路上生活者の統計が「0」の奈良県大和高田市で、ビッグイシューが出張講義をする意味

ビッグイシュー日本では、ホームレス問題や活動の理解を深めるため、教育機関や市民向け講座などで講義をさせていただくことがあります。

今回の行き先は、奈良県大和高田市です。法務省の人権啓発テーマの一つが「ホームレスに対する偏見や差別をなくそう」であることを受け、市民への人権啓発として企画されたのだそう。
有限会社ビッグイシュー日本の吉田より、ホームレス問題の裏側にある社会構造や、ビッグイシューの取り組みについてお話しした後、奈良県生駒駅で『ビッグイシュー日本版』を販売している吉富さんが自身の体験を語りました。この記事では、当日の講義のエッセンスをご紹介します。

大和高田にホームレスの人はいない?数字のからくり

講義をするにあたり吉田が最新の厚生労働省の統計を確認したところ、大和高田市にはホームレス状態の人は「0」でした。しかし、この数字にはからくりがあります。もし大和高田に住んでいた人がホームレス状態になったとき「大阪のほうが、シェルターもあるし、食べ物ももらえるし、いろんな支援が手厚いよ」という情報を得たとしたら、果たしてその人はこの市にとどまるでしょうか? 数を把握するための調査は重要ではありますが、その数字が0だからといって、「自分の地域でホームレス状態に陥る人が、0というわけではないかも…」と想定してみる姿勢も大切です。

またこの統計では、路上生活者の数はここ20年で大きく減っていますが、このカウントは「路上で寝泊まりする人」だけが対象。海外では「シェルターで過ごす人」や「友人宅を転々とする人」も含め、屋根があっても居住権がなければ、ホームレスとして計上されています。
「だから、日本では減ったように見えても、実は“住まいの不安定さ”を抱えた人は増えている可能性があります」と吉田。

「ホームレスとは、その人自身の人格を示す言葉ではなく、あくまで家がないという“状態”を指す言葉なんです」と伝えると、参加者のなかには感心した表情の方もいました。

雑誌を売る「仕事」をつくるビッグイシュー

お金もない、頼れる人もいない、住所もない…そんな人が仕事に就くには、大きなハードルがあります。そこでビッグイシュー日本が始めたのは、困窮している人たちが収入を得られる仕組みです。
雑誌『ビッグイシュー日本版』を路上で販売する―1冊500円のうち、250円が販売者の収入となります。最初の10冊は無償で提供され、売上を元手に次を仕入れていく“セルフヘルプ型”の仕事です。

「販売者は『路上の本屋の店長』なんです。まずいくつかの選択肢のなかから、売り場を選んでもらう。そして、そこにどの日に、何時から何時まで立つか、どの号を仕入れるか、自分で決めてもらいます。自分が選んだやり方なので、自分なりに考えて工夫する。そうやって、少しずつやる気を取り戻してもらえたらと思っています」

ビッグイシューは、単に当座の収入を得るだけではなく、自己肯定感を取り戻す一歩も応援しているのです。

講義前に自分の好きな号を選んで6分間読んだ後、感想をシェア。みなさん熱心にお話されていました。

路上生活からビッグイシュー販売で住まいを得た吉富さんの実体験

「小さい頃は無口で真面目な子どもだったんです。首が勝手に動くチック症状があって、からかわれたりしていましたが、県の交通安全のポスターで賞を取った時に周囲の扱いが変わって、症状が少し緩和されて。高校までは普通に過ごしていました」

奈良県・近鉄生駒駅で『ビッグイシュー日本版』販売する吉富さんは、そのように少年時代を振り返りました。

長崎県の離島で育った吉富さんは、高校卒業後、様々な理由で数年ごとに職を転々としました。自衛隊、スーパーで精肉売場や仕入れ・販売促進、実家の農業の野菜やメロン作りも手伝っていたこともあります。しかし神奈川で建築の仕事をしていた時に、チック症状が原因でクビを宣告されました。そこでひたすら歩いて東京に向かったのだそう。しかし東京でも仕事は見つからず、気づけば所持金も底をつき、東京でホームレス状態になってしまいました。

「あるとき鏡を見たら、自分で自分の顔がわからなかったんです。髪はボサボサ、顔はどす黒い。指も黒い。『薄汚い格好の、これが自分か?』って…」

そんなときに紹介されて行ったのが、ビッグイシューの事務所でした。
「最初は『こんな薄い雑誌が売れるんだろうか』と思いました。でも1冊手にとってくれたお客さんが、『今日から始めたんですか?』って声をかけてくれて。2冊も買ってくれた。600円(※当時は1冊300円)が、あんなに重いと思ったことはなかった。大切に使おうと思いました。」
その経験が、吉富さんに「続けてみよう」という気持ちを芽生えさせました。

現在、吉富さんは奈良・近鉄生駒駅前でほぼ毎日、朝10時から夜7時まで雑誌を販売しています。

「立ちっぱなしは疲れますけど、意識して歩くようにしてます。ビッグイシューの仕事は、自分に合ってると思います。お客さんと話せるのも楽しいし。手描きのポスターを用意したり、立つ場所を少し工夫したり。なるべく清潔にして、安心して声をかけてもらえるように気をつけています」

ただ、販売中には心ない言葉をかけられることもあります。
「4日ほど前には、2人組が通り過ぎるときに「『それは怠け者が売ってるんや、立ってればいいと思ってるんやから、買わんでいい』なんて言われましたね。失礼だなって思いました」

一方で、「今日も頑張ってね」と声をかけてくれる常連のお客さんもいます。
「その一言で救われる。だからこそ続けたいと思えるんです」

吉富さんは、ビッグイシューの販売でコツコツお金を貯め、今はアパートに入居しています。
さらに、雑誌販売以外に取り組んでいる活動もあります。プロの講談師のサポートのもと、販売者仲間と立ち上げた「講談部」で、自分の体験を物語として語る取り組みを続けているのです。
さらに、今は千林商店街にオープンしたシェア型本屋「希望をつむぐ本屋さん」の店番など新しい活動にも挑戦しています。

講談を披露する吉富さん。終わると会場の皆さんからは温かな拍手が。

吉富さんから参加者の皆さんへのメッセージとして、吉富さんは「いまは、ホームレスの人かどうかにかかわらず、“私を人として認めて”と思っている人が増えていると思います。
そういう人に出会ったら、“大丈夫だよ”って、小さな声でもいいので声をかけてもらえたらいいなって思います」と話しました。

質疑応答「生活保護を利用しないのはなぜ?」

参加者からは様々な質問をいただきました。

Q:市役所で生活保護支援をしています。
吉富さんが生活保護を利用せずに自立を目指そうと思った理由は何ですか?

吉富さん:「幸い自分はケガも病気もなく体も元気なので、自分で働けるうちは働きたいというのが大きいです」

吉田補足:困窮者の方から相談をいただいて、生活保護を受給したい方、したほうがよい方には、必要な機関におつなぎしています。

Q:販売する上で何か工夫されていることはありますか?

吉富さん:「自分で手描きのポスターを作って大きめに使ったり、雑誌の表紙に載っていない内容(作家のインタビューなど)をポスターにして宣伝したりしています。ビジュアルがあると説得力があるので、そういった工夫をしながらやっています」

Q:食事はどうしてるのですか?

吉富さん:「弁当を作って持っていきます。今は自炊できる環境にあるので、卵焼きなどを作っています。物価高になる前から弁当を自分で作り始めて、今は8年ほど続けています。昼食を買わずに、その分を経営に回すようにしています。最近ではドリップコーヒーも自分で作って水筒に入れて持っていきます」

参加者アンケートより

短い時間の講義でしたが、参加者の方からは
「吉富さんの講談がとてもよかった」
「ホームレスの概念が変わった」
「私を認めてほしいという人に、大丈夫だと声をかけてあげてほしいというメッセージが心に残った」
などのポジティブな声をたくさんいただきました。

企画担当者からのメッセージ

「じんけんセミナー」の企画としてビッグイシューを招いてくださった大和高田市市民生活部人権施策課の野村和啓さんから、講義に終了後このようなメッセージをいただきました。

  • 参加者の様子について
    (6分間リーディングについて)時間の制限があるにもかかわらず、長く話される方もいらっしゃいました。おそらく、与えられたお題で話すのではなく、自分で選んだ(雑誌の)内容を話しするというテーマだったからこそ、興味を持ち、話続けられたのではないかと思い、良い手法だと思いました。
    また、当事者である吉富さんの話に対して、食い入るように聞かれている姿が多い印象を受けました。
  • 講演後の感想
    吉田さんの明るく軽快な講演が、ネガティブに考えてしましがちな内容でも、聞きやすく心に響きやすいと感じました。また、吉富さんのような当事者の話を直接聞ける機会は、たいへん意義があり重要なことだと思います。

格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします

ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。
日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。

小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/

参考:灘中学(兵庫県)への出張講義「ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会/ビッグイシュー日本」

人の集まる場を運営されている場合はビッグイシューの「図書館購読」から始めませんか

より広くより多くの方に、『ビッグイシュー日本版』の記事内容を知っていただくために、図書館など多くの市民(学生含む)が閲覧する施設を対象として年間購読制度を設けています。学校図書館においても、全国多数の図書館でご利用いただいています。
図書館年間購読制度

※資料請求で編集部オススメの号を1冊進呈いたします。
https://www.bigissue.jp/request/