毎日20人以上が路上で亡くなる米国の真の悲劇

米国では毎日少なくとも20人が、路上やテント、車中など、ホームレス状態で亡くなっている*1。ストリートペーパーの国際的ネットワーク「INSP(International Network of Street Papers)」の北米支部ディレクターで、20年以上にわたりストリートペーパー事業や住宅支援などホームレス問題の最前線で活動してきたイズラエル・ベイヤーが、米国の「真の悲劇」という題で文章を寄せた。


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 近年、オレゴン州マルトノマ郡の路上でホームレス状態で亡くなった人

*1 参照:Homeless Deaths Count

約11年間、『ストリート・ルーツ』(米ポートランドのストリートペーパー)の編集長を務めていた私は、路上で亡くなる人について数多くの文章を書いてきた。胸がはりさけるストーリーばかりだが、その甲斐もあり、自治体によるホームレスの死因や死者数を追跡・報告する仕組みの整備につながった*2。

*2 参照:https://www.multco.us/health-officer/domicile-unknown

現代社会で「寒さ」で亡くなってしまう人々

しかし2017年の冬、米オレゴン州ポートランドは例年にない大吹雪に見舞われ、ホームレス状態にある人々には命にかかわる事態となった。事実、4人が路上で亡くなった。ダウンタウンの駐車場に歩いていく途上で命を落とした高齢女性、バス停で凍死した者、店先で亡くなった者、街中の木々が立ちこめるエリアで亡くなった者。さらに別の女性は、凍るような雨が降りしきる中で赤ちゃんを産んだが、死産だった。亡くなった赤ん坊を抱きかかえていたところを警察が発見、精神疾患のあるホームレス女性だった。悲惨きわまりない。

こうしたホームレスの死亡について、地元紙の記者から電話取材を受けた。

「犠牲者たちをご存じでしたか?」
「ポートランドでは過去にもこんなことがありましたか?」
「事態を防ぐための対策について、何かお考えはありますか?」

頭が真っ白になった。私は答えを持ち合わせていなかった。

ホームレス問題が、ホームレス当事者、家族、友人たち、そして貧困対策の最前線で働いている人たちにもたらすものは、そう簡単に言葉にできるものではない。どうしようもない精神的ダメージをくらう。現実感もなくなる。世界で最も裕福な国であるはずの米国のホームレス問題をとりまく状況は、まったくもって理不尽だ。

路上で亡くなった人について文章を書くとき、いつも自分に言い聞かせている。こんな物語が多くの人に読まれたら、政府や市民による「住宅の公平な分配」に向けた行動につながるだろうと。だが現実は、そう思えない日々がほとんどだ。

残された家族の苦悩

記事執筆にあたり、路上で凍死した被害者家族にも取材を依頼した。家族として直面する過酷な現実、そしてこの街にアフォーダブル住宅(手頃な価格の住宅)を増やさなければならない理由を多くの人に知ってもらえればと。しかし土壇場になって、その家族は、自分たちの父親(妻からすると夫)が路上で凍死した人物として語られるのは気がすすまないと、取材をキャンセルしてきた。その判断にはがっかりしたが、彼らを責めるわけにはいかない。正直、自分だって父や息子がそんな切り口で語られるとしたら、たとえ思慮深い記者であっても、取材に応じるかどうか分からない。それほどに、つらい経験なのだ。

20年にわたり、ホームレス問題にかかわる仕事をしてきた。その中で目にし、文章を書いてきたあまたの悲惨な現実は、私という人間を根底から揺るがしてきた。死の淵にいる路上生活者のそばで眠れない夜を過ごしたことも何度もある。肺炎、心臓発作、薬物の大量摂取、やけど、自殺未遂。危機を乗り越えられる人もいるが、乗り越えられなかった人もいた。その度に打ちのめされ、平常心を失い、世界がひっくり返ったような気になった。

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ポートランドのダウンタウンの橋の下。たくさんのホームレスの人たちがテントを張って過ごしている/iStockphoto

路上で亡くなった人について、最初に書いた人を思い出した。自ら命を絶った若い女性で、彼女の母親がのちに私を訪ねてきた。彼女について書いた詩の古びたコピーを机の引き出しにしのばせ、路上で亡くなった人について書き、その家族と話した後などに読み返している。

路上で亡くなったジェームズ・マイケル・ボスティック(42歳)の母親クリスタ・キャンベルが、依存症とホームレス状態から抜け出そうと13年以上もがいていた息子の過酷な人生について涙ながらに語ってくれた。「世間からは、よくいる“依存症のホームレス”と思われるかもしれませんが、素晴らしい心を持った、かけがえのない子でした。心の奥では、いつかこんなことになるのではと危惧し、毎日、あの子のために祈っていました。実際に知らせを受けたときは、それまでの人生経験では太刀打ちできない気持ちになりました。親子ともに大変な人生を生きてきた。そこにきて、愛しい息子を亡くしたのです」

こんな話が語られるとき、こちらはただ耳を傾けることしかできない。ジェームズの思い出を笑いと涙を交えて語るクリスタの話を、私もグッと涙をこらえ、ろくな返しもできないまま、ただ聞いた。「あの子が死んでしまったなんて信じられない」と母親は何度も口にした。息子が抱えていた心の病を理解できていなかったとも語った。「何年も前に、悪魔が息子に取り憑いたようで、私は何もしてやれませんでした」。「うつ病について何もわかっていませんでした。息子が双極性障害だったことも、妄想型の統合失調症になっていたことも知りませんでした。亡くなってから、息子のかばんの中に入っていた大量の薬をネットで調べて、はじめて分かったんです。あの子の頭の中にはいつも、いろんな声が聞こえていたのでしょう。最期まで精神疾患と依存症に苦しめられていた息子を、ようやく神さまが連れて帰ってくれたのでしょう」

路上で家族を失った人たちから、こういった話を幾度も聞いてきた。彼らも苦しんでいる。子どもを亡くすという体験は誰にとってもつらいが、その子どもがホームレス状態だったならなおさらだ。周りからの目や偏見が、残された家族を孤立させ、さらなる苦しみをもたらす。

住宅不足が原因で人が亡くなり、忘れられてしまう

米国のホームレスの平均死亡年齢は40〜50歳。そんな年齢が寿命だった時代は、何世紀も昔のことだ。路上生活者の主な死因は、薬物の過剰摂取、自然死、自死だ。「ホームレス状態の人たちは若くで亡くなることが多いですが、その原因は予防可能なものがほとんどです」と話すのは、オレゴン州マルトノマ郡で保健衛生官を務めていたポール・ルイスだ。「住宅不足がこんな現実をもたらしたと言わざるをえません」

路上生活が、すでに抱えている健康問題を悪化させ、さらに新たな問題を引き起こすことは、何年も前から調査で明らかにされている。住まいのないストレス下では、慢性疾患の対応はおろか、感染症や肺炎といった急性疾患や外傷などの治療を受けるのも難しくなる。命にかかわる病気をした者が、緊急治療室からそのまま路上や混み合ったシェルターに戻されることもめずらしくない。

ポートランドの路上で兄を亡くしたメアリーは言った。「どの家族にも物語があるけれど、これが私たち家族のとてもつらい物語。兄を助けることもできた。誰に責任があるというより、兄は社会に見捨てられたのです」

住宅が商品であり続け、政府が路上生活者に何の価値も見いださないこの国では、理にかなった説明を見つけられない。毎年、何千もの人々がホームレス状態で孤独のうちに亡くなり、忘れ去られている。ほとんどは物語にもならず、ただ亡霊が路上をさまよっている。これが本当の米国の悲劇、終わる気配はない。

By Israel Bayer
Courtesy of the International Network of Street Papers

(オンライン編集部補足)
厚生労働省の『人口動態統計』によると2020年の国内の「自然の過度の低温への曝露」の死者数は年間1,054人*。(屋内の死亡も含む)

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