暴力を“病”と捉える警察のアプローチ。スコットランド、犯罪減少を導く“希望と機会”

かつて暴力犯罪率の高さで悪名高かったスコットランド・グラスゴー。しかし15 年前に、警察が「暴力」に対する見方を変え、貧困の改善をすすめて社会福祉との連携を始めると、事件数は減少。画期的な事業のモットーは「人生の厳しいカードを引いてしまった人々に、希望と機会を提供する」ことだ。

暴力の予防は感染症対策と同じ
根本的な要因を取り除く

2005年、スコットランドの最大都市グラスゴーはヨーロッパの“殺人の都”と呼ばれていた。暴力犯罪の発生率は高まるばかりで、同国ではその年だけで137件の殺人事件が発生。こうした中、対策の抜本的見直しを迫られたストラスクライド警察は「暴力抑止部隊(Violence Reduction Unit)」を立ち上げた。

彼らの部隊は暴力を“病”と捉え、その根本原因を見いだし“治療”することを目指している。貧困地域と連携し、罪を犯した人に懲罰を科すという考えを捨てた“共感的”なアプローチを採用したことで、ここ13年の殺人事件数は59件(18年)にまで激減。目覚ましい成果を聞きつけ、今や同部隊は世界各地の関係当局の手本になっている。

「暴力」に対するこの画期的な方針は、2002年にWHOが提唱した「公衆衛生(public health)アプローチ」に基づいたもの。これは感染症の予防が社会のすべての人にとって有益であるように、暴力犯罪を未然に防ぐのは社会全体にとって利益になるという考え方だ。

暴力抑止部隊のディレクター、ニーベン・レニーは、この部隊の活動と新型コロナ危機対応は似ていると語る。「暴力を病として扱い、その病がどうやって伝染したのかを調べるわけです。これはまさにパンデミックと同じこと。そして(暴力の引き金となる)根本的な要因や問題を絞り込み、解決策を編み出すのです」

どんな人がいつ、どこで、どのような暴力を、どんなふうに振るってしまったのかーー。同部隊では、検視結果から病院のカルテ、学校や児童福祉施設の記録など、さまざまな情報やデータをもとに事件を調べるところから始まる。一連のやり方は、エビデンス(証拠)に基づく科学的な手法に則ったものだ。レニーは言う。「ワクチン探しと同じで、(解決策に)効果があるとわかれば展開し、効果が見られなければまた最初からやり直します」

再犯防止にフードトラックの仕事
最大の障壁は「貧困」

「殺人事件を抑止する上で、警察が黄色の目立つジャケットを着用する、職務質問する、重い実刑判決を課すといった従来の手法は、短期的な効果はあっても長期的な変化は望めません」とレニー。こうした考えから、暴力抑止部隊は医療・教育・社会福祉の分野とも連携するようになった。

現在では、暴力を未然に防ぐ“解決策”として5つの事業を展開している。たとえば「ナビゲーター」では、エディンバラ、グラスゴー、エアーシア地域の病院の協力を得て、暴力事件に繰り返し巻き込まれる人たちを特定。加害者や被害者が必要とする支援を見いだし、家庭内暴力の被害者支援団体や薬物依存症の自助グループなど病院外の社会サービスにつなげる役割を担っている。

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「ナビゲーター」は慈善団体「Medics Against Violence」や病院、警察と連携 Photo: Courtesy of Violence Reduction Unit

中でも成果を上げ続けているのが、加害者の再犯防止を掲げる「ストリート&アロー」だ。これは有罪判決を受けた人たちを12ヵ月間雇用し、街中のフードトラックで仕事をしてもらう事業。その間、メンター(助言者)と組み、24時間いつでも、仕事以外のことでも当事者が相談できるような体制を整えた。現在コロナ禍でプログラムは縮小しているが、訓練生たちは地域のフードバンクでボランティアとして忙しい日々を過ごしているという。

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スコットランドのフードバンク(イメージ写真)/K Neville /iStockphoto

この事業はまさに、暴力抑止部隊のモットーである「人生の厳しいカードを引いてしまった人々に希望と機会を提供する」を具現化した取り組みだ。部隊にとっての「成功」とは、当事者を牢に閉じ込めておくという考えから脱却し、「貧困」という最大の障壁を乗り越えていく手助けができた瞬間を指す。残念なことに「貧困地域ではまだ、他のエリアほど暴力事件が減少していません」とレニーは話す。

貧困地域では薬物やアルコールがらみの死亡率も高く、“より良い暮らし”を手に入れようとする気持ちからギャンブル依存症に陥る人も多い。「希望が持てないことをぼやかすために、絶望からアルコール、薬物、ギャンブルに走りやすいのです。貧困は諸悪の根源。本当に必要なのは、こうした問題に予算を投入し、貧困から抜け出すチャンスをつくることなのです」

事業の真髄は「共感」
英国各地、世界に広がる取り組み

暴力抑止部隊では他にも、幅広い層を対象にした事業を展開している。アフリカから移住してきたソマリ人女性たちを雇用・訓練する「ワン・コミュニティ・スコットランド」や、獣医や消防士、美容師といった職業人を対象に家庭内暴力の兆候を発見する研修事業「ASC」、学校にメンターを派遣して、子どもたちがいじめや暴力、虐待を目撃した時に何をすべきかを啓発する事業もある。

彼らの事業は、創設当初から暴力事件や依存症の実体験を持つ人たちを巻き込んできた。広く当事者たちの話を聞いてもらうことは「極めて重要」だが、「警察組織の取り組みとしては珍しいやり方」だとレニーは言う。リスクの高い地域に住む人たちに当事者の声を聞いてもらうことで、住民たちは自ら必要な支援を求めるようになったという。

「暴力抑止部隊の真髄は共感です。『思いやり、理解』なんて、これまで警察の取り組みとは縁遠かったキーワード。でも、私たちはそうした気持ちを大切にしています」。同部隊の取り組みはロンドンでも1年半前に導入され、今や英国各地で同様の組織が10以上発足した。その多くがレニーたちの協力を得て誕生している。また、英国外、ノルウェーやスウェーデン、オランダ、ニュージーランド、カナダからも視察団が訪れているという。「スコットランドでは、人々がお互いを“親切だ”と思い始めてきています。その一方で、暴力事件にかかわる人たちを、彼らのトラウマや境遇を知らずに一方的に批判してしまうこともある。だから私たちは人々のそうした態度を変え、お互いをもっと理解し合えるような社会をつくりたい。それこそ、暴力抑止部隊の事業が目指していることなのです」

(Hannah Westwater, The Big Issue UK/編集部)
参照:Violence Reduction Unit, WHO, The Herald Scotland

※以上、『ビッグイシュー日本版』398号からの転載

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