熊本の通町筋で『ビッグイシュー日本版』を販売する中西さんは、九州で唯一の販売者だ(2017年12月現在)。






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穏やかなジェントルマン風の中西さんは、サポーターのボランティアによると「誠実で、マジメで、きちんとしている」人物だという。
それもそのはず、かつては広島の陸送会社の取締役まで務めた人物なのだ。
それがなぜ、熊本でビッグイシューの販売者をしているのだろうか?

年収1千万、妻子もマイホームもかつてはあった

中西さんは、愛媛県出身。学生の頃は成績優秀だったが、次男坊だったので家業を継ぐことはなく、車を運ぶ陸送の会社で働き始めた。
真面目な性格と経理の知識を買われ、その会社で取締役にまで登りつめた。この頃、年収は1千万近くあったという。
プライベートでも、結婚をして双子を授かり、マイホームを購入…と順風満帆に見える生活を送っていた。

しかしある時、自分の採用した従業員がひき逃げ事件を起こしてしまう。その従業員は車をぶつけてしまった相手に脅されパニックになった。そしてそのままアクセルを踏み、しばらく引きずってしまった挙句に怖くなって逃げ出してしまったのだという。

顧客から預かっていた車両の運搬中に起こした事件だったので、その車両は警察の取り調べのため数か月間使うことができず、顧客に対して代替車両を手配する料金などが膨れ上がってしまった。 一般的な事故であれば保険の適用が期待できるが、悪質な故意とみなされたこの事件では保険がおりず、業績に深刻なダメージを与えた。

トラブルの引責で退職、さらに転職先が倒産

その結果、責任を取って中西さんは退職。
「すぐに就ける仕事」という条件ではなかなか選ぶこともままならず、次に転職した会社では給料は大幅に下がってしまったが、それでもまじめに働いていた。
しかし、不運なことに転職先が倒産。取締役時代の収入を見込んで組んだ住宅ローンが、まったく払えなくなってしまった。
そしてローンが払えないだけでなく、妻子を養うこともできなくなったため、家を売却して得たお金を妻に渡して離婚。妻は実家に戻り、中西さんは家と家族を失った。

実家では父親はすでに他界、母親は認知症で施設に入っており、自分の兄の内縁の妻が母親の介護をしてくれている状況。とても地元に帰れる状態ではなかったため、中西さんは自転車で西へ、南へと向かった。

寺をめぐって食いつなぐ「その日ぐらし」

各地のお寺を回りながら、「草むしりでもなんでもするから」といって1日働き、食料を得る。その繰り返しで福岡、宮崎、大分、鹿児島…と転々と移動した。

途中、何度か自殺も頭をよぎったという。だが、実際には怖くてできなかった。
ただその日その日をやり過ごす状態で、国や行政を頼るということは、なぜかその時は思い浮かばなかったという。

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©photo-ac

そして放浪の末、熊本にたどり着いた。
それまで、九州の他の県では1日自転車を漕いでも見つけられないこともあった「寺」が、熊本にはそこら中にあった。
そこでふと、「寺を探して生きるのはもうやめて、定住しよう」と思い立った。
そこから市役所に相談し、支援団体に繋がり、ビッグイシューの販売を紹介された。

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九州にはかつては福岡、鹿児島でもビッグイシュー販売者がいたが、いまはホームレス状態の人の数の減少などを受けいずれも販売を休止している。そのため、中西さんの売り場は、九州で唯一の販売者によるビッグイシュー販売場所となっている。

そのため福岡や鹿児島で買っていたお客さんがまとめ買いしていくこともあるという。そんな中西さんに質問してみた。

Q:取締役ができるくらいの経理の知識があるということであれば、それを使って再就職できるのではないですか?

私ね、パソコンができないんですよ。 経理をやっていた時も、紙でやっていたのです。習うにしても、年も50過ぎているし、習得する頃にはきっと定年近い。いまはパソコンができないと話にならないから、ただ経理の知識があるだけでは厳しいですね。

Q:ビッグイシューの販売についてどう捉えていますか?

ビッグイシューの販売は、売れない時は時給換算してしまうと数百円ということもあるので、なかなか進んで売りたがる人はいないけれど、私ね、ビッグイシューという雑誌が好きなんですよ。この雑誌を多くの人に読んでもらいたいから、続けています。
収入だけ考えたら選ばない仕事かもしれませんが、雑誌が好きなんですね。

他のメディアでは扱わないようなネタを扱うでしょう?それがすごく僕は好きで。
震災のことも忘れちゃいけないのに、他のメディアではほとんど扱わなくなってしまった。ビッグイシューはずっと被災地のことも、原発のことも、連載を続けている。そういうところが好きなんです。

2016年4月の地震のときは、被災者のために炊き出しを手伝っていたという中西さん。

「遠くから買いに来てくださるかたもいらっしゃいますから、そうそう休めません」と言って、悪天候の日以外はほぼ毎日、通町筋のびぷれす熊日会館前の前で朝10時ごろから夕方18時ごろまで販売している。

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――「ホームレスになるのは自己責任」なのか

日本では「ホームレスになるのは怠け者」という自己責任論が根強いが、たとえ努力家で誠実な人間であったとしても、ホームレス状態になってしまうリスクは誰にでもあるのが現実だ。倒産・病気・介護離職などの誰にでも起こり得るきっかけにより、仕事・家・貯金・家族を失うのは、特別な人に起こることではない。

真面目に働いて取締役まで上り詰めた中西さんでさえ、ホームレスになってしまうという現実が、そのことを如実に物語っている。
何か生きづらさを抱えた人であれば、そのリスクはさらに高まる。

しかもいったんホームレス状態になってしまうと、「住所や保証人がない状態」では再就職も難しく、自力で這い上がるのは困難なのだ。ホームレス状態になるまでの経緯は人それぞれだが、「自分とは違う世界の特別な人がなるもの」ではないことをご理解いただければ幸いだ。


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「続けること」が、まだ見ぬ誰かの役に立てる/ビッグイシューくまもとチーム代表、中村さん

『ビッグイシュー日本版』 の関連バックナンバー

THE BIG ISSUE JAPAN292号
「今月の人」に中西さんが登場。「ビッグイシュー・アイ」では熊本地震の際の「車中避難者」アンケートについても取り上げられている。


http://www.bigissue.jp/backnumber/292/






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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。