2017年12月9日、ルーテル東京教会にて『依存症問題、孤立から共生へ -おかえりマーシー』が開催されました。
当日はビッグイシュー日本から佐野未来も登壇し、会場でのビッグイシュー販売もさせていただきました。当日の様子を認定NPO法人まちぽっとのWebサイトからレポートを転載させていただきます。
*写真【佐藤遼太郎】
【主催】まちぽっと、高木仁三郎市民科学基金、難民起業サポートファンド 【協力】早坂毅氏(税理士)、濱口博史氏(弁護士)、関野和寛氏(ルーテル東京教会)、日本ダルク 【助成】市民ファンド推進プログラム【助成プログラム】2016助成事業 【後援】新宿区社会福祉協議会 |
登壇
田代まさしさん(日本ダルク)
Aさん(日本ダルク)
佐野未来さん(ビッグイシュー日本)
関野和寛さん(ルーテル東京教会牧師/牧師ROCKS)
奥田裕之(NPOまちぽっと) *企画コーディネート
本編
連続企画最終回は、覚せい剤をはじめとする依存症の問題、社会的な孤立とそこからの回復、居場所の必要性、多様な人が共生する社会などについて、いつものように音楽と対談で、陽気にそしてシリアスに考えました。
当日は関連団体を除いて写真撮影をご遠慮いただき、一部だけを切り取ったSNSも控えていただくことをご来場の皆様にお願いしました。そのため今回は長文で内容をご紹介しています。
1)歌とお話し 関野和寛さん
会場は新大久保駅近くのルーテル東京教会。当日は満員で、昔のソウルミュージックやドゥーワップミュージックが流れる中、企画がスタートしました。いつもは黒や赤系の祭服に身をつつんでいる関野牧師ですが今日は白系、「こっちの方がいいかなと思って」。
ギターを抱えながら話しはじめます。「教会はチャペルっていうけど、みんなが雨の日に着るカッパもラテン語の同じ意味から来ているんです。寒い日に身を覆うものという意味です。誰にでも、何をしようが戻ってこれる場所がひとつあって、それがチャペルっていう言葉じゃないかなって思います。」と丁寧な口調で始まりました。
その後だんだん口が悪くなってきて、「私には、あなた達の心が透けて見えます。どうせマーシーの落ちぶれたところを上から目線で見てやろう、自分の方が上だって満足を得に来たんじゃないのか?」。「ここに集まっているのは、みんな薄汚い罪人だというのは分ってるぜ。俺も含めてな。薄汚いオレ達!」と、会場を挑発しながら曲に入っていきます。
音楽は、関野さん自ら歌詞を日本語に訳したビートルズの「レット・イット・ビー」からスタート。マリアを母親に例えた歌詞になっていました。次に牧師ROCKSのオリジナルソング「聖者の叫び」。
最後のハードな曲「トリニティ」では、会場との掛け合いで「アーメン」の大合唱。「そんな声じゃ天国に行けねーな、お坊さんだってアーメンって叫んでるぜ」。会場を見ると、確かにお坊さんが「アーメン」と叫んでいました。「全力で叫べよ!オレには、おまえらを天国に連れて行く義務があるからさ」。
関野牧師は口が悪くても、ユーモアのある話し方と質の高いメッセージを持っているので柄が悪くなりません。参加者の中には牧師ROCKSオリジナルTシャツを身につけた方も見られました。
2)薬物依存と日本ダルクについて Aさん。
激しいパフォーマンス?の後は、日本ダルクのスタッフAさんに、薬物依存とダルクの基本的なことについてお話しいただきました。ダルクは1985年に設立され、ドラッグ(D)、アディクション(A)、リハビリテーション(R)、センター(C)の頭文字を取って名称が付けられた、薬物依存症における問題をサポートする施設です。
私も覚せい剤中毒の当事者でしたが、今は薬を止め続け、ダルクのスタッフとしてこの場に立たせていただいています。ダルクは、そんな当事者が運営を行っています。
私たちの所属している日本ダルクは、上野に2ヶ所、荒川、墨田にそれぞれ1ヶ所、計4ヶ所の入寮施設があります。日本ダルクに入ると、まずそこで2年から3年の期間、当事者間のミーティングを朝・昼・晩と行います。そこで、同じ問題を抱えた仲間同士が話し合いながら回復へと歩んでいきます。
依存の対象は、薬物だけではありません。身近にあるアルコール、ギャンブル、ゲーム、ネットなど様々です。日本でも、ようやく依存症は治療が必要な病気という捉え方になってきました。ぜひ今日はマーシーの話を聞いて、依存症について皆さんに知っていただければと思っています。
3)メインゲスト 田代まさしさん
次に、本日のメインゲストの田代まさしさん(マーシー)。昔よりも、少しふっくらと元気そうで、オシャレな帽子をかぶっての登場です。小ネタを仕込んだギャグと、シリアスなメッセージの混じった、とても分りやすいお話しでした。実は、ぼくはこのルーテル東京教会が運営していた幼稚園の卒園生なので、何だか懐かしいですね。皆さんの想像通り情緒不安定な騒がしい子どもで、いつもふざけていました。 牧師さんと打ち合わせをしていた時に幼稚園の記念誌を見せてもらったら、ぼくの名前も出ていました。自分の名前の所にバツとかしてあったらどうしようかと思った。
一人で覚せい剤と戦うことはできなかった
ぼくは7年間刑務所に入っていました。7年間ですよ、小学校に入学した子どもが中学生になる時間です。刑務所では時間がものすごくゆっくり流れます。
覚せい剤は、出所後の再犯率が高いんです。だって刑務所の中での会話なんて「マーシー、今度はオレから覚せい剤買いなよ、絶対捕まらないから」。いやいや、お前いま捕まっているでしょって、そんなことばっかり。そこで回復すると思います?悪のコネクションが広がるだけ。
刑務所を出たあと、独りで戦ってきたんだけどダメだった。覚せい剤をやることで、仕事も社会的な信用も家族も全部なくなってしまう。本当に何回も止めようと思ったんだけど、どうしても止めることができなかった。それが覚せい剤なんです。
よく、悪いと分かっていて覚せい剤をやったんでしょ、なんでやっちゃうの?と言われます。覚せい剤やったことのない人に分ってもらうのは難しいけど、例えば、当時は芸能界の荒波を必死で泳いでいました。足も攣りそうです、もう溺れそうですっていう時に『これは違法です』って書いてある浮き輪が流れてきた、もう沈みそうだからそれにつかまっちゃいました、ぼくはそんな感じでした。
ダルクとの出会い
最初にダルクにつながって、その回復プログラムの中で「私たちは、薬物依存症という病気です」って聞いた時に、重荷みたいなものがふっと消えたんですね。それまでは、自分は弱い駄目な人間だと思っていたものが、「病気だったから止められなかったんだ、だったら治療すればいい」と思ったんです。それで仲間と一緒になんとか回復を目指し始めました。
ダルクのことも最初は全然信用していなかった。代表の近藤さんなんか怪しいヒゲを生やしてて、高い壺でも買わされるんじゃないかって思ったよ。それに、関わり始めたころは「自分はダルクで何をすればいいんだろう、ただの広告塔になってしまうんじゃないか」っていう不安もありました。
でもある時、山梨ダルクの人がぼくと代表ともう一人を招待してくれて、温泉にでも入ってゆっくり人生を考えてみたらって言ってくれたんですね。そこで風呂に入って、富士山とでっかい夕陽を見たんです。部屋は3人部屋で、各自のコップも3個あった。
それで朝に自分のコップを使おうとしたら、近藤さんの入れ歯が入ってるのよ。え~!なんでオレのコップに!?と、思ったんだけど、よく考えたら入れ歯とか、かつらとか人前で外したら恥ずかしいものじゃないですか。そういうものもさらけ出せる、ありののままでいいんだ、そういう仲間なんだって思ったんだ。
ダルクを信用したきっかけは、山梨の富士山と夕陽じゃなくて近藤さんの入れ歯だった。さすがの日本一の富士山も、近藤さんの入れ歯には歯が立たなかったって訳ですね。
大切なのは、自分で問題に気がつくことができて、自分の意志でダルクのような所に関わっていくことなんです。
薬物依存症からの「回復」
薬物依存症は病気だとお話しをしたら、ある人から「かかりたくない、避けたいと思ってもなってしまうのが病気です。でもあなたたちは自ら病気になりましたよね」と言われました。確かにごもっともです。法律で駄目だって分っていて、それでも手を出しました。
でも最初の1回の時には、こんなに止められない病気になるなんて思っていなかった。覚せい剤は1回やると止められなくなる。子どもの頃にシンナーは止められた、だから1回くらい大丈夫って思ったんですね、ところが大間違いだった。
長いスパンで覚せい剤を止めなさいって言うじゃないですか。メディアの記者会見でも、「もう絶対にやりません」って言わないと社会に許してもらえない雰囲気がある。でも多くの人が「もう2度とやりません」って言って、ぼくみたいに何回も繰り返してしまいます。本当のところは、「簡単にはやめられないけど、薬を使わないように毎日頑張ります」と、正直に言えるようになればいいと思うんです。
これは一般の人には分かってもらいにくいことだなとも思います。覚せい剤をやったら罪人になって刑務所へ入り、そして罪を償って刑務所から出てきたら絶対更生しなくちゃならないって言われるけど、依存症は完治しない病気なんです。
だから本当は、「更生」ではなくて「回復」って言ってほしい。完治はできなくても、皆に助けてもらいながら回復はできるはずだから。でもほとんど分かってもらえません。まったく、ああせい、こうせい、うるせいっていう感じです。(笑)
長いスパンで覚せい剤を止めるっていうとプレッシャーがかかって重く考えちゃうけれど、今日一日だけ仲間たちと薬をやらないって思うことはできるんです。それでまた次の日、同じように思う。
刑務所でのできごと
さっき刑務所に入っていた話をしましたけれど、今日は教会が会場なので「時々、神が降りてくる瞬間がある」という話を最後にしたいと思います。
刑務所に入っていた時に、ぼくは当時有名人だったから独居房っていう一人だけの部屋に入ったんです。最初は楽だなって思ったんですけど、ずっと一人だと寂しくて知らないうちに布団とかに話しかけたりしちゃいます。そのトイレの壁に、釘か何かで書いた意味のわからない落書きがあったんです。何だか気味が悪いなって思っていました。
それから時が過ぎて、ある時に切羽詰ってトイレのチリ紙がないことに気づかずに用を足してしまったことがありました。どうしようって思って壁を見たときに、そこには「神から見放されたものは、自らの手で運をつかめ」って書いてあったんです。その時は神が降りてきたって思いましたね。(笑)
-休 憩-
音楽が流れる中、会場はダルクとマーシーの本の販売、ビッグイシューの販売、牧師ROCSのグッズ販売、ボランティアの大学生が販売する特製マルチン・ルター印のカップ入りぶどうジュースの販売と盛りだくさん。
マーシーの本は定価1200円のところ特別に!?サインと2ショット付きで1500円で販売して、上乗せ分を教会に寄付するとのこと。ビッグイシューもほぼ完売。牧師ROCKSグッズも「買った人は救われます」とのことで、皆さん売れ行きは上々のようでした。
4)「ビッグイシュー日本」の活動 佐野未来さん
ビッグイシュー日本の設立以来、東京事務所の中心メンバーとして働いてきた佐野未来さんによる活動の説明です。現実と理想の両方を見ながら、社会的事業を運営してきた佐野さんの人柄が良く分かるお話でした。
ビッグイシューは、2つの団体による両輪で活動しています。一つは、質の高い雑誌を作ってホームレスの方の仕事を作り、自分の力で稼いだお金で新しくアパートを借りたり、お仕事に就かれたりすることを応援する「有限会社ビッグイシュー」です。この会社では、これまで14年間仕事づくりをしてきました。
もう一つは、「NPO法人ビッグイシュー基金」という団体です。路上で生活している方の中には、せっかくお金を貯めても孤立していて保証人がいないために家を借りられなかったり、仕事につけなかったり、人によってはそのお金を例えばギャンブルなどに使ってしまうこともあります。 一人ぼっちで生きてこられた方ほど、何かあったときに助けを求める先が少ない。そうすると、どれだけその人が頑張っても、その次にとてもつながり辛いということが分ってきました。
路上で一人ぼっちになってしまった方が、もう一度つながりを取り戻して、この社会で生きたいと思えるようになる。そんな社会と、そう感じられる機会を当事者の方や市民の皆さん、専門家の皆さんと一緒に作っていくために設立したのがビッグイシュー基金です。
そこでは、サッカーなどのスポーツ活動、文化活動などを行っています。また、普段の活動から見えてきた課題の調査研究をして書籍にまとめ、それを社会へ提案することも行っています。 ビッグイシューには、パチンコやギャンブルなど依存症の問題を抱えた販売者さんがいます。その方たちの中には、何回も販売者をやめたり、戻ったりを繰り返す方もいます。こう言うと、その方が駄目なように聞こえるかもしれませんが、それまでずっと苦労をされてきて、本当に頑張って少しずつ変わっていっています。
私たちだけでなく、様々な立場の方が、その方たちをサポートしたり認めてくれることができれば、もっと変わっていくと思っています。
田代さんもおっしゃるように、依存症になってしまったら、それは病気ですから更生ではなくて回復することが必要です。それも、社会の中で回復していく仕組みをつくらないと根本的な問題解決にはならないと思っています。
今日は雑誌を持ってきたので紹介します。あちらのブースで販売者さんがビッグイシューを売っています。今日の売り上げ次第で、販売しているBさんが野宿しなくていいか決まります。前のお二人に影響されて、あおるようなことを言ってしまいましたが、ぜひよろしくおねがいします。
5)トークタイム 関野和寛さん+田代まさしさん+佐野未来さん+奥田裕之(司会)
全体を通したテーマは、「孤立から、共生へ」というタイトルにあるように、どんな状況であっても孤立する、孤立させるのではなくて、共生することをみんなで考えた方がいいんじゃないかということでした。依存症の当事者である田代さん、孤立した方の支援をしている佐野さん、日常的に個人の悩みを聞いている関野さんのお話は、とてもユーモアとリアリティのあるものでした。
田代さん
今日は、ここに戻ってこれて、自分のいる場所はここにもあったんだっていうことが分かって嬉しかったです。ありがとうございます。関野さん
みんなそれぞれ価値観って違うじゃないですか。だからみんなに話したいことを分ってもらおうとは思わないけど、10人に話したら1人にでも言いたかったことが届いて、その人がまた1人でも2人でも話を伝えていく、そんな地道な作業が大切かなって思います。今でもたまにメディアに取り上げられると、一部を面白おかしく取り上げられて、言いたい内容を伝えてもらえないことが多いんです。
ある新聞の取材で、「ダルクにつながってどう変わりましたか」って聞かれたので、「これまでは、二度とやりませんって言ってました」「ダルクにつながって変わったのは、二度とということは約束できないけれど、今日一日やめる努力は約束します、と言えるようになったことですかね」とコメントしました。
どんな記事になっているかなって楽しみに新聞を見たら、大きく「田代まさし開口一番、今日はやってません」。違う違う、昨日もやってないって。売るためにそう書くのは分からないでもないけど、イメージがついてしまうと、ずっとそれが拭えないんだよね。
あと、ぼくは人に偉そうに何かを言える立場じゃないんだけど、罪人には罪人にしか出来ないこともあるんだってことを学んだっていう気がします。
教会は誰にでも開かれているとか、罪人こそ来ていいとか言いつつ、今日みたいにいろんな罪人が来たのは、この教会が出来て100年間で初めてじゃないかと思います(笑)。こうやって、NPOなど外からの力で教会を変えてもらうことはとても大切です。佐野さん
この前も打ち合わせで、「田代さん、おかえりなさい」って言ったら、「いや、出所してもう3年なんですけど」と言われました。「いやいや、幼稚園のあった教会におかえりなさいってことです」と返したんだけど。
そういえば、今日は牧師なのにキリストのことを何も話していなかったことに気がついたので、一言だけキリストの話をさせてください。
いまマーシーが、「罪人にしか出来ないことがあるんだ」って言っていました。キリストは馬小屋に生まれたんじゃなくて、馬や牛の食事用の「飼い葉桶」で生まれたとしか聖書には書いてありません。それは外なんです。つまりキリストはホームレスとして生まれたんです。そして難民になって命を狙われて、最後に罪を着せられて罪人になって死んじゃうわけです。だから、ぼくはキリストが好きなんです。罪人になることは特別なことなんかじゃなくて、誰もが罪人だし、罪人の神がキリストなんじゃないかなって思います。
クリスマスシーズンだっていうことで、今日はじめて牧師らしい良い話をさせてもらいました。(田代さん「もう遅いよ!」)
よく「社会に戻る」、「社会復帰をする」という言いかたをします。私たちも、ホームレスの方の自立を応援する、社会復帰を応援するとお話しすることもあるんですが、一方で「社会に戻す」って一体何なんだろうと思うことがよくあります。関野さん
誰でも、もう社会の中にいるじゃないですか。路上の人は社会にいなくて、その方が社会に戻ることを応援するという考え方は違うのかもしれないって思います。説明する際に分かりやすいので、つい社会復帰の支援と言ってしまうこともあるんですけれど、「社会復帰」ってものすごく上から目線で嫌だなって自分でも違和感を持つことがあります。
路上生活にならざるを得ない社会は良くないと思いますが、いろいろな人が居ることができて、そうであっていい社会は何なんだろうか、それは一体どうやって作れるんだろうか、ということを日々考え、答えを探しています。
この教会で12年働いているんですけど、刑務所に入っていた方の多くはそこに戻っちゃうし、お金を貸してくださいって言う人は返さないことが多いんですね。最初のころは、そのような人たちに対して「社会に戻そう」って考えていたんですが、途中から戻すと考えるのは止めようって思うようになりました。田代さん
人間は盆栽じゃないんだから、無理に矯正しようなんて思わなくなりました。私はただ寄り添うだけです。
普通は罪を犯した人たちが集う場所では、その罪を償おうとか、問題を直してあげようとかいうことが多いと思うんだけど、ダルクは「その罪と一緒に歩いてくれる場所」なんですね。佐野さん
ダルクにお世話になって1年目くらいの時に、変な問題を起こしてメディアに載ってしまって「近藤代表に怒られちゃうなあ、せっかくここまでお世話になったのに」と思いながら帰ったら、代表はぼくの顔を見た瞬間に、「コングラッチュレーショ~ン!」って言ったんですよ。それもどうかな?って思ったんですけど、それで張り詰めていた心がすごく和らいだんですね。
代表がマスコミに「雇用責任ってないんですか」って聞かれた時に、「こいつが何かしたからクビにしますなんて、おかしいだろう。問題があれば、直してからここから出さないと」って言ったんですね。ダルクは、そういうところなんです。
さっき私は、「戻す社会はなんだろう」ということをお話ししたんですが、路上生活者の方には、子どもの頃から困窮生活にあった、障がいを持っている、虐待を受けていたなど、それまでの環境でさまざまな事情を抱えている方が本当に多いんです。田代さん
そういう中で、頑張って一人で生きてきて、でもいろんなことが上手くいかなくて路上生活に至っている方に対して、「もっと頑張って、路上から戻りましょう」って言うことに意味があるんだろうかと時々思います。そういう人たちが戻りたくなるような社会を作ることが私たちの仕事だと思っていますし、そういう意味で「戻す社会って何だろう」ということを考えています。
偉そうなことを言っちゃうと、人生は「ありがとう」に気付く旅だったんだなって思います。「有り難う」って、「苦難」とか「非難」でつかう「難」ていう字が入っているけど、難が有ったから「ありがとう」っていう言葉ができたらしいんですよ。誰だって、普通の生活が当たり前って思って生きているじゃないですか。だけど「難」が有ってそれに気付けたことを、ありがたいと思うとか、そんなことを考えるようになりましたね。
「ありがとう」の反対語って知っています?それって「当たり前」らしいです。「ありがとう」っていうのはすごく奇跡的なことなんだから、それに感謝しなさいっていうことらしいんです。
これまでは早く芸能界に戻ってみんなを安心させたいとか、恩返ししたいとか思っていて、それが実現できなかったり上手くいかないとプレッシャーになって、結局この前もそんなプレッシャーに負けてまた薬を使ったりしました。
だけど「もう芸能界に戻らなくてもいいや」って思えたらすごく楽になったし、「もう一花咲かせよう」って思っていたけど、「きれいな花を咲かせなくてもいいや、それより今度はきれいな花を咲かせる土になろう」って思うようになったんですね。
自分のために何かをするんじゃなくて、誰かのために行動したことが、いつかまた自分に帰ってくることを信じるっていうことかな。いや、そう思ってないと生きていけないのよ、ほんとに。すいません!
ビッグイシュー販売者Bさん
トークタイムの最後に、ブースでビッグイシューの販売をしていたBさんからのコメントがありました。一言のご挨拶の予定が、声をつまらせながらの心情の吐露に会場も静まり返って聞いていました。
自分には、いまは少なくなっていますがパチンコ依存の問題があります。パチンコで2,000円がたった2時間で90,000円になったことがあります。その1回の体験があると、また同じことが起きるんじゃないかと繰り返して通ってしまう。でもそういう時は、たいていさびしい時なんです。かといって、さびしい気持ちを誰に言ったらいいんだろうかって思ってしまいます。
ホームレスという札がついていますけど、自分のことをホームレスだとは思いたくない。それでも、子どもが逃げていったり、人に睨み付けられることがあります。辛いけれど全部自分の責任です。ビッグイシューは、自分にとって1本の藁なんです。それにすがって頑張っていこうと思っています。
6)おわりに
企画の最後には、スペシャルゲストとして田代さんの幼稚園時代の同級生の方が登壇して子ども時代の心温まる対話があり、次にマーシーの初恋の人だったという当時の幼稚園の先生からの手紙でのメッセージがありました。そして本当の最後は、田代さんの好きなミュージシャン、サム・クックの曲にウルフルズが日本語の歌詞をつけた「ワンダフル・ワールド」を関野さんのギター、田代さんの歌で共演。拍手の中で終了しました。
“What a wonderful world this could be” (文責、奥田裕之)
*写真【佐藤遼太郎】
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。