2018年1月23日のアーシュラ・K・ル=グウィン死去のニュースを受け、『ビッグイシュー日本版』250号のスペシャル・インタビューより記事を転載します。

 米国の作家アーシュラ・K・ル=グウィン(以下、ル=グウィン)は、大人と子どもの両者に向けた数々のSF小説やファンタジー小説を発表してきた。そんな彼女に、米国オレゴンのストリートマガジン(Street Roots誌)記者、スー・ザロカーがインタビュー。
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ポートランドの自宅にて

セント・ヘレンズ噴火後、レッドゾーンに詩人として入山

 5歳で小説を書き始めたというル=グウィンは、1960年代から数々の作品を発表。作家生活を通じて、現代の政治・環境・社会問題について深い洞察を示すとともに、ユートピア世界・社会を描いてきた。また、書くことを通じて、性差(ジェンダー)による壁に果敢に挑んでもきた。文学の世界、特にSFの分野においてほとんど女性作家が活躍することのなかった時代に、ル=グウィンの作品は高い評価を得ている。

 何度かのやりとりの後、ル=グウィンはポートランドにある自宅に招待してくれた。書斎に招き入れ、1980年に大噴火(※1)を起こしたセント・ヘレンズ山の写真を見せてくれ、インタビューが始まった。
信じられない光景でした。朝から曇り空だったけれど、噴火が始まると、雲が吹きとばされて、煙の柱のように見えるものが現れました。実際には噴火の熱で舞い上がった土砂でした。噴煙の高さは2万4千メートルに及んだはず。それは恐ろしくも美しい眺めでした。噴煙柱が渦をまく様子も見えたし、内側で稲妻が走り、雷鳴がずっと響いていました。
 噴火の前兆はあったのだろうか?
春中ずっと地鳴りや震動が続いていましたし、山から噴き出る黒い何かが雪面を汚していて、おそろしいことが起きそうでした。火山活動が小休止したというので、その週末、住民は家財を持ち出すのに自宅に戻ることが許可されたんですが、ちょうどその時に噴火が起こったせいで、60人もの人が亡くなったんです。
 噴火後1年数ヵ月の間、山全体がレッドゾーン(立ち入り禁止区域)になったが、セント・ヘレンズに魅せられたル=グウィンは、詩人として、カメラマンと画家と一緒に3人で立ち入り許可をもらい入山したという。
言語に絶する光景でした。灰と焼け焦げた木だけ。木はまるで灰色の死体のようで、噴火の爆風を受けてみな同じ方向を向いていました。その後、噴火から25年たった頃に、同じ場所を訪れたんです。噴火当時はもとの姿へ戻るのに少なくとも100年はかかるといわれたものですが、山は一面の緑だった。木には葉が茂り、花が咲きみだれ、鳥や鹿やヘラジカの姿がありました。あの山は自分の力で生き返ったんです。
 レッドゾーンでの体験をもとに、ル=グウィンは「レッドゾーンにて」という詩と、同じタイトルの小説を書いたという。

才能には義務が伴う。乱暴な言い方をするなら、才能に人生をかけろ

 ル=グウィンへのインタビューは、以下のように続く。

─執筆において実際の体験と想像の違い、そして、一方が他方よりも重要ということはありますか?

想像力は体験に基づくもの。世界に存在するあらゆるものは、さまざまな要素が無限に組み合わさってできています。想像力から生まれるものもすべて、現実での経験の無限の組み合わせといえます。だからこそ、子どもの想像力は成長し、さまざまな経験を通じて豊かになっていくのです。作家の想像力も思考力と同じように、何をどのように組み合わせ、考え、理解するのかを訓練で鍛える必要がありますし、小説や詩を読んだり書いたりすることが訓練になるのです。

─父上のアルフレッド・L・クローバーは人類学者、母上のシオドーラ・クローバーは作家でいらっしゃいましたね。

父の友人だった二人のネイティブ・アメリカン、オダム(パパゴ族)のホアン・ドロレスと、ユロック族のロバート・スポットはよく家を訪ねてきました。私は幸運にも、『インディアンのおじさん』のいる白人の子どもだったのです。二人からは、たくさんのことを学びました。礼儀、尊厳、忠誠心、忍耐力。それに、とんでもなくブラックなジョークの数々。

─小説を書きはじめるきっかけ、そして長い作家生活を通じて書きつづける原動力は?

家族には本好きや作家が多かったせいで、本に囲まれて育ちました。その恩恵は計り知れませんが、書くように仕向けられたことはありません。私はいつも何か書いている子どもで、大人になったら作家になると思っていました。創造を職業にするには才能が必要ですが、才能には義務が伴うという自覚も欠かせません。乱暴な言い方をするなら、才能に人生をかけろということです。
私が書いてきたSF小説はその性格上、文化人類学、心理学、社会学などの社会科学、生態環境全体を考えずには書くことはできません。その意味で小説の枠組みを広げてきたといえますね。

─電子出版、特にアマゾンについて意見を述べられていますね。

あらまあ、その話をしなきゃだめなの? アマゾンは、米国の郵便制度まで手中におさめてしまった。消費者に、アマゾンが読ませると決めたものを、日曜日であっても配達できるようにするために。私はPowellなどの独立系の書店で本を買っています。彼らは、出版社に対して指図したりしないし、気に入らない出版社や作家や購入者に対して発送を遅らせたり、取り扱いを拒否したりしませんからね。この20年間で出版界はすっかり変わってしまいました。多国籍企業が大手出版社をはしから買収して、本をじゃがいもやとうもろこしと同じ消費財みたいに扱い始めたせいです。じゃがいもやとうもろこしがどうなったのかは知ってのとおり。有毒物質に汚染され、肥満のもとになり、味が悪くなったけれど、売れればそんなこと誰も気にしません。

─1969年の『闇の左手』で、ジェンダーのない社会を描いて、性差の壁を打破されました。それ以来、ジェンダーの役割に変化はあったと思われますか?

あまりに大きな質問だから、手短に答えるわね。以前は身体的な特徴によって決定される2つのジェンダーがあると考えられていましたが、今ではジェンダーというのは複雑で、身体的、社会的、文化的、内面的な多くの要素がからみあって決まると理解されています。それは、大きな変化ですし、好ましいことです。女性の利点は、望めば、子どもも持てるし、小説も書けるということでしょうね。


突然アイディアが降ってきて、できあがった『ラウィーニア』

─さまざまなジャンルの作品を書かれていますが、最も純粋な形で自分らしさを表現できるのはどのジャンルですか?

純粋な形で? それなら詩でしょうね。

─では、純粋な形でなければ?

難しい質問ね。職業作家になったのは30歳の時で、いろいろな作品を書いてきたので、どれも『究極の作品』だといえません。たとえば、『ラウィーニア』(08年)ではこれまでにない試みに挑戦しました。突然アイディアが降ってきて、『私は何をしているのかしら?まあ、見て! 小説ができあがったわ』という感じだったのです。『ラウィーニア』の一部では、いわゆるメタテクスト(※2)とよばれる手法を使っています。ラウィーニアは、ヴェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』の登場人物で、セリフはないけれど、作品のなかで大きな役割を担っています。アエネーアスとラウィーニアの二人は運命によって結婚しなければならず、やがてローマ人となる民族の礎となります。
『アエネーイス』に出てくるラブストーリーでは、ディードーとアエネーアスの物語がよく知られていますが、私はこの小さなイタリアの姫君がすっかり気に入ってしまいました。ラウィーニアはどんな人物で、ものごとをどんな風に考えていたのか?と想像をめぐらせていると、まるで彼女が私に語りかけてくるように思えたんです(笑)
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私はヴェルギリウスが大好きで、彼の詩は何度もくりかえし読んでいます。その作品を冒瀆するつもりも、書き直すつもりもありませんでした。ただ、ヴェルギリウスがラウィーニアに十分な活躍の場を与えられなかったのは、全体のストーリーにぴったりの場所がなかったから。でも私なら、それを見つけてあげられると思ったんです。 

─ご自身は、たくさんの世界をつくってこられました……。

とても楽しいですよ。SFやファンタジー小説を読む醍醐味の一つは、少しばかり目新しい世界。物事も少しずつ当たり前だと思っている姿とは様相を異にしている。そんなところが好まれるのだと思います。

─SF小説やファンタジー小説に限界はあるでしょうか? 

宇宙に果てがある? 想像力に限界はあるかしら?

─最後に、作家の卵たちにメッセージをお願いします。

若い人たちには厳しい時代です。希望があるとすれば、状況は常に変化しており、今もそうだということです。電子出版が登場した結果、出版の未来を見きわめようとして、誰もが混乱して動揺しています。瀕死の苦しみにある資本主義にできるのは、自ら触れるものすべてを支配し、ひずませ、ばかげたものにすることだけ。作家も資本主義の枠組みの中で書きつづけるしかありません。現時点では他の選択肢はありませんから。でも、作家が自らの精神を資本主義に売りわたさず、自由な人間として考えれば、きっと方法を見つけられるはず。書きつづけ、作品を読者に届け、もしかしたら書くことで生計を立てる方法をね。だから、若い作家たちに贈る言葉があるとすれば、『あきらめないでほしい。書きつづけるかどうかは自分が決めることだということを忘れないでほしい』ということです。

(Sue Zalokar/Street Roots-USA, ⓒwww.street-papers.org)
Photos: Sue Zalokar

※1 ポートランドの北東85㎞にある活火山。1980年の大噴火で、直径1・5㎞の大火口が出現し、山の標高は2950mから2550mにまで低くなった。
※2 あるテキストの背景や下敷きを包含するテキストのこと。構造主義・ポスト構造主義の中から生まれた概念。

アーシュラ・K・ル=グウィン
1929年生まれ。SF作家、ファンタジー作家。代表作に『闇の左手』『所有せざる人々』『ゲド戦記』シリーズなどがある。米国図書賞とピューリッツァー賞の最終候補になっただけでなく、全米図書賞を一度、優れたSF小説に与えられるヒューゴー賞を5回、ネビュラ賞を6回受賞している。1953年にパリで歴史学者のチャールズ・A・ル=グウィンと結婚。1958年以来ポートランドに住む夫妻には3人の子どもと4人の孫がいる。
(書籍情報)
『ラウィーニア』谷垣暁美訳/河出書房新社/2200円+税
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