貧困層の若者に無料のIT教育を 90%の就職につなげたアルゼンチンの取り組み

数十年にわたる経済危機や激しいインフレに悩まされ、約40%もの人々が貧困ライン以下の生活を余儀なくされたアルゼンチン。その国で今、NPOや政府が貧困状態にある若者に無料のIT講座を提供することで、経済問題とIT業界の人材不足を一挙に解決する道筋をつけようとしている。

※この記事は2023-06-01発売の『ビッグイシュー日本版』456号からの転載です。

数十年続く経済危機や債務不履行
今必要とされる技術を身につける

 アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに住むオズワルド・ガルシアは、2022年、売店で夜勤をしながらようやく貯めたお金で初めてコンピューターを買った。すると先の見えない今の暮らしから抜け出し、もっと良い生活を送るためのチャンスが開けてきた。

 ガルシアが登録したのは無料で受けられるプログラミング講座だ。ガルシアのようにIT講座に登録する若者の数は増えており、現在アルゼンチンのIT産業に不足している高給職の人材育成が目的となっている。

「思い切った決断でした。それまではIT技術の素養がありませんでしたから」と22歳のガルシアは言う。彼は売店でのシフトに合わせて、コーディング(プログラムを書くこと)やグラフィック・デザインのクラスを選択。まもなく職探しを始めるつもりだ。「技術があれば、まともな給与がもらえます。デジタル業界について学んだことは、自分の適職を見つけるのに役立ちました」

 2023年3月に発表された公式データによれば、アルゼンチン人の約40%が貧困ライン以下の生活をしている。年間インフレ率は100%を超え、人々の購買力を蝕んでいる。あるIT教育団体によると、アルゼンチンのIT産業の新入社員の給与は最低賃金(月給8万342ペソ:約5万円)の2倍だ。

2022年9月27日、アルゼンチンのブエノスアイレスで、IMF(国際通貨基金)との合意に反対し、雇用の確保や炊き出し施設への支援拡充を求めて、社会運動団体のメンバーらが社会開発省前で野営抗議を行った。 深刻な経済危機とインフレ急騰が続くなかでの抗議だった。
撮影:REUTERS/Agustin Marcarian


 経済危機が拡大し、政府は苦戦を続けているが、反面、IT技術の分野は繁栄している。ネットショップ大手「メルカドリブレ」やソフトウェア開発会社「グロバント」などのグローバル企業が生まれ、これらの企業は外部委託の仕事も生み出している。そこで、NPOや政府は貧困状態にある若者にIT技術の無料トレーニングの提供を始めた。数十年も続く経済危機や債務不履行、激しいインフレに悩まされるこの国の経済で、若者が今必要とされている技術を身につけることができるように。

たちまち家族で一番の稼ぎ頭に
長い経験も不必要の高給職

 13歳から24歳までの若者に無料講座を提供しているNPO「プエルタ18」の代表フェデリコ・ワイスバウムはこう語る。「彼らがたちまちのうち、家族で一番の稼ぎ頭になることも珍しくありません」。プエルタ18は、3Dプリント技術、プログラミング、グラフィック・デザインなどが学べるコースを提供。ワイスバウムによると、一般的に2ヵ月から3ヵ月のコースを修了し、就職のあっせん制度を利用した若者の約90%はIT産業に就職しているという。

Photo: Sigmund on Unsplash

 アルゼンチン・ソフトウェア産業会議所によると、同国で急速に成長しているIT産業には毎年約1万5000人の人材不足が生じている。また、経済危機によって優れた人材の海外流出も加速。

「デジタル企業には、必ずしも長い経験を必要としない高給職の空きが数多くあります」と無料の3ヵ月オンライン講座を提供しているNPO「ポトレロ・デジタル」の代表フアン・ホセ・ベルタモニは言う。

 一方、政府は2022年11月、「アルゼンチナ・プログラマ4・0」という大規模なIT技術教育プログラムを発足させた。無料でプログラミング言語やデジタルスキルなどのトレーニングを提供し、ソフトウェア企業への就職をあっせんしている。「この教育プログラムによって、2023年末までに7万人のプログラマーを確保します。これは私たちの国が将来(この分野の)リーダーとなるために必要な基盤です」と、政府の責任者アリエル・スジャチュクはアルゼンチンの国営ニュース通信社・テラム通信に語っている。広報の責任者によれば、これまでこの教育プログラムに34万人の学生が応募し、21万人が講座に参加したという。
 さらにIT産業も自国の新しい人材開発を支援するために、IT教育や集中講座に助成金を出している。

貧困地域にトレーニングセンター
市役所が必要な機器や場所を提供

 一方、貧しい経済状態にある人々に最先端のプログラミング教育を進めていくうえでの障害がある。それは彼らの多くが高品質のインターネット接続やコンピューターを持っていないことだ。

「彼らにとってITテクノロジーへの唯一の接続が、携帯電話である場合が多いのです。そのため、IT産業に就職することなど思いもよらない人もいます」とブエノスアイレス市役所生涯教育局のユージニア・コルトーナは言う。

 そこで市役所は、貧困状態にある人々が密集している市の中心部31区にトレーニングセンターを開設した。ここではIT技術やトレーニングへのアクセス障害を克服するため、学生たちに必要な機器や場所を提供している。センターではオンラインと対面の両方のクラスを用意しているが、コルトーナによるとセンターに来る学生の大多数は家ではコンピューターにアクセスできないためここへ来ている。

 またプエルタ18は、誰もがコンピューター機器にアクセスできるよう対面講座を専門にしており、ポトレロ・デジタルは学生がリモートでトレーニングを修了できるようにノートパソコンを貸与しているという。

 学生にIT技術へのアクセスを提供すれば、彼らは驚くほどの速さでキャリアの見通しを変えることができると、ポトレロ・デジタル代表のベルタモニは言う。
「社会とのつながりがほとんどなく、正式な教育制度を離れた人など、不利な状況に置かれた人々にとって、これは大きな機会となるのです」

 両親が織物産業で働いているエリア・キスペ(24歳)は、プエルタ18で無料講座を受けてIT関連の仕事に就くことができたと言う。彼女は今、ドラッグストア・チェーンのウェブサイト制作に取り組んでいる。

「プログラミングは就職に有利だと聞いていましたが、家族の誰もよいアドバイスはくれませんでした。ここに来ることがなかったら、これらのスキルをどこで学ぶことができたでしょう。ITテクノロジーが私の可能性を開いてくれるとは気づかなかったでしょうね」

(David Feliba,Thomson Reuters Foundation/INSP/編集部)

【オンライン編集部注】 本記事は2023年掲載時の内容です。その後、生成AIの急速な普及によって、IT分野で求められる技術や働き方も変化しています。一方、ILOと世界銀行は、ラテンアメリカではAIの恩恵を受けられる仕事がある一方、コンピューターやデジタル環境へのアクセス格差が、その機会を妨げる可能性を指摘しています。プエルタ18は2026年現在も、13〜24歳の若者を対象に無料のテクノロジー教育を続けています。AIによって固定化されかねない階層格差への介入装置の機能が社会に求められています。

メインビジュアルPhoto: Markus Spiske on Unsplash

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