「バン・ザ・ボックス(Ban the Box)」はアメリカ合衆国のいくつかの州で2015年1月1日から新しく導入された法律である。

これは、公的機関や民間の雇用主が求職者の犯罪歴について応募時に訊くこと、特に有罪判決を受けた経験の有無を訊くチェック欄を応募用書類に設けることを禁止するものである。

法律の支持者たちは、前科がある人々に公平な雇用機会を与えることが、再犯を減らし、上手くいけばコミュニティ全体の犯罪や暴力をも減少させると期待している。

「今までに、有罪判決を受けたことがありますか?」

あなたは今、ちょうど服役を終え、釈放されたばかりだ……と想像してほしい。

「変わりたい」と願い、そして「刑務所には戻りたくはない」と思っている。それを可能にするための鍵は次のようなことがあると気づく。住む場所を見つけ、家族やコミュニティとのつながりを持つこと。

そして、仕事を見つけることだ。


早速、あなたはオンライン上で仕事の申し込みを始めるが、申し込みフォームを最後まで埋めることもできないまま、システム上から何度も何度もはねられる。

これは、ある質問に正直に答えることによって起こる。

今までに、有罪判決を受けたことがありますか?」という質問だ。
 

「イエス」と答えた時点で、システムから弾かれてしまう。仕事に対する意志だけではなく、能力や身につけた教育、過去の職務経験もまったく関係がなく、あなたが実際にその仕事に適していることを雇用主に見せる機会ももらえない。このことがどういう結果をもたらすのであろうか?
 

イリノイ州では毎年約2万人が刑務所から釈放される。そして悲しいことに大多数の者にとって、前述の物語は現実となっているのだ。

イリノイ州矯正局によれば、2011年の再犯率は47%で、その結果、中でも特に受刑者が釈放される近隣のコミュニティの内部で犯罪や暴力が繰り返されている。


「どんなに生活を変えても、刑に服した後どのように努力をしたとしても、家族や彼ら自身のために働く機会を与えられない。そして、稼ぎを得るための雇用機会が公平に与えられていない。彼らが仕事を必要とし、それを得る資格もあり、そのための努力をしたというのに、だ」

元受刑者のための権利擁護を行うトッド・ベルコアはそう語る。


「バン・ザ・ボックス」とは何か

2015年1月に新しい法律「バン・ザ・ボックス(Ban the Box)」は効力を発した。

この法律は、職への志願者に対して、履歴書で犯罪歴を問うことを禁止したものである。

バン・ザ・ボックスの「ボックス」とは、応募用紙上で犯罪歴について質問するためのチェックボックスのことである。仕事の申し込みフォームからこの質問事項を取り除くことに加えて、採用の通知をするより以前における面接、経歴についての確認作業の際、犯罪歴についての質問を控えることが求められている。


バン・ザ・ボックスの運動は、1990年代にハワイで元受刑者によって最初に始められた。イリノイ州では、ラーション・フォード下院議員が2007年に最初に州議会に法案を提出した。彼は今でも法案支持者たちから、この法案成立の立役者だともてはやされている。

イリノイ州下院法案5701として知られたその法案は、2014年2月14日にリタ・メイフィールド下院議員によって再び提出され、2014年7月にクイン知事によって正式に調印され、法律となった。これにより、イリノイ州は同様の法制を持つほかの12の州に加わることになった。

シカゴ市も2014年11月には、イリノイ州の州法や他のアメリカの60都市の例にならう。州法は15人以上の従業員がいる雇用者に適用されるが、市の条例は何人を雇用しているかに関わらず、どの雇用者にも適用される。バン・ザ・ボックス法は地域で活動する権利擁護活動家や州議員たち、そして、(犯罪歴を問うという)求人のやり方に人生を左右されてきた人々による献身的な活動から生まれた。

時にはJOQAA(Job Opportunities for Qualified Applicants Act:資格要件を満たした応募者の雇用均等機会法)として言及されるバン・ザ・ボックス法は、以前は犯罪の経歴があるということで雇用機会に応募する資格を自動的に奪われていた就職希望者に対し、自身のスキルや資格など自分を売り込む機会を開くことになる。
 

この法案の目的は、最初の応募用紙の質問事項で“イエス”とチェックしたただそれだけで排除される人が出ないようにすることです」と、シカゴの低所得者層に対して無料の司法サービスを行う非営利組織CGLA(Cabrini Green Legal Aid)の司法プログラムのディレクターを務め、この法律制定推進を擁護するべス・ジョンソンは語る。


彼女はさらにこう続ける。
 

「犯罪歴についての質問が、志望者の『足切り』の材料にされることが多すぎます。大切なのはまず、彼らが就労を志望することを許され、よき労働者の可能性があることを証明できることです。それからはじめて、雇用者は経歴を訪ねることができるのです。
 

そうすれば、犯罪歴があるというだけで、その人物についての判断が下されることはなくなります。雇用者は、志望者を全人格的に見るようになるでしょう。彼らはその仕事に適した能力があるのだろうか?ふさわしい教育を受けているか?必要な経験、やる気、良き労働者でありたいというモチベーションがあるのか?といったことをです。」
 

「バン・ザ・ボックスは、彼らに、自らの物語を語るチャンスを与えます。」


シカゴの北部地域で様々な社会的課題に取り組む「ONE Northside」のコミュニティ・オーガナイザーであるクリス・パターソンは言う。
 

「罪を償ってから10年から15年もたった後でさえも、この犯罪についての質問事項がついて回ることになっていたのです。」


法案の可決に大きな役割を担った、Safer Foundationの政策とアドボカシーディレクターであるアンソニー・ローリーは語る。
 

私たちがサポートしている人の中には、20年前に有罪判決を受けた人や、大学で修士号を取得していながらも、いまだに仕事を得られない人がいます。
 

なお、この法律があるからといって、雇用者は雇用の過程で犯罪経歴について一切問うことができない、ということではない。犯罪歴について調べるのを、志願者を面接し、その仕事をオファーすると決めた段階まで待たなければならない、というだけのことだ。


バン・ザ・ボックス法が例外的に適応されない職種もある。緊急医療サービス分野におけるある分野の雇用者、ならびに罪の内容によってはその個人を雇ってはならないと法律で義務付けられている雇用者などだ。

もう一つの例外は、ある個人を雇う際に身元信用保険(雇用主が入る保険の一種)を必要とするにもかかわらず、その人が過去に犯した罪によって身元信用保険を掛けることができないといった状況がある場合に適用される。この新しい法律に違反した雇用者は、労働省による捜査対象となり、民事訴訟に訴えられ1500ドル以内の罰金も科せられる可能性がある。
 

肯定的に見れば、バン・ザ・ボックス法は雇用者にとって、採用にあたり、ふさわしい志願者の数が増えるという点で素晴らしいニュースである。仕事に最も適した人物を雇うことができることを意味しているからだ。
 


人種差別と雇用差別

そして、バン・ザ・ボックスはさらに大きな意味合いを持っている。

「新たなジム・クロウ法(1870年代にアメリカ南部の州で存在した有色人種に対する隔離政策)だという観点からみれば、犯罪歴を持つことと、人種によって就職が拒否されることとは同じであるといえる。

雇用者が、『私たちは犯罪歴を持つものを誰も雇いません」と言ったとき、それは有色人種に偏って影響が大きい現在の司法システムのもとでは、『シカゴ市内の5つの(貧困)地区からは人を雇いません』ということに等しい(トッド・ベルコア)」

イリノイ州矯正局が2012年に開示したデータによれば、シカゴ市において刑務所から出所した人々の大多数である約1万2千人が、50以上ある市内の郵便番号の地区のうちたった5つの地区に戻る。

DJIS(Illinois Disproportionate Justice Impact Study)によって2010年に公表された報告によれば、クック郡において、アフリカ系アメリカ人やラテン系アメリカ人が起訴される割合は、白人と比べそれぞれ1.8倍と1.4倍となっている。また、ドラッグ違法所持といった軽犯罪においては、アフリカ系アメリカ人の被告人に有罪判決が下る確率は、白人の被告人の5倍以上であることを同報告書は示している。白人被告はアフリカ系アメリカ人被告と比べると、保護観察や執行猶予になる確率が2倍であった。


犯罪歴に基づいた雇用の拒否に関して、ベルコアは述べる。

これは私たちの時代における市民的権利の問題です。雇用の過程で必ずしも関係性がない事柄に基づいて、雇用機会へのアクセスを拒否されている人たちがいます。

ちょうど人種問題がそうであったように、信頼に値しないとされたり、機会を与える価値がなく資格もないと判断する基準として人種が使われたことがありました。犯罪歴は、それと同じように使われています。たとえその犯罪がどんなに昔のものであったとしても、どんな内容であったとしても、そして彼らがどのような仕事を探しているということさえも関係がなく、ただ犯罪歴があるというだけで雇用機会を得る資格がないと判断されるのです。」


地域社会に与える好影響

さらに、バン・ザ・ボックス法は地域社会での暴力を減らすという面で大きな役割を果たす可能性がある。

「コミュニティ内での暴力犯罪の防止についての仕事をする中でよく耳にすることの一つが、暴力防止を考える時、失業は深刻な要因であるということです。犯罪経歴を持つ若者の多くは、重罪で有罪判決を受けているため就職を拒否されていたのです。(クリス・パターソン)」

「シカゴで我々が抱えている課題は厄介なのです。犯罪経歴を持つ多くの人々が暮らすのは、貧困と暴力の大きな影響を受けているコミュニティだからです。それらのコミュニティにいる人々は、自分たちと同じ境遇にありながらも成功している人を、かつて見たことがありません。

彼らは成功者を目にしたとき、こう考えることができるようになるでしょう。『ちょいと待てよ、生活するために罪を犯す必要はないんだ。私は教育を受けられるし、職業訓練も受けられる、そして仕事を手に入れられる』。でも、コミュニティのなかで成功した人々に出会わなければ、そのように考えることはなくなります。(アンソニー・ローリー)」

「最低賃金の引き上げと合わせて、この法制を浸透させることで、コミュニティの中でできることや、行動のためのリソースが増えます。人々が雇用され貧困を減らすことができれば、それは暴力を防ぐためのプログラムとなるのです。

私たちは、罪を犯すことを防ぐ最善の方法の一つが、仕事を与えることだと考えています。そしてこれは、再犯抑止のための最適な方法でもあります。(人種間の平等のための労働者センター、ディアンジェロ・ベスター)」

「上手くいけば、バン・ザ・ボックスは違法薬物の取引によって破壊されてきたコミュニティを再建する力になります」とローリーは述べる。

「ドラッグ戦争の被害者はコロンビアにだけ住んでいるのではありません。彼らはイリノイ州にあるエングルウッドや、ノース・ローンデイル、ガーフィールドパークの東側と西側などに住んでいます。犯罪歴の影響は、これらのコミュニティ内での暴力と貧困と大きな関係があるのです。


バン・ザ・ボックスが、コミュニティにいる人々に雇用を得る機会を開き、そして彼らが合法かつ実りある仕事を持つ機会になることを祈っています。なぜなら、累犯に関する研究をみれば明らかですが、雇用は累犯減らすことに一番直接的に関係があることを我々は理解しているからです。

累犯者を減らすことができれば、そちらに使われる税金を減らし、その税金は教育や子どもの福祉にも使うことができるのです。


べス・ジョンソンは、この法律の社会的なインパクトについて次のように説明している。
 

「犯罪歴のある人々と実際に会ったり、応募用紙のチェックボックスにとらわれずに彼らを見ようとすることで、一人ひとりを見る目が変わり、この問題を『自分ごと』として捉えられるようになります。

彼らはこれまで、あまりにも頻繁に、罪を犯したという過去のみによって判断されてきました。彼らは誰かの親であり、きょうだいであり、コミュニティの一員なのです。私たちのコミュニティのね。」



転載元:米国のストリートペーパー「StreetWise」
記者:Sarah rown
翻訳・監修:ビッグイシュー・オンライン編集部 



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