スポーツが原因で認知症になる?
頭蓋骨の内側で脳が小さな衝突を繰り返すことで、認知症の要因となる慢性的な神経変性疾患のリスクが高まるとのエビデンスが増えている。英ボーンマス大学スポーツ&イベントマネジメント学部副学部長のキース・パリーたちによる『The Conversation』への寄稿記事を紹介しよう。
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1966年のサッカーワールドカップで優勝したイングランド代表チームの有名選手で認知症を発症する人が増えており*1、その原因はヘディングにあるのではとみられている。今すぐにでも、18歳未満のヘディングの全面的禁止と、それ以上の年齢でもヘディングをしっかり監視し、回数を減らしていくべきだろう。
*1 Football and dementia: players who died with or are living with the disease
問題とされているのは、頭を強打した選手がピッチから運び出され、病院で検査を受けるような大きな衝撃だけでなく、普段の練習で受ける小さな衝撃も含まれる。認知症の一種である慢性外傷性脳症(CTE)は、日常的な活動の中で規則的に脳に衝撃を受けている人のみに発症することが研究から明らかとなっている。
この問題は、ウィル・スミス主演の2015年の映画『コンカッション』(「脳震盪」を意味するこの映画タイトルは一度の大きな衝撃をイメージさせるため、実際は無数の小さな衝撃が問題であるという事実が見過ごされる懸念がある)や、慢性外傷性脳症を患った米アメフト選手アーロン・ヘルナンデスを描いたNetflixドキュメンタリー『内なる殺人者:アーロン・ヘルナンデスの素顔』でも取り上げられた。
最近の研究では、アメフトを3~5年プレーすると認知症になる可能性が2倍になると示されている*2。英国では、この問題への関心が高まっており、ラグビー界ならびにサッカー界での意識の変化を示す研究も出てきている*3。
*2 CTE Risk More Than Doubles after Just Three Years of Playing Football
*3 Duty of Karius: Media Framing of Concussion Following the 2018 UEFA Champions League Final
問題は「反復的な衝撃」
1970年のイングランド代表ジェフ・アストル(1942-2002)は、サッカーによる慢性外傷性脳症が原因で死亡した、と認められた最初の英国人となった。アストルの家族は彼が認知症を患った当初から、選手時代のヘディングが原因だと主張していたが、近年になって1966年のW杯優勝メンバーたちが次々と認知症と診断され始めるまで、サッカー界はこの問題に対処してこなかった。
原因は、かつては今より重いボールを使っていたからだという説があるが、それは正しくない。当時も今も、ボールの重さは14~16オンス(410~450グラム)で変わっていない。確かに、古い天然皮革製のボールは水に濡れると重くなるが、そうなるとボールの速度は遅くなり、ヘディングできる高さまで上がりにくくなるため、単純にそれが原因とは言えない。
最近の研究では、ヘディング練習を20回するだけで、ただちに脳機能に測定可能な変化がみられることが示された*4。ヘディングに関する他の研究や、起伏のある地形を走るマウンテンバイクのダウンヒルなど他のスポーツで生じる反復的衝撃でも、同様の結果が確認されている。
*4 Evidence for Acute Electrophysiological and Cognitive Changes Following Routine Soccer Heading
スコットランドの元プロサッカー選手を対象とした大規模研究では、元選手は対照群と比較して、認知症治療薬を処方される割合、ならびに認知症で死亡する割合が有意に高く、アルツハイマー病での死亡リスクも5倍と、憂慮すべき結果が出た。
こうした調査結果に押されるかたちで、イングランドサッカー協会(FA)はついに青少年サッカーに関する規則を見直した。2020年2月、ヘディングと認知症の直接的な因果関係は否定しつつも、これより5年前に見直された米国のヘディングに関するガイドライン*5を踏襲した。試合中のヘディングは禁止しないが、12歳未満の選手が練習時にヘディングすることを禁止し、徐々に浸透しつつある。(補足:12歳以上は年齢別で回数を制限)
*5 米国は2015年に、10歳以下のヘディングは禁止、11〜13歳は練習時のヘディング回数制限を定めている。US Soccer ban heading the ball for children over fears of concussion and head injuries
ただ、この対策だけでは十分とは言えない。2020年11月、ヘディングに関する抜本的介入を求めるキャンペーン「Enough is Enough(もうたくさんだ)」が展開され、7つの憲章を打ち出した。最も重要な要求は、プロ選手の1回の練習でのヘディングを20回未満とし、ヘディングを伴う練習の間隔を48時間以上空けることだ。この他、認知症になった人のアフターケアや、より高度な調査研究の実施といった施策も求めている。
元イングランド代表チーム主将のウェイン・ルーニーやデビッド・ベッカムもこのキャンペーンを支持している。1966年W杯の伝説的選手ジェフ・ハーストも、子どもたちのヘディング禁止を支持している。選手の労働組合にあたるイングランド・プロサッカー選手協会(PFA)でも、プロ選手による練習中のヘディングを減らし、回数の管理を要求している。
世界的なサッカー選手の労働組合「国際プロサッカー選手会(Fifpro)」の医療責任者ビンセント・グッテバージ博士ら一部のスポーツ関係者は、さらなる研究が必要だとして規制導入に慎重な姿勢を見せているが、この議論は50年前から行われてきたのだ。これ以上、先延ばしにすべきではない。
ヘディング禁止を18歳までとすべき
スポーツによる脳損傷は、医学的な問題というよりも公衆衛生の危機である。イングランド・プロサッカー選手協会が、成人選手の練習中のヘディングを抑制する緊急措置を提言した。それほどの強い証拠があるのなら、なおさら子どもたちのヘディングは、練習や試合にかかわらず、大幅に見直す必要がある。
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メディアでは、サッカー界の英雄の悲劇ばかりがクローズアップされるが、これは青少年サッカー選手を含むもっと大きな問題である。英国のサッカー人口に占めるプロレベルの選手の割合は0.01%にも満たないが、11~15歳の子どもの約半数がサッカーを楽しんでいるのだ。
12~18歳でヘディングが許可されているかぎりは、脳にダメージが加わる期間が6年増えることになる。十分な情報に基づいた判断が難しい子どもたちは、規則で守る必要がある。練習中のヘディング禁止を12歳までで区切る論理的な根拠はない。18歳まで引き上げても、サッカーというスポーツは十分に成立するはずだ。
【オンライン編集部追記】
日本サッカー協会は2021年5月13日に、ヘディングの練習に関するガイドラインを発表した。
JFA育成年代でのヘディング習得のためのガイドライン (幼児期〜U15)
著者
Keith Parry
Deputy Head Of Department in Department of Sport & Events Management, Bournemouth University
Eric Anderson
Professor of Masculinities, Sexualities and Sport, University of Winchester
Howard Hurst
Senior lecturer in Sport, Exercise and Nutrition Sciences, University of Central Lancashire
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2020年11月24日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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