花はなぜ美しい?—ボルネオの熱帯林に登って考えた
子どものころから木登りが好きだったという酒井章子さんは、長じて研究者になりボルネオの熱帯林で60mの樹木に登るようになった。そんな酒井さんの研究とは?
花は植物の生殖器官
野に咲く可憐な野草、あるいは花瓶に生けたゴージャスな花々。それはどちらも美しいけれど、そもそも、なぜ花は美しいのだろうか? 哲学問答のようではあるが、酒井章子さんのこの問いに対する答えはシンプルである。
「花は植物の生殖器官。一番大事な花の機能は、子ども(種子)を残すこと。そのために美しくなったんです」
動物には雄と雌がいて交配することによって子どもを残すが、多くの植物にも動物と同じように性がある。種子をつくるためには遺伝子交換が必要で、植物はそのために花を咲かせる。遺伝子の詰まった花粉というカプセルをつくり、それを昆虫や鳥などの動物(送粉者)に託して同種の植物に届けてもらうのだ。
人間は古来、植物を寡黙な存在だと思ってきた。「花は植物の生殖器官」という発見が広く認められるようになったのは18世紀に入ってからのことである。
花粉を送粉者に託すというのは、
「植物の進化の歴史の中で、非常に大きな発明でした。いろいろな美しい花があるのは、植物がさまざまな動物に花粉を運んでもらっているからです。それぞれの花粉の運び屋にあわせていろいろなかたちの花が進化し、多様化してきたからなんです」
その進化の歴史は、植物と動物(送粉者)がお互い相手に合わせて、チューンナップしながらつくってきたと、酒井さんは説明する。
例えば、鳥に花粉を運んでもらいたい植物は赤い花をつけていることが多い。
「鳥は赤が見やすいといわれています。ほかの色が見えないわけではないんですけれど、鳥は自分の花は赤いんだということを知ってるんだと思いますね」
花粉の送粉者となる昆虫の中でも、特にミツバチなどのハナバチの仲間は一生花の蜜と花粉に依存して過ごすという。
「一生涯、花から食べ物を得ているという意味で、特異なグループの一つです。重要なのは、彼らが自分のおなかをいっぱいにするためではなく、巣にいる仲間や子どもたちのために花粉を集めていること。自分の食べる量よりずっと多くの蜜や花粉を集める働き者なので、植物からみてもありがたい。身体をおおうふわふわした毛は、おそらく花粉集めに都合のよいように発達させてきたと思いますね」
そのような植物と動物のパートナー関係が密接であればあるほど、仮に花粉を運んでくれる動物の数が少なくなってしまうと、植物は繁殖の危機に瀕するのではないだろうか?
「送粉者に来てもらえず種子が作れなくても、多年草の場合は種子を作るために使うはずだった養分を取っておき、来年の種子に回すことができます。一方、1年で死んでしまう一年草は、来年にまわすということができませんから、ほかの花から花粉を運んでもらえなかった場合に備えて自分の花粉で種子を作る仕組みを持っていることが多いんです。いわば保険をかけているんですね。ですから、送粉者の数の多少の変化は植物にとっては想定内といっていいでしょう。しかし、送粉者が生態系からまったくいなくなってしまったら、その影響は大きいと思います」
(2007年12月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第83号)