ノーム・チェンバレンと愛犬ハイジは、一心同体の路上の親善大使だ。
「ハイジは、私や他の人たちにとって、とてもいいセラピーなんです」とノームは言う。「たとえば朝、アパートの階段で出会った誰かが悩んでいるような表情をしていたら、“ハイジの癒やし”を体験させてあげます。ハイジを抱きしめるか頭をなでていると、2分もすると気分がよくなるんです。めいっぱいの親切心、愛情、気遣う気持ち。私の心の内にあるこうした感情を、ハイジ大使が体現してくれるから」

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Photo: Street Roots







 ノームとハイジは平日の朝5時から9時まで、全米一の環境都市といわれるオレゴン州ポートランドのサウスウェスト4番街とモリソン通りの交差点のスターバックス前で『ストリート・ルーツ』を販売している。

「毎日、朝一番にフレンドリーな顔に会えて、みんな喜んでくれます」とノームは言う。「通り過ぎるみんなに『おはようございます』と声をかける。もしくは『素晴らしい一日を』と声をかけると、人々は立ち止まって少し立ち話をしていくんですよ」

 そんな彼が、たびたびお客さんに説明していることがある。「『あなたに何があったの?』とよく聞かれるから、自分は15ヵ月間ホームレスだったと伝えます。僕は、路上で暮らすとはどんなことなのかを知っているし、いつも心の片隅で、現在ホームレス状態にある人たちのことを思っています」

 10年前、彼の人生は一晩のうちに暗転した。「仕事を持って住む場所もあったけれど、ある日仕事に行くと事業がうまく回らなくなっていたんです。最後の週の給料も結局もらえませんでした。部屋を追い出された夜、安全に眠れる場所を探し歩いて、高速212号線の大型看板の下で眠りました」

「1ヵ月ほどして、スーパーマーケットのフレッド・メイヤーで仕事が見つかったんですが、給料は食べるのに精いっぱいで、家賃を払えるまでに至らなかった。週に一度は市内にあるホームレス向けのシャワー室や洗濯機を利用していました」

「幸運なことに15ヵ月後、とある男性が高速沿いで寝ている私を見かけて、翌日フレッド・メイヤーまで会いに来てくれたんです。『大丈夫かい?』と声をかけてくれました」。この男性はノームに900ドル(約9万円)の小切手を渡し、ノームはこのお金でホームレス支援NPO「Central City Concern」からアパートを借りることができた。以来9年間、彼は今も同じアパートに住んでいる。

 その後、退職したノームは年金を補い、また何か新しいことを始めるために、昨年11月から『ストリート・ルーツ』の販売を始めた。「私は慢性の孤立人間でした。一日中部屋に閉じこもり、外に出るのはハイジをトイレに連れ出す時だけ。主治医から、何か他にした方がいいと言われたんです」

 ノームとハイジは、週末には販売場所を移し、サウスウェスト・スターク通りと4番街の角にあるマザーズ・ビストロ&バーの前に立つ。ここの従業員もノームたちを歓迎している。

 雑誌の販売は、まるで冒険のようだと彼は言う。「毎日違うお客さん、違う一日、違う経験ができるから。私のケースワーカーと精神科医は、私が今までになく調子がよく見えると言ってくれました。自分でもそう感じます」

「お客さんにお礼が言いたい」とノームは付け加える。「お客さんなくして、私たちは収入を得ることはできない。『ストリート・ルーツ』なくして、自分たちが直面しているホームレス問題をお客さんに知ってもらうことはできない。『ストリート・ルーツ』は私たち双方にとっての学校となり、双方がよい成績をもらえているんです」
   
(Leonora Ko/Courtesy of Street Roots  /www.INSP.ngo

『ストリート・ルーツ』
●1冊の値段/1ドル(約120円)で、そのうち75セント(約90円)が販売者の収入に。 
●販売回数/月2回刊 
●販売場所/オレゴン州ポートランド


ビッグイシューオンライン編集部よりー以上、4月1日発売の308号から、毎号各地のビッグイシュー・ストリートペーパーの販売者を紹介している「今月の人」を転載しました。






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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。