リンゴを丸かじりする音、ニンジンをボリボリかみ砕く音。他人が物を食べるときに立てる音に過敏で、拒否反応を覚える人たちは、「ミソフォニア(音嫌悪症)」なのかもしれない。息子の発症を機に、2016年から音嫌悪症の専門家となったアンドレアス・ゼーベック*1に、ドイツ・ミュンスターのストリートペーパー『Drauben!』が話を聞いた。
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*1 音嫌悪症に関する著書『Misophonia: Lisa’s Hatred of Sound』(2020年3月刊行)がある。
ーー『ドラオセン』誌:息子さんが音嫌悪症だそうですね。
どんなふうに発症したのですか?
アンドレアス・ゼーベック:発症したのは息子が12歳のときです。家族で食卓を囲んでいたら、突然、「ママの食べる音ががまんできない!」と言い出したのです。そのようすから、本気で嫌がってることがわかりました。
ーー 何が原因か分かっていたのですか?
最初は恐怖症の一種で、「噛む」動作に耐えられないのだと思ったので、「いやがってばかりじゃよくないよ、ちゃんと向き合っていこう」とよくあるアドバイスをしました。しかし状況は改善するどころか、どんどん悪化していったので、息子を連れていろんなセラピストを訪ねました。でも10年経っても、正直、大したサポートは受けられませんでした。
ーー 家族としても大きな試練だったのですね。
はい、とても大変でした。とくに妻は自分がきっかけで発症したのだと自分を責め続け、ひどく落ち込んだ時期もありました。息子の学校生活にもいろいろと支障が出るようになりました。授業中に誰かがガムを噛んでいると、まったく集中できなくなり、そのうち、授業やテストを受けるのもやっとというかんじになり……映画館や誕生日パーティーなど、人が集まって食べ物が提供される場にも行けなくなり、友達と遊べなくなりました。
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ーー 何年か経ってから、息子さんの症状は「音嫌悪症」と判明したのですよね?
はい、ようやく症状に名前がついたのですが、手に入る情報は多くありませんでした。英語で書かれた関連本が一冊だけあったので入手しました。トーマスH・ドージーの『Understanding and Overcoming Misophonia(音嫌悪症の理解と克服、未邦訳)』です*2。この本のおかげで、音嫌悪症は恐怖症や衝動とは関係ないものだと理解できました。
*2 後にドイツ語版が刊行され、翻訳はゼーベックが担当した。
ーー 何が原因なのですか?
音嫌悪症は、脳がある特定の音と身体的反応を結びつける条件反射的な作用で、そのときに、怒りなど感情的な反応を司る脳の部位もつられて激しく作用するのです。これは決して珍しいことではありません。すべての人にあるメカニズムなので誰でも発症する可能性があります*3。8〜12歳で発症することが多く、別に特別な経験をしなくても、ごく日常的なできごとがトリガーとなって発症するケースがほとんどです。
*3 英国の最新調査では、約5人に1人が該当するとの結果が出た。
参照:Nearly 1 in 5 Adults May Have Misophonia, Experiencing Significant Negative Responses to Sounds
ーー 自分が音嫌悪症かどうかは、どうすれば分かるのですか?
ふつう、トリガーとなる音から始まります。脳の一部がその音を「プライベート空間への侵入」と知覚し、脳内で“アラーム音”が鳴り出し、自己防衛しようとします。たいていは、抑えがたいほどの激しい怒りの感情がわき起こります。やがて、他の音からも同じ影響を受けるようになり、中には、日常的に避けられない音がトリガー音になる不運なケースもあります。私が診た中には、聞こえるものすべてがトリガーとなり、手の施しようがないほど症状が強い若者もいました。
ーー トリガーになりやすい音があるのでしょうか?
もっとも一般的なのは食べ物を噛む音ですが、鳥のさえずりや暖房機器のカチッカチッという音でもトリガー音になることがあります。咀嚼するときのクチャクチャという音は誰だっていやですよね? でも、「私だってそんな音はいやだけど、そこまで騒ぎ立てなくてもいいんじゃない?」と言われたら、本気で苦しんでいる人は腹が立つでしょう。とにかく、音嫌悪症は特定の音に限りませんし、発症者の2人に一人は、他人が何かを噛む姿を“見る”だけでもトリガーになるといい、そうなると耳栓などでは防ぎきれません。
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ーー どんな治療法があるのですか?
近年、かなりの数の研究が進められているものの、標準的な治療方法はまだ確立されていません。しかし、条件反射的な反応を緩和させると効果的でしょう。ある音がトリガーとなったときにリラックスして過ごすようにすると、脳幹がそれを認識し、その反応を学習していきます。しかし、トリガー音は激しい怒りの感情をもたらしやすいので、「これがトリガー音だ」と認識しながらリラックスするのはなかなか難しいのも現実です。
リラックス目的のエクササイズや、漸進的筋弛緩法が効果があると分かってきています。狙いは、トリガー音の「スイッチが押された」ときにリラックスすることです。体をリラックスさせる暗号のようなものを作るのです。できるようになるまで、何週間〜何ヶ月もかかるでしょう。
ーー 音嫌悪症とどのように付き合っていけばよいのでしょう?
自分は音嫌悪症なのだと自覚し、同じ症状で苦しんでいる人は他にもいると知る。軽症なら、それだけで症状が改善することもあります。トリガー音が予期されるときは、ヘッドフォン・耳栓・耳鳴り対策用のグッズなどを使って、その音を避けるとよいでしょう。トリガー音に耐えるのは、症状を悪化させ、新しいトリガーを生みかねないことが分かってきています。何より、症状を悪化させないことが重要です。
ーー 家族は当事者にどう接するべきですか?
特定の音を出さないようにする、抑えようとするのはよくありません。例えば、レタスをなるべく噛まず、音を立てないようにしたところで無理ですよね。すると本人は、人が立てる音にますます耳をそばだてるようになる。そうなると、お互いに文句を言い合ったり、理性を欠いた行動に及んでしまうかもしれません。
家族は音嫌悪症について理解を深め、寄り添う姿勢を示してあげましょう。家族が過剰反応すると、問題がますますややこしくなります。「愛し合ってる仲なら互いの咀嚼音も気にならない」、これは的外れな言い分です。人はもっとも身近な人に強く反応するもの。これは音の問題であって、その人を愛しているかどうかは関係ありません。
人の食べる音がトリガーになっている6歳の男の子がいる家族から相談を受けたことがあります。私からは、男の子がいつでもテーブルから離れられるようにしてください、そして家族には、「そんなことで文句を言うんじゃない、我慢しなさい」などと言ってはならないと助言しました。いつでもその場から離れてもいいと理解した男の子は、トリガー音がしてもリラックスできるようになり、症状は落ち着いていきました。このように、早期のうちに音嫌悪症を認識し、適切な対応をすることが重要です。
By Oliver Brand
Translated from German by Peter Bone
Courtesy of Draußen! / International Network of Street Papers
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