なぜ『夏の花』?平和を求めた詩人・原民喜を訪ねる

東日本大震災で原発事故に遭った福島県や周辺地域で、「放射能汚染の被害や復興の課題を自由に語れない」「私たち被災者は忘れ去られようとしているのではないか」という声が聞こえる。被災地で自由に自分の意見を表現し、語るのが難しいのはなぜなのか? 私はそれをずっと考え続けている。


広島原爆忌前日の8月5日、原爆作家で詩人の原民喜(1905~1951)ゆかりの広島の地を訪ねるフィールドワークが開かれ、参加した。GHQによるプレスコード(検閲)が敷かれていた時代、彼はどのような思いと闘いのなかで原爆被害者を記したのか。研究者の竹原陽子さんによる、原民喜の代表作『夏の花』の朗読とともに現場を歩いた。

『夏の花』は、原爆に被災したその日以降に書かれた手帳を元に執筆された。当時、GHQの弾圧をかわし、何とか発表して多くの人に読まれる作品にするため、原題『原子爆弾』を『夏の花』に改題。登場人物はほとんどが無名で、被爆者の描写も一部削除したという。作中では夏の花は「何という名称なのか知らないが」と特定していない。固定されたイメージを作りたくなかったのではないかともいわれる。

改題や削除が不本意であっても、失われた多くの命の最後の瞬間を、その被害の大きさとともに何とか伝えようとした原民喜。その物語の意図も、ゆかりの地に立つ被爆した柳も、しなやかに強く今も広島で生きていた。竹原さんの秀逸な解説とともに、「死者の嘆きにつらぬかれ、平和を希求した詩人」原民喜に勇気づけられた出来事だった。  

福島で「フォトボイス」活動
何気ない写真を見ながら語り合い苦しみ癒やすグリーフケアへ

この夏、多くの原発被災者が避難する福島市内で、参加型アクションリサーチ(住民を中心とした参加者が課題解決を図る方法)が広がっていることを知った。これは、世界各地で実践されている「フォトボイス(PhotoVoice)」という活動で、自由な表現や発言を共有し、社会的に弱い立場の人々の声を政策や支援活動に反映させるというものだ。

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記録集「わたしたちのフォトボイス」

日本では、NPO法人フォトボイス・プロジェクト(湯前知子、吉浜美恵子共同代表、東京都 ※1)が主催。「東日本大震災女性支援ネットワーク」で活動したメンバーが設立した団体だ。

参加者は、自分が撮影した何気ない日常風景や地域や社会の状況、自分にとって大切な出来事の写真などを持ち寄る。その写真を全員で見て、自由に話し合う中から、課題を発見して、社会的な問題を分析。喪失のケア(グリーフケア)や、政策につなげる(※2)。

活動が広がるなかで、参加者が「多くの人に伝えたい」と、各地で写真展や報告会を開き、写真と声集「撮る、語り合う、発信する――わたしたちのフォトボイス」も発行。津波でほとんどが流されたなかで残った富岡駅の駅舎や、民家の脇に並ぶ除染廃棄物の袋、地震で倒壊した神社の鳥居、仮設住宅の室内、避難のために閉店せざるをえなくなった理髪店など、さまざまな風景とともに、被災や暮らしの物語が短い文章で綴られている。防災や復興の問題を鋭く、時にはユーモラスに指摘している写真と声もある。

幼い子どもを抱いて、窓の外を見る母親の写真がある。タイトルは「母子」。「昨年3月17日に生後3週間足らずの子を抱いて、中国地方の県まで避難した。見知らぬ土地で暮らすことのストレスに耐えられずに、福島に戻ってきたけれど、先ゆきに大きな不安を感じる毎日……」(福島県郡山市、12年1月)と綴られている。 

原民喜の時代とはずいぶん社会情勢も変わっている現代だが、広島原爆と同じように「モノ言えぬ状況」が被災地に広がっている現実から目が離せない。「フォトボイス」の活動のように、草の根の、国境を越える、被爆柳のようにしなやかな活動を通して、福島の人々の声を残していかねばならないと改めて思った。

(あいはらひろこ)

※1 フォトボイスの活動(写真と声)は、国立女性教育会館「災害復興支援アーカイブ」と、国立国会図書館東日本大震災アーカイブ「ひなぎく」から検索できる(「フォトボイス・プロジェクト」と入力)。 
フォトボイスのHPはhttp://photovoice.jp/

※2 1990年代に米国ミシガン大学教授(当時)、キャロライン・ワン博士が、中国雲南省の山間部の女性たち62人を対象に行ったのが最初で、同大学教授の吉浜さんがこの活動をリードしている。

あいはら・ひろこ

福島県福島市生まれ。ジャーナリスト。被災地の現状の取材を中心に、国内外のニュース報道・取材・リサーチ・翻訳・編集などを行う。

ブログhttp://ameblo.jp/mydearsupermoon/


*2017年9月15日発売の319号より「被災地から」を転載しました。


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