岡山でビッグイシューが買える拠点「安楽亭」は、あたたかい食事を楽しめるみんなの居場所

通常はホームレスの人たちが路上販売している雑誌『ビッグイシュー日本版』ですが、ショップやカフェなど人の集まる場所で、ビッグイシューを販売していただく「委託販売制度」があります。

今回は岡山でこの委託販売制度を利用している拠点「安楽亭」にお伺いし、スタッフの川元みゆきさんに、この場所や委託販売についてお話を伺いました。


岡山駅から瀬戸大橋線で一駅。大元駅に降り立ち、高架に沿って南に5分ほど歩くと住宅街の間から「安楽亭」という緑色の看板が見えてきました。

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安楽亭看板とスタッフの川元みゆきさん

ここは、岡山でのビッグイシュー販売を担っている「NPO法人岡山きずな」が運営している集いの場。週3回、ビッグイシュー販売者やホームレス状態の人々、生活に困窮した人々や地域の方々、学生などが集いともに食事をするなどの交流するスペースとなっており、開催日にはビッグイシューを購入することもできる場所です。

月曜日はホームレスの人々、地域住民、ボランティア、法人スタッフが集まり、様々なテーマの話し合いなどを通じて、孤立の解消や居場所として機能しています。お楽しみはもちろん、話が終わった後にともに食べるお昼ご飯。

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水曜日はみんなで畑仕事(写真提供:「NPO法人岡山きずな」)

水曜日は安楽亭の側の畑でともに野菜を栽培し、金曜日は生活に困られている方々とともに皆で食事をします。人気メニューは安楽亭カレー。川元さんによると、「いろんな具材がたくさん入ってるんですよね。りんごジュース、チーズ、チョコレート、ニンニク生姜、醤油……その週によって微妙に配分が変わるので、なかなか味が統一しないんです(笑)。その週のシェフ(調理担当)になった人たちの個性が出るんですよ」

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調理の現場から(写真提供:「NPO法人岡山きずな」)

築80年の趣ある古民家には、交流スペースの他にもお風呂や洗濯機もあるため、何らかのご事情で生活に困られている方に向けた入浴設備と洗濯機の無償貸し出しも行っています。

この場所で『ビッグイシュー日本版』の販売が始まったのは「NPO法人岡山きずな」のスタッフが大阪出張の際に、当時西梅田の地下街で運営されていたビッグイシューの共同店舗*を見かけたことがきっかけでした。「安楽亭でもこの雑誌を販売できないだろうか?」と思いつき、早速大阪のビッグイシュ―本社と交渉。現在に至ります。


*2010年より大阪市交通局の協力で、販売者が「西梅田」駅構内に設けられた常設店舗で雑誌を販売していました。(現在は終了)。

その後表町商店街アリスの広場周辺に立つ販売者が岡山の代表的な販売場所に。以降はその場所では購入しづらい方々のために安楽亭でもNPOのスタッフがビッグイシューの販売を続けています。

通勤前に、早起きしておにぎりを配る日々

立ち上げにもかかわった豊田佳菜枝さんは、2002年頃からホームレスの人々との交流を続けてこられました。きっかけは通勤途中に、川沿いで暮らす人々と出会ったこと。どうにも気になって、それからは少し早起きして通勤前にその方々に声かけしながらおにぎりを配るように。

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豊田さんとZoomをつないで語り合う川元さん

「最初はすごく不審がられたんですけど」と笑う豊田さん。「でもそれまで頑なに『いりません』って言っていた人が、通っているうちに心開いて受け取ってくださるようになったんです。そうやって関係性が築かれていくことに、ハマっちゃったんですね」

1年ほど過ぎた頃、炊き出しのボランティアにも参加するようになりました。ですがしばらくすると、いろんな感情が湧いてきたそう。「公園や地下街での炊き出しにかかわっていたのですが、『通行人にジロジロ見られるなあ…』『立ったまま食べるのって、しんどくないかな・・・』って」

自分は、家でできたばかりのほかほかのご飯をおしゃべりを楽しみながら食べている。そんな家での日常風景に近づけるように、家でご飯を食べるようにともに食事をする、そんな場が作れないものだろうか。むくむくと湧き上がった想いは、5年ほどして結実していくことになります。

ロックにくわしい「しょうこうさん」

2008年のこと。岡山でのビッグイシュー販売が始まるのと相前後して、ある不動産屋さんが空き家を紹介してくれたのです。もともと学生アパートとして使われていた物件で、台所とダイニングがある建物でした。幸運にもその建物を使わせてもらえることになり、そこから安楽亭前史が幕をあけることとなります。

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おしゃべりしながら食事を楽しむ(写真提供:「NPO法人岡山きずな」)

そこでは様々な出会いがありました。例えば「しょうこうさん」。「10年近くホームレスをしていた方でしたが、ものすごく物知りで、特にロックに関しては右に出る者がいないほど。誰がいつデビューして、解散したなんてことまで、とにかく恐ろしいほど覚えているんです」と豊田さん。話しているうちに盛り上がり、いつしか会報誌にエッセイを書いてくださるようになりました。

『ビッグイシュー』配達で自信をつけ、新たな就職口を見つける人も

ホームレスの人々、何らかの事情で生活に困っている人、地域の方々、学生さんたち……年代も立場も抱えている問題も様々……山本周五郎の小説『深川安楽亭』から名づけられたこの場には多様な人々が集います。「時にはね、お昼ご飯の後にゴロンと横になる人もいるんです。そういう様子を見るとね、『あぁ、昼寝している!昼寝できるほど安心できる場所になったんだなぁ』って嬉しいんですよ」

「ともに食事をすることで人間関係が築かれていったり、心が開いてきたりする。何よりあったかいご飯食べると安心するじゃないですか。そういう安心感のある場所にしたいですね」

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安楽亭のビッグイシューコーナー

安楽亭で販売されている『ビッグイシュー日本版』がもたらす縁もあります。スタッフの川元みゆきさんによると、ここ最近「ビッグイシューを購入したいのですが」というお問い合わせの電話が4、5件立て続けにあったそう。「先日は福山からも電話があったり、倍賞千恵子さんの号をまとめて買いたいという方がおられたりもしました。表紙効果は大きいですね」と語ります。

また、「NPO法人岡山きずな」には20〜30代などの若くしてホームレス状態にある人たちも集っていますが、定期的に予約を入れてくださっている社会福祉協議会や法律事務所へ彼らが『ビッグイシュー日本版』を配達に行くこともあります。

「そこで『ありがとう!』と言ってもらえることで仕事に対して前向きになる人もいますね。そして自信をつけて新たな就職口を見つけてくる人たちもいました」

そうやってこの場所を卒業していった人たちも、新たな就職口を見つけた際に報告に来られたり、しばらく顔を見せなかった人がふらりと訪ねてきたりすることもあるそう。

「そういうゆるやかなつながりでいいんだと思います。気が向いたら行ける場所というか、定期的に行かないと居づらくなるというのではなくて、たまに珍しく来ても『よく来たね』と言ってくれるような、ね」

コロナ禍以降、なかなか大人数で集うことができていないのが寂しいと語る川元さん。気兼ねなくともに笑いながら食事をし、ともにビッグイシューを読んで語らう時間が待ち遠しいのだそうです。

(文章と写真 八鍬加容子)

NPO法人岡山きずな
http://www.okayamakizuna.com/

ビッグイシュ―の委託販売制度について
https://www.bigissue.jp/sell/in_your_shop/