ニカラグア先住民族の農家であるフランシスカ・ラミレス(40)は、自分の家を守るため、自国の大統領と長期に渡る戦いを続けている。彼女の家はニカラグア運河(*1)の建設予定エリア内にあり、地域全体が立ち退きを強いられているのだ。抗議運動についてラミレス本人に話を聞いた。

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農民運動のリーダー、フランシス・ラミレスさん。
ニカラグアで進められているカリブ海と太平洋をつなぐ運河建設への反対運動を率い、ダニエル・オルテガ政権からの嫌がらせを受けている。
Credit: Luis Martinez/IPS


*1:カリブ海・太平洋・大西洋を結ぶ運河。2014年12月に着工し、2019年完成予定。

小規模農家であるラミレスがダニエル・オルテガ大統領率いるニカラグア政権に立ち向かうという不等にもほどがあるこの戦いは広く世界に知られるところとなり、ヨーロッパの政治の中心地からも彼女の安全や権利を求める声が上がっている。

一体、彼女は何者なのか? 2月16日、なぜ欧州議会はニカラグア政府に対して、彼女およびこの貧しい中央アメリカ国家の中南部に暮らす何千人もの小作農たちの命と権利を守るよう命じたのか?

ラミレスの生い立ち

ラミレスは40歳になる先住民族の農民で、生まれてからずっと、首都から約280km離れた南カリブ自治地域ヌエバギネア市の農村部に暮らしている。彼女の家族が長年暮らしてきたこの農村部は、1980年代の内戦時には血みどろの戦いが繰り広げられた場所だという。

8歳の頃、父親が家族を見捨てたため母親が日雇い労働に出ねばならず、ラミレスが5人の弟や妹の世話を任された。

サンディニスタ民族解放戦線(*2)政権に対する米国資本の戦争を生き抜いた彼女は、農作業を学び、18歳で結婚して5人の子供を授かった。家族一同で努力を重ね土地を手に入れ、生活水準を向上させてきた。

*2:ニカラグアの左翼政治運動、後に政党となる。1979年、ニカラグア革命を成功させ政権に。ニカラグアの第二のキューバ化を恐れたアメリカ合衆国のレーガン政権から干渉にさらされ、ニカラグア内戦へと続く。1990年の総選挙で敗北。

1979年のソモサ独裁政権崩壊後、当時の統治者であったオルテガ(訳注:1985-1990年で大統領)が、2007年再び大統領の座に返り咲いた。野党を排除し大いに疑問が残る選挙ではあったが、国の全部門を統治する民事・軍事同盟に支えられて勝利、2017年1月、3期連続で政権についた。

ニカラグア運河計画の経緯

2013年まではラミレスも自分の人生に満足していた。

最初、運河建設計画についてはラジオで知りました。運河を建設することで貧困から抜け出せると話していたので、非常に重要な事業なのだろうと思っていました。
彼女は言う。

だが次第に彼女の認識は変わっていくことになる。2013年、大西洋と太平洋を結ぶこのニカラグア運河建設プロジェクトの運営権がHKNDグループ(香港ニカラグア運河開発投資有限公司)に譲渡されたのだ。ラミレスは多くの疑問を抱くようになったが、それには誰も答えてくれなかった。

ある日のこと、不運がついに彼女の家のドアをノックした。

この地域では見かけたことのない役人の代表団だった。警察や軍の護衛がついた中国人代表団も一緒で、農民たちの所有地を測量し始めたのだ。そして、こう言い放った。
運河のルートはあなたがたの所有地を通ることになるので、皆さんには立ち退いていただきます。
この500億ドル超の巨大プロジェクトを実現させるため2013年に成立した法律、第840条がある。学校教育を3年しか受けていないラミレスにはほとんど理解できない内容だったが、「土地所有者は土地の代わりに国家が『適切』とみなす金額を受け取る」とはっきり定められていた。

そして、抵抗運動が始まった。
最初は、やっと自分たちの生活も向上するんだと思ってみんな満足そうでした。それが、中国人の警備として威圧的な軍隊や警官が現れ始めると、地域の人たちは皆、彼らを家に入れることを拒否し、抗議を始めたのです。
それ以来、土地を引き渡そうとしない農家に対して、抑圧・嫌がらせ・脅迫などの公的な対応が変わらず続いているという。

90回以上のデモを組織

ラミレスは、土地と権利を守る農民運動を組織する市民社会イニシアチブ「土地・湖及び主権の全国防衛会議(National Council in Defence of Our Land, Lake and Sovereignty)」の活動家となった。当初は運河建設反対デモを先導する地方リーダーらの後ろで行進に加わっていた彼女だが、リーダー格のメンバーらが次々と逮捕され、警察や軍隊から脅迫、脅し、抑圧を受ける中、2014年には彼女自身がデモを先導するようになった。

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何千という地元住民や家族の住処を奪い、甚大な環境破壊をもたらす「ニカラグア運河」の建設に反対するために、カリブ海南沿岸からマナグアにやってきた小規模農民によるデモの一つ。このような農民によるデモが多数起こっている。
Credit: Carlos Herrera/IPS


ラミレスの統率力は国内外のメディア、人権団体、市民社会の注目を集めるようになった。運河建設に反対する農民デモは抵抗運動の象徴となり、さらに多くの人々が加わり、10年前のオルテガ政権再発足以来、最も重要な社会勢力へと発展している。

社会学者オスカー・ルネ・バルガス氏は言う。
(農民による運河建設反対運動は)今日のニカラグアにおいて最も強力な社会組織です。どんな運動にも本物の真のリーダーシップが現れるものですが、ラミレスが担っているのはまさにその役割です。
この農民運動が現政府が直面する最も重要な社会勢力となっていることを大統領も認識している、と彼は言う。国内で90回以上のデモを組織してきたラミレスの手腕に対する称賛の声に、当局はいら立っているのだ。

デモ側の情報によると、これまでに200人以上の農民が逮捕され、約100人が銃の発泡により負傷。政府は、社会事業への資金提供を拒んだこの地域に軍事非常事態令を敷いたと発表。ヌエバギネア市へと続く道路の至るところに警察の検問所が設けられ、エリア内には軍事用バリケードが築かれ、戦場さながらの様相だ。

ラミレス自身も暴力や嫌がらせを免れてはいない。自宅には裁判所命令なしに警察の手入れが入り、家族や子供達は諜報機関や警察官から嫌がらせや脅迫を受け、所持品ならびに作物などの売り物は没収され傷ものにされたあげく、テロリスト活動家として告発されたのだ。

欧州議会が非難決議を採択する事態に

最近では2016年12月、米州機構(OAS)(*3)のルイス・アルマグロ事務局長がオルテガ大統領と「民主主義に対する攻撃があるという申し立て」について議論するためニカラグアを訪問中にも、ある出来事があった。

*3:1951年発足。アメリカ諸国間の諸問題の解決にあたり中心となる国際機関。近年は北・中・南米各国での選挙監視活動等に重要な役割を果たす等、特に域内の民主化の確立、維持に取り組んでいる。

警察部隊は、ラミレスやリーダー格のメンバーらがアルマグロ事務局長と面会できないようこの地域を包囲し、抵抗運動に加わっている者たちを制圧したのだ。その上、この地域の主要な橋の一部を破壊し、運動のコアメンバーとの疑いがある者たちを軍事検問所で拘束した。

ニカラグア人権センターのゴンザロ・カリオン氏によると、ラミレスの業務用車輌は押収され、兵士の輸送に使われた後、使いものにならないほど破壊されたと言う。
ラミレスと彼女に従う農民たちはオルテガ政権からひどい扱いを受けてきました。「抗議する権利」から「運動の自由の権利」に至るまで、彼女のあらゆる権利が侵害されています。このままでは、最も尊重されるべき「生きる権利」まで侵害されるのではないかと恐れています。
ラミレスは暗闇を抜け、深い川を溺れそうになりながら渡り、軍用包囲網をくぐり抜け、トラックに隠れて乗り込み、マナグアへ向かった。そして、2016年12月1日、アルマグロ事務局長と面会し、彼女が暮らす地域が土地の引き渡しを拒んでいるがゆえ迫害されている事実を伝えた。

2017年2月16日、欧州議会はラミレスの一件を取り上げ、「ニカラグアでは人権活動家に対する保護が欠如している」と非難決議を採択、この国における法の支配と民主主義の後退に遺憾の意を表明した。

欧州議会の委員会メンバーはニカラグア国家警察および地方警察に対し、人権擁護者として正当な活動を実行しているフランシスカ・ラミレスに対する報復行為や嫌がらせを控えるよう要請。欧州議会は「フランシスカ・ラミレスは、人権擁護活動家の安全と生活を脅かそうとする同国警察による権利侵害の被害者である」と非難した。

決議には次のように記述されている。
土地・湖及び主権の全国防衛会議」のコーディネーターを務めるラミレスは、海洋間運河建設の建設予定地から農家活動や先住民らが強制退去を強いられていることに対し平和的な抗議活動をするためヌエバギニア市から首都にデモ行進していた途上、一部のコミュニティが受けた鎮圧、「自由な流通の権利」の侵害、侵略行為について、公式の申し立てをするためマナグアにいた。
ニカラグア政府は当決議に対し沈黙を貫いているが、社会運動家のモニカ・ロペスはこれは地方から起きたムーブメントの勝利だと考えている。

この決議は紛れもなく、社会的にも政治的にも、運河建設に反対する農民運動の勝利であり、ニカラグア政府への激しい非難であり、ニカラグア先住民族が起こした農民運動に対して起きていることへの世界からの警告です。

ニカラグア政府は運河建設について、この1年で目に見える進展はないものの「順調に進捗している」と断言。運河建設により、この中央アメリカ国家の国民620万人の約4割が影響を受けている貧困を根絶できると主張している。

文:ホセ・アダン・シルバ Inter Press Serviceのご厚意に感謝して / INSP.ngo
翻訳監修:西川由紀子






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