国際ストリートペーパーネットワーク(INSP)と欧州のホームレス支援NGO「FEANTSA」のコラボにより、ホームレス問題におけるEU政策立案に大きな影響力を持つコミッショナー2名へのインタビューが実施された。「ホームレス問題の解消」という共通ゴールを掲げながら、NGOとEU要職者で足並みを揃えることはできるのだろうか。
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<インタビューを受けてくださったEUコミッショナー>
*コミッショナーは大臣職にあたり、計27名いる。
マリアンヌ・ティッセン(雇用、社会問題、技能、労働力移動担当)
コリーナ・クレトゥ(EU地域政策、都市問題担当)
キーワード: EUのホームレス問題、居住の権利、都市問題、社会的包摂
ヨーロッパでも膨らむホームレス人口とEUの立場
EU域内には、寝る場所のないホームレスの人々が約90万人います。さらに、毎年400万人超の人々が新たに短・長期でホームレス状態になるリスクがあります。近年、EU加盟国のうち15か国でホームレス人口が増加、減少に転じたのはフィンランドのみです。もはや目を背けることのできない深刻な状況です。口火を切ったのは、欧州委員会コミッショナー(*)のマリアンヌ・ティッセン。
EU加盟国のうちフィンランド以外の15か国でホームレス人口が増加。GB_Housing Exclusion Reportより
まさしく、ヨーロッパのホームレス問題は膨らむ一方だ。
ティッセン、そして地域政策を担当するもう一人のコミッショナー、コリーナ・クレトゥも、ホームレス問題の政策立案に大きな影響力を持つ立場にある。
EUの地域政策および都市問題を担当する欧州委員コリーナ・クレトゥ
欧州のホームレス問題に取り組むNGO「FEANTSA(European Federation of National Organisations Working with the Homeless)」も、急増するホームレス人口を食い止めるには、彼女たちのような要職者の協力が不可欠と認識している。キャンペーン「Be Fair, Europe – Stand up for Homeless People!」を通じて、EU政策担当者/各国政府/自治体/その他の関係者間の連携を強化し、ホームレス当事者やその予備軍が見放されないよう、しっかりした意思決定や対応が取られるよう促進している。
「Be Fair, Europe ? Stand Up for Homeless People(ヨーロッパよ、フェアであれ――ホームレスの人々のために立ち上がろう)」キャンペーンのロゴマーク
そのため、当NGOは5つの具体的な目標を打ち出し、EU当局に指標にしてもらいたいと考えている。分かりやすい明確な目標だが、達成するのは容易くない。
1. 既存の政策手段を有効活用すること。
2. ホームレス問題に若者/ジェンダー/移民/保健など各部門の垣根を超えてアプローチすること。
3. 国家レベルでのホームレス問題のモニタリングを強化すること。
4. ホームレス問題解決に向けたEU投資を増額すること。
5. EUとしての決意と行動力を示し、ホームレスの人々の人権を守ること。
“EUはこれらの責任を果たさずホームレスの人々を見捨てている”というのがFEANTSAの主張だ。
コミッショナーのクレトゥはホームレス問題の深刻さを認めながらも、この見解には賛同しない。
EUがホームレスの人々を見捨てているという意見には賛成できません。この問題は各加盟国の責任下にあり、EUはあくまで加盟国を支援する立場ですから。クレトゥは欧州の都市問題に関する中心的枠組み「Urban Agenda」のリーダーであるとともに、「欧州構造投資基金(ESIF)」の責任者でもある。ESIFはEU財源の半分以上を有するため、ホームレス対策の形勢を一変させられる可能性を秘めている。
EUは与えられた権限をフル活用することで、各加盟国、地域、自治体、ホームレス問題に取り組む組織間の協力関係を強化してきました。EUの都市政策指針「Urban Agenda」に基づく行動、都市の貧困にフォーカスした官民パートナーシップなど、順調に進んでいます。
都市問題対策の一環として予算配分されている現状
ホームレス問題が特に顕著なのは都市部だ。ヨーロッパ内の多くの首都でも、ここ数年でホームレス人口が30%増加。Urban Agendaでも「住宅」と「貧困」が二大優先課題となっている。クレトゥも、ホームレス問題撲滅における自身の役割をよく理解している。ホームレス問題の背景を考えなくてはいけません。大抵は都市に特有の問題ですし、その他の諸問題とも絡みあっています。ホームレス問題に取り組むことは、都市に特化した問題への取り組みと密接に関連しています。ホームレス問題対策への予算は十分といえるのだろうか? クレトゥが解説してくれた。
「欧州地域開発基金(ESIFの一部)」の2014-2020年度予算の約半分、1千億ユーロ(約132兆円)が、こうした問題解決に充てられます。もちろん、予算の使われ方は各国、地域、自治体に委ねられていますし、そうあるべきだと思います。身近なところでこの問題に直面している人々たちに最善の対策を決めてもらうのです。ホームレス問題対策において、一番多く配分されるのは公営住宅です。住宅インフラ整備に約14億ユーロ(約1,850億円)が計上されています。FEANTSAのディレクター、フリーク・スピネウェンは、ホームレス問題をより区別して予算配分すべき、と考える。
2020年度以降のEU中期予算計画に、「路上生活者」対策費を切り分けて設けることで、ホームレス問題を「管理」から「撲滅」へと転換させていけるでしょう。
EUレベルでできること/加盟国レベルですべきこと
クレトゥはあくまで加盟国や自治体の自主性にフォーカスしていく考えだが、先述のFEANTSAが提案する5つの目標では、より包括的な協力関係を求めている。このギャップに関して、スピネウェンは言う。こうしてコミッショナーのお二方が時間を取ってくださり、ホームレス問題ならびにEUレベルでできることについて議論に参加くださったことに感謝申し上げます。EUレベルで取れる対策はたくさんあり、その決意も示してくださいました。しかし、基本的には各加盟国の責任下でやるべきという主張は、物事の本質を隠すのではないですか。EUができることは、「補完性原則(*)」に則った範囲内でもまだまだあると思います。*中央権力は下位の組織が効率的に果たせない機能だけを遂行するという概念。EUと加盟国の関係に採用されている。
ティッセンはEUの社会政策立案の担当で、「欧州における社会権の柱(European Pillar of Social Rights)」の立ち上げに尽力した。各加盟国が果たすべき社会的権利の原則をまとめたものだ。その20の原則に「住宅に住む権利(housing and shelter)」を含めたため、彼女はホームレス対策に影響力を持つ人物と注目されるようになったのだ。この「欧州における社会権の柱」について、ティッセンは言う。
欧州委員として雇用・社会問題・技能・労働力の移動を担当するマリアンヌ・ティッセン
社会から見放される人がいないよう、より包摂的な社会を築くための羅針盤になると考えています。これにはホームレス問題に関する原則も含まれ、住宅が必要な人々には公営住宅や十分な住宅支援が提供されるべき旨が明言されています。
社会的弱者は強制立ち退きから守られるべきです。家を失った人々向けの、シェルターや支援サービスを整えなくてはなりません。加盟国がこの「柱」を是認すれば、さまざまなレベルで具体的な行動が展開されるでしょう。
この理想主義的な柱に「居住の権利」が含まれたことは小さな前進ではある。しかし、ここでもEUと加盟国間にある立場の相違が影響してくるかもしれない。完全かつ実質的に見えるこの「柱」も、所詮はガイドラインだ。受け入れるも拒むも、真剣に取り組むも取り合わないのも加盟国次第。実行されるとは限らないのだから。
しかし、「柱」は存在するだけで十分なのだとティッセンは言い張る。
この「柱」は、我々が共有する、条約で定められた価値や原則に基づく枠組み。我々が目指す社会、子どもたちに残したい未来、それらを達成する手段が反映されています。提唱する内容をすべて法制化したいのではなく、あくまでEUが権限を有する分野のみです。それ以外は、加盟国と連係して進めていきます。コミッショナーの2人が関わるこれらのプロジェクトが効果的に運用されれば、EUホームレス対策の転換点になるとスピネウェンも考える。
EUの政策が最大限に発揮されれば、有効なものになるでしょう。例えば、FEANTSAが参加する「Urban Poverty Partnership(都市の貧困撲滅パートナーシップ)」では、2030年までにEU内のホームレス問題撲滅を目標にしています。これは国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」にも合致した動き。EUがこの目標を受け入れれば加盟国への強いメッセージとなり、彼らも真剣にホームレス問題に取り組む必要性を感じるでしょう。
ホームレス問題には多角的アプローチが必要
ホームレス問題にはさまざまな角度から取り組む必要がある。ティッセンは言う。ホームレス問題は単独で生じるものではありません。雇用、社会的包摂、医療、基本的人権、教育、移民…さまざまな問題と絡みあっています。ですから、これらの分野に取り組むことも、間接的にはホームレス問題の解消につながります。確かにこうしたプログラムは、EU当局が多角的取り組みの必要性を認識している姿勢を示すものだろう。しかし一方では、その対象範囲が十分でなく、最も弱い立場にある若者に届いていない、との批判もある。これに対するティッセンの意見はこうだ。
例えば、ホームレス状態に陥るリスクが若者、特に教育レベルの低い者たちのあいだで高まっています。そこで、EU政策プログラム「若年者保証(Youth Guarantee)」では、若年ホームレス層をターゲットにした教育に出資し、彼らの就職チャンス向上を目指しています。
これらの分野においてEUが有する権限は、条約で制限されています。欧州委員会はガイドラインや資金を提供するまで。雇用・教育・訓練・社会包摂の政策設計や実施は、加盟国の責任下で進めてもらわなくては。繰り返し加盟国に伝えているように、EUが資金提供する対策は包括的なもので、フォーカスすべきは最も困難な状況にある人々です。
しかし、スピネウェンの考えは違う。支援プログラムが本当に必要な人々に届いていないのは、EUがこの問題を適切に把握できていないのが原因だと彼は言う。
社会経済指標のモニタリングにおいて、EU は重要な役割を果たしています。しかし、この指標にホームレス問題が含まれていないので、問題の規模や対策の進捗具合を正しく把握できずにいます。どうか、EU統計システムに「ホームレス問題」を含めていただけませんか。
ネガティブなホームレス対策ではなく、ホームレスの人々を巻き込んでいける社会を!
クレトゥの任務、つまり都市のホームレス対策に関する政策立案に関して言うと、長期的かつポジティブな対策よりも、ホームレスであることを犯罪とみなすネガティブな施策導入が近年の傾向となっている。例えば、英国政府は、極貧状態の移民が野宿しているのを見つけたら強制送還するという政策を打ち出した。FEANTSAは、それは路上で寝る「居住の権利」を侵害するものだ、との声明を出した(2017年6月)。EU市民の生活に良い影響をもたらすための権利を、英内務省はホームレス排斥に使い始めたのだ。
こうした事例に対し、ティッセンやクレトゥが何かできることがあるのかはわからないが、非難の的となる政策導入に至る諸要因に大きな影響力を持つことは間違いない。
ホームレス問題に取り組むNGO「シェルター・スコットランド」の広報・政策責任者アダム・ランの発言も力強い。
路上生活者というのは、家を失うという悲劇に直面した際に、「住宅セーフティネット」に見放された人たちです。すべての人に住みかを、という基本的人権を社会が提供できていない状況をよく示しています。都市であろうとなかろうとネガティブなホームレス対策は間違っていると、クレトゥは語気を強める。
はっきり申し上げます。路上生活者の犯罪扱いは何の解決にもなりません! 今すぐ止めるべきです。当局、市長、その他関係者にはぜひとも、ホームレスの人々を社会に巻き込んでいけるような対策を推進していただきたいのです。EU当局者とNGOの見解にズレが生じるのは、彼らがホームレス当事者と触れ合う機会がないからではないだろうか。コミッショナーたちはホームレス当事者と直接会話することはあるのだろうか?
ティッセンは何度か話をしたことがあると言う。
「柱」の総括カンファレンスの場で、デンマーク出身のホームレス当事者の話を聞きました。いかにあっけなくホームレスになってしまうか、人としての信頼を取り戻しゼロから生活を立て直す上で、地域サポート、社会サービス、就労支援がいかに重要であるかを話してくれました。当事者の声を聴くことが私のミッションだと考えています。彼らの声を生かして、貧困や格差の解決に努めるつもりです。クレトゥはより具体的に答えてくれた。
どれほど困難な時であっても、ヨーロッパは誰ひとりとして見放しません!ホームレス問題の解決には、皆さんと協力し、多方面からのアプローチが必要です。これから数ヶ月、EU予算の厳しい交渉が始まります。新たな課題が次々と発生し、いずれも資金を必要としています。それもよく分かります。しかし、すでにある課題、社会的包摂などに取り組み続ける必要性を訴えていくことが私の役割と思っています。
FEANTSAのロゴマーク
Courtesy of INSP.ngo
翻訳監修:西川由紀子
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