2018年6月に放映されたテレビ番組『NHKスペシャル ミッシングワーカー 働くことをあきらめて…』でも取り上げられた「隠れ失業者」の問題。この課題に直面しているのは日本だけではない。カナダも同じ状況にあるようだ。多様な人種が暮らすカナダではこの問題にどう取り組んでいるのだろう。モントリオールのストリートペーパー『リティネレール』に掲載された記事を紹介する。

 *編集部補足
「完全失業者」には求職活動をしていることが条件。あきらめてしまうなどして定期的な求職活動をしていない「隠れ失業者」は統計に入らず、「失業率」が実態を反映していないという指摘がある。

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2017年後半、カナダの失業率は「労働人口の5%」と発表された(カナダ統計局)。これは過去40年で最低の数字ではあるが、実はこの数字に含まれない、国からも見放された「隠れ失業者」たちが存在する。

彼ら彼女らの背景はさまざまで、公的給付を受けている人もいれば、学校を中退し、肩書きが何もない人もいる。彼らはなぜ労働市場に入っていけないのか。彼らが再び働けるようにするには何をすべきなのか。彼らの職探しをサポートする「社会的企業」のビジネスを紹介する。
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モントリオールのストリートペーパー 『リティネレール』

ケベック州には、労働市場から排除された人々と深く関わっている社会的企業がある。通常の雇用者が考えつかないような独自の戦略により、失業者たちの「雇用され得る能力(エンプロイアビリティ)」を高めようとしている。注目すべきは 「社会的スキル」と「技能スキル」を同じくらい重要視していること。

モントリオールのストリートペーパー 『リティネレール』 も、この価値観を29年間大切にしてきた。編集から雑誌販売に至るまで、経済的弱者が労働世界に復帰できるようサポートしてきた。

リュック・デジャルディンCEOは雑誌づくりが関係者に与える影響についてこう話す。
この活動により、約150人の販売者が想像だにしなかった体験をしています。販売者はいち起業家としての諸条件と期待に応えなくてはなりませんから。

各販売者は販売したい分の雑誌を自費で仕入れます。こうして、一定の責任とリスクマネジメントを引き受けます。 雑誌が売れなければ、自ら損失を被ることになりますから。彼らは、商品を魅力的に見せて購買者の興味を引くなど、自分なりのやり方で販売活動を行わなければなりません。そして言うまでもなく、勤勉さ、時間厳守、礼儀正しさ、飲酒禁止の義務を負っています。この最後の義務が一番難しい、という声も聞きます。
精神を患っている人、行動上の問題がある人たちと共に、月2回の雑誌発行を続けることは、リスクを伴う難しいビジネスだ。心のケア、食糧支援、宿泊斡旋まで、さまざまな分野で力を貸してくれる専門家やボランティアがいなければ、とても実現できない。でも、こうした仕組みは労働市場には存在しない。

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『リティネレール』の販売者ダイアン・クラドー

『リティネレール』の販売経験を経て、何人くらいが、ここでの経験を経て定職に就いているかを尋ねると、
ごくわずかです。この2年で3~4人でしょうか。でも、私たちが目指すのはそこではありません。販売者の皆さんには、ささやかな目標でもよいので、「達成する」という人としての喜びを味わってほしいのです。彼らが自信や尊厳を取り戻せるようサポートしています。(デジャルダンCEO)
では、販売者を「労働者」とみてよいのかと問うと、彼はきっぱり言った。
もちろん彼らは労働者です。法的には「自営業」と考えることもできます。彼らのことを「物乞い」と見なす人がいるなんて、真実は全く逆です。彼らは雑誌販売で得たお金で、経済成長ならびに地元コミュニティに貢献しているのです。
販売者が手にする売り上げは、実のところかなりのものになる。雑誌販売で会社側が得る収益は100%組織に再投資され、事業存続を支えている。ストリートペーパー事業を通して販売者らの状況改善に直接取り組むことで、販売者たちは国の税負担削減(医療、不正行為、訴訟費用など)に間接的に貢献しているのだ。

古着屋チェーン店 「ルネッサンス」

『リティネレール』の販売者たちは大半が40代の白人男性であり、社会人口学的には「隠れた失業者」のごく一部でしかない。失業問題で最も弱い立場にあり、影響を被りやすいのは「女性」と「移民」だ。

社会的企業「ルネッサンス」が打ち出したソリューションが評判となっている。
1994年にルネッサンスを起業した時に目指したのは、「労働市場」と「社会福祉利用者」の架け橋となり、彼らが社会的排除や貧困から抜け出せるようになること。
そう語るのはCEOのピエール・ルゴール。
この数年、移民の波が押し寄せているため、当初の目的はかなり達成されています。東欧からもメキシコからも、最近ではシリアからの移民も増えています。今やわれわれの従業員の大半は文化背景の異なる人たちで、それが企業の礎として根付いています。
11店舗の古着屋チェーンを展開し、約600人の労働者を雇用している。さらに、現場でのインターン研修を終えた者が270人。うち75%が移民女性、60%が社会福祉利用者だ。


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「何年も働いていない人にとっては、ここに来るのは勇気がいること」 仕事復帰をミッションとする古着屋チェーン店「ルネッサンス」でトレーニング中のマリー・カルメレ・バーナード(63) 

プログラム参加者の多くにとっては、孤独から逃れること、家から出ることが目的だ。
ここにやって来ることは、何年も働いていない人たちにとっては特に勇気のいること。彼らが仕事を見つけることで、自信を取り戻し、面接試験時などの不安を克服できるようサポートすることも私たちの役割です。(ルゴールCEO)
1997年にモロッコから移住してきたザネブ・ブサードは、モントリオールに着くとすぐに秘書の仕事を探した。高学歴にもかかわらず、いい仕事に巡り会えず、生活のための仕事に就かざるをえなかった。 上司は非情な人で、給料も安かった。
すべてを捨ててモロッコから出てきた挙げ句に搾取されるなんて、とてもつらかったです。
いくつか他の仕事も試みたが、行きついたのがルネッサンスでのインターンだった。
最初こそ苦労しましたが、あきらめませんでした。私を信頼してくれる「家族」が見つかり、恵まれています。これは私にとって、とても意味のあることですから。
現在、彼女はCEOが率いる「マネジメントチーム」でアシスタント・ディレクターを務めている。

今や民間競合会社がうらやむほどの成長を見せている非営利団体「ルネッサンス」。
私たちのやり方がうまくいきました。他社にインスピレーションを与えられる存在となった喜びは、組織全体に浸透しています。(ルゴールCEO)
ルネッサンスのもう1つの成功は、インターン研修修了者の就職率85%という数字だ。ビジネスとして十分に投資価値があることは間違いない。

「ルネッサンス」

家具製作の「ル・ブロ・ヴェール」

「ル・ブロ・ヴェール」は家具製作を行う社会的企業だ。クライアントは地域内の宿泊施設、ホームレス用シェルターなどの公的機関、幼児センター、DV被害者女性センターなど。頑丈で安定感ある家具は、木工作業の実習を修了した16~25歳の若者たちの手によるものだ。

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「ル・ブロ・ヴェール」のワークショップ風景 

モード(20)は昨年6月にここにやってくるまで、1年ほど路上生活をしていた。
中流家庭で育ち、きちんと教育も受けていた自分がこんな状況になるなんて思いもしませんでした。いろんなことがうまくいかなくなって、去年からホームレス状態になりました。「ダン・ラ・ルー(Dans la rue)」という団体の手助けを得て、ここにたどり着きました。
4~6ヶ月に渡る有償プログラムでは、木工作業だけでなく自分のモチベーションの上げ方も学べたという。
誰でも自分なりのモチベーションが必要ですが、生きてるとそれすら難しい時がありますから。(モード)
ジャンヌ・ドレCEOは言う。
多くの若者にとって、インターン経験が大きな転機となっています。ストレス、悩み、不安を抱えてやってくる人が多いですが、それらは働く上では何の役にも立ちませんから。

朝5時に起き、週2回はハードな身体トレーニングを行います。身体を鍛えておかないと、鋸の使い方ひとつで命取りになりますから。厳しいですが、必要なのです。
参加者のほとんどは中途退学者で就労経験のある人はほぼいないのだから、かなり厳しいタスクだ。勉学や就労をしていない「ニート」の数は着実に増えている。
23年前にここで働き始めた頃と比べると、中途退学する若者のイメージもずいぶん変わりました。社会の片隅で生きる若者たちに社会福祉を利用する者は減り、ろくに教育を受けていない人が増えました。この7年で顕著なことです。ケベック州だけで18~25歳の「ニート」は20万人近くいると踏んでいます。アメリカでは1千万人を超えるでしょう。 (ジャンヌ・ドレCEO)
この憂慮すべき数字をどう説明すればよいのか。 この若者たちが「隠れ失業者」にならないためには、どんな対策が必要なのだろうか。
教育システムに非があるのは間違いありません。中途退学者の大半はモチベーションを失っています。社会の「一流の専門家」たちがどうして、この重要な若者世代を無視できるのか問い直さなければなりません。 (ジャンヌ・ドレCEO)
「ル・ブロ・ヴェール」のような組織が、社会の片隅で生きる若者たちの支援において重要な役割を担っていることは明らかだ。

モードに将来の夢を尋ねた。
学校が大嫌いだったから、ここに来れて良かったです。ここに来ることが夢でした。過去には絶対に戻りたくありません。思い出すだけでゲンナリします。
最後に、ジャンヌ・ドレCEOが言った。
仕事復帰できるようさまざまな奨励策を打ち出しても 「隠れ失業者」の発生が止まらないのなら、社会的優先順位を見誤ったのでしょう。ここ数年、私たちは富を築くことで頭がいっぱいになり、「インクルーシブ・ソサエティ(*)」を築くことに注力できていませんでした。
* インクルーシブ・ソサエティ: 多様な個性、多様なニーズをもつ人々が共生できる社会を、近年はこう呼ぶことが多い。

これからできることは、これら「社会的企業」の先進的マネジメントがヒントとなって、民間企業や政府が、社会の片隅で生きる「隠れ失業者」たちをフルタイムの仕事にありつけるようにすることだ。

写真:Mario Alberto Reyes Zamora
By Manuel Foglia
Translated from French by Kirsty Smith
Courtesy of L’Itinéraire / INSP.ngo  


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