によって犠牲となったイスラエル人は14人、負傷者は137人だった。
検問所封鎖で、通学時間は数倍
病院に行けない高齢者、妊婦
米国の軍事援助により助長
日常生活にも支障が生じている。学校までの通学路には、頻繁に検問所が3ヵ所設けられるそうだ。設置された検問所が封鎖されていると、通常は25分の道のりが、遠回りを余儀なくされて数時間かかってしまう。車両捜索や尋問のために、延々と待たされることもある。「(軍は)通学時間帯を選んで通学路に検問所を設置するのです。子どもたちに教育を受けさせたくないからでしょう」とジハードは言う。週3回の人工透析が必要なジハードの祖母は、検問所のせいで通院できない時もある。「検問所の通過待ちの車内で出産する女性もいます」
イスラエル軍兵士に歩み寄って面と向かって抗議する勇気はどこから湧いてくるのかとたずねると、ジハードはこう答えた。「最初にはっきりさせておきたいのですが、私が兵士のほうに行くのではありません。向こうがこちらにやってくるのです。私が住む村の、私の家のすぐそばまで来るのです」。幼い頃から絶え間ない恐怖の中で暮らし、兵士が近くに来ると、テーブルの下やトイレに隠れていたジハード。けれども、今はもう違う。「私はやがて、恐怖に支配されるのではなく、恐怖をコントロールすることがとても大事だと学びました。恐怖に支配されたら、生活も、抵抗も、何もできなくなるからです」
ジハードは米国滞在中、パレスチナの子どもたちの人権擁護に努めるベティ・マッカラム下院議員に現地の実情を語った。マッカラムは、いかなる国であれ軍隊による子どもの拘束に資金援助することを禁じる法案を連邦議会に提出した人物だ。18年に開催された「パレスチナ人の権利を訴える全米会議」の席上では、米政府が毎年拠出する、イスラエル軍事援助予算38億ドル(約3900億円 ※5)が「いかにパレスチナ領土の軍事支配とパレスチナ人の抑圧を可能にし、助長しているかを考えてほしい」と出席者に訴えた。
※5 米国はオバマ政権下の16年、19年~28年の10年間にわたって年間38億ドル(計380億ドル、約3・9兆円)の軍事援助を決定した。
ヨルダン川西岸に住む同年代の子どもたちは未来についてどう考えているか、ジハードに聞いた。「占領下では、夢を持ちたくても限界があります。ですが、私たちはその限界を超え、大きな夢を持とうとしています」。ジハードは、占領は今後10年以内に終わるはずだと信じている。
(Emily Green, Street Roots / INSP / 編集部)
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ジャンナ・ジハード
Photo : Kat Berbari