前編を読む


欧州は90年代から規制法、アメリカは自己責任の原理

もちろん、経済格差や各国間の規制内容の違いを利用した卵子の売買、代理母出産などは、韓国に限ったことではない。米本さんによると、「アメリカではインターネットを介して、高学歴の女性の卵子が1個何千ドルで売買されたり、欧州では国境をまたいだ”治療ツアー“が黙認されるなど、移動の自由を認める限り、変則的な事態が起こるのは避けられない」と言う。



ヨーロッパでは1990年代以降、生命倫理に関して個別の法制化と国際共通のルールづくりが行われてきた。「ヒトの遺伝子を解読するヒトゲノム計画が始まった頃から、ヨーロッパでは、人体部分の扱いについては社会秩序を重視し、法律で規制する方向に進みました。例えば受精卵の研究利用については生殖技術規制法で、遺伝情報の利用は個人情報保護法などの法律によって規制されています」と話す。

これとは対照的に、アメリカでは連邦予算をつけないということ以外、生命倫理に関する規制は、臓器移植を除くと、連邦法レベルではほとんど機能していない。その結果、生殖医療技術の利用や、ヒト組織を医療用に加工する人体ビジネスに至るまで、すべてが自己責任の原理で貫かれることになる。アメリカでは臓器移植法の対象にならない骨や軟骨、腱、皮膚、心臓弁などが、遺族の同意を得て遺体から取り出され、医療用として加工される人体ビジネスが1000億円近い市場になっている。人体加工会社はNY市場やナスダックに株式を上場しており、社会的認知を得ているのだ。

無法状態、日本の生命倫理の状況

では、日本ではどうなのか。米本さんは「日本における問題は、不妊治療で卵子提供や代理母を望む人が海外に行く既成事実が積み重なる一方、ヨーロッパや韓国のように、法律が必要だという認識がまるでないところにある」と指摘する。実際、これらの生殖医療や再生医療は、法的拘束力のない学会見解でかろうじて規制が行われているのが現状である。

「これまでは、韓国の仲介組織によって代理母出産を望む日本人カップルを韓国に呼び込むことが行われてきたようです。今回の法律で卵子や胚の売買は禁止されます。また、アメリカで普及している、医療用や研究用に加工された人体組織のカタログが日本に入り、国内の供給体制が整っていないため、これらを輸入する例が増えています。現在、日本には生殖技術規制法もなければ、臨床研究における被験者の人権を守る被験者保護法も、臓器移植法には生体ドナーを守る条文もないんです。また、遺伝情報と医療情報を大量に利用するゲノム研究では、個人情報の保護が不可欠になりますが、今年4月から施行される個人情報保護法では、個人情報の研究利用が適用対象から外れています。生殖医療や人体組織の利用、臨床研究に至るまで、日本の生命倫理に関する領域はいわば無法状態です」と危機感を募らせる。

現在、台湾の国会でも生殖技術法案が検討されてきているが、不妊治療サービスや生命科学研究が国際化している今、生命倫理に関するルールづくりは、日本だけで考えればすむ問題ではなくなっている。「日本は、これまで海外で卵子の提供を受けたり、人体組織を輸入するなど、もっぱら利用する側だったのですが、こういう態度は通用しなくなっています。スキャンダルとして報道される前に、日本が中心になって、アジアの国々の間で生命倫理に関して最低限の合意と、それに立脚したルールを確立する必要があります」  

(稗田和博)

photos : 高松英昭

 

米本昌平(よねもと・しょうへい)

1946年、愛知県生まれ。 科学技術文明研究所所長(肩書きは当時)、科学史家。 書著に、『独学の時代』NTT出版、『知政学のすすめ』中公叢書、『優生学と人間社会』講談社現代新書、などがある。

<2005年2月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN21号より>