南イタリアでは、アフリカなどから流れ着いた「経済移民」*が貧しい暮らしを送り、ギャングたちに搾取され、トマト農園でこき使われている現状がある。そこに誕生したコミュニティプロジェクト「サンカラの家」が、約200人の移民労働者たちにとって、わずかな希望の光となっている。
*経済移民: 経済的貧困に陥り、雇用や所得を求めて他国に移住しようとする人々。
農場から戻ったイブラヒムは、うす汚れたコンクリート2階建ての屋上へ上がり、しばらくそこに立ち尽くす。視界を遮るものは何もない。起伏の少ないフォッジャの街には、まるで定規で引いたかのような道路がいくつも伸びている。その脇には、農場、オリーブ畑、田畑が広がっている。
車を30分も飛ばせば、ビーチや高級ホテルが建ち並ぶアドリア海沿岸だが、イブラヒムには全く縁のない場所だ。8月、猛烈な日差しが降り注ぐ時期になると、観光客はビーチに群がり、フォッジャの街に残されるのは、イブラヒムのようにほんのわずかな賃金で奴隷のように働く移民たちだけだ。
移民の労働力なくしては成り立たないイタリアの農業実態
移民の大半は、暴力、貧困、無秩序が蔓延する町外れのスラム街で暮らしている。イブラヒムはそこを逃げ出し「サンカラの家」へやって来た。移民たちの環境改善を目指すコミュニティプロジェクトだ。ここには約200人が暮らしているが、それはこの地で働く移民労働者のほんの数パーセントにすぎない。二段ベッド、シャワー室、温かい食事が提供されて「生活レベルが上った」と喜ぶ彼らの姿から、この地の農業労働者の窮状が浮き彫りになる。
イブラヒムは二段ベッドで横になり、サッカー選手になる夢を見る。ルームメイトからは「イニエスタ(*)」と呼ばれているが、彼の稼ぎは300kg入る木箱をトマトで満杯にしても3.5ユーロ(500円弱)だ。
*1 イニエスタ: スペイン・サッカーリーグ「FCバルセロナ」で年間500万ユーロを稼ぐスター選手。2018年5月、ヴィッセル神戸に移籍。
ヨーロッパで、イブラヒムのような人々は「経済移民」と呼ばれる。シチリア島、カラブリア州、そしてここプーリア州フォッジャ地域では、若くてたくましい移民たちが、わずかな賃金で、トマト、オレンジ、オリーブ、ナスなど農作物の収穫に勤しんでいる。「難民経済」なるものがすでに確立されているのだ。
イタリアの農業は移民によって成り立っているようなもの。政府はリビアの沿岸警備隊にボートで地中海を渡ろうとする移民を阻止するよう交渉しているが、南部の野菜農家にすれば、不定期にやって来る移民たちに大いに助けられているのが実情である。
農業機械が大規模に使われ自動化が進んだとはいえ、イタリアの農業は大きなプレッシャーにさらされている。というのも、中国が繊維製品のみならず、農産物、とりわけトマトの輸出に力を入れているからだ。
ドイツの新聞「ハンデルスブラット(Handelsblatt)」紙はこの状況を「赤い洪水」と呼ぶ。価格競争を勝ち抜くため、農家は安い季節労働者に頼らざるを得ない。地中海を渡ってヨーロッパに流れ着くアフリカ人だけでなく、ブルガリア人、ルーマニア人、ロマやシンティ(以前はジプシーと呼ばれていた人々)をも当てにしている。季節労働者たちは時給3〜4ユーロ(400-500円)で働き、街外れの古い倉庫や、古びた穀物倉庫で生活している。
移民の大半が暮らすスラムと「元締めシステム」
イブラヒムに言わせると、スラム街は「地元イタリア人の目には届かない、その場しのぎの居住地」だ。古いトレーラー、コンテナ、木造小屋で生活し、電気や水道はない。夏場は、段ボール、ボール紙、防水シートでシェルターを作る。トマトの収穫期が終わると、今度はイタリア本土南端のカラブリア州に移動し、柑橘類の収穫だ。移民コミュニティの中には厳格な序列システムが存在し、ごく少数の「元締め」がすべてを牛耳っている。軍隊式に「兵長殿」と呼ばれ、スラム街の安い労働力を農家に斡旋する「サービス」で報酬を得ている。トマトの木箱を満杯にして50セント、農場まで送ってもらうと5ユーロ。「元締め」に逆らうことは許されない。
交通手段、食糧、水、娯楽...すべてに「元締め」がマージンを取る。当局の査察は入らず、法律も適用されない。
スラム街ではあらゆることにお金がかかります。人が死んでも、誰も気づきません。フォッジャでは、多くの人がこの問題の核心に触れようとしない。私たちがインタビューの約束を取り付けた相手も、所定の場所に現れなかった。とある情報提供者も、それ以上話したくなくなると突然電話を切った。邪険な扱いを受けたこともしょっちゅうだ。
そうこうしてるうちに、善と悪の境界が曖昧になっていく。労働組合でさえ、労働者と農場に出たいと申し出ると音信不通になった。亡命申請の手続き中で労働許可が下りていない移民たちが朝の街で「元締め」を待っていようと、役人たちも見て見ぬふりだ。
「これがイタリアの本当の姿です」エルベは苦笑する。
この街には規則も法律も信頼も存在しない。誰も現実の話をしたがらない、そんな印象を受ける。警察が賄賂を受け取り、検察官がマフィアに恐喝されるこの地では、エルベの計画は途方もないものに思えてくる。農場を拡大し、住民らにまともな仕事を生み出そうとしているのだから。
「サンカラの家」を立ち上げたのは
自らもアフリカからの移民だった男
スラム街で暮らす移民たちに「まともな生活環境」を与えるべく奮闘しているエルベという男がいる。スポーツウェアに身を包み、ウッドビーズのネックレスを着けた姿は、55歳にしては若く見える。10年前、母国セネガルからイタリアにやって来た。
最初はアドリア海のビーチでサングラスや安物ジュエリーの売人をしていたが、その後、チェリートマトの収穫に従事。「元締めシステム」のなかで散々搾取された挙げ句、ついには自分がその旨味を味わえる「元締め」になろうとしていたところで、すっぱり足を洗った。ロビイストとなり、当局とコンタクトを取り、政治家や労働組合との接触を始めたのだ。
そして、自治体から提供された空き農場を利用して「サンカラの家」を立ち上げた。自分のように自国から逃れてきた人々の避難所とするために。1980年代に活躍した革命の闘士、ブルキナファソのサンカラ大統領にちなんで名付けた。壁には大統領が拳を突き上げた絵が架けられている。
ここでじわじわと始まっているのは、静かな「革命」です。エルベは誇らしげに言う。
「サンカラの家」では、国連難民キャンプのような青いテント、2階建てのコンクリートブロック構造、スチールコンテナなどで生活する。スラム街との違いは、自分だけのベッドが持てることと、アルコール・ドラッグ・暴力が禁止されていること。入居時に諸条件を明記した宣言書に署名しなければならない。ここでは、子どもも大人も、名前や生年月日などの個人情報が登録される。当局に対し、透明性を保つためだ。
事務所として使われているコンテナ内で扇風機がうなっている。外の気温は39度。労働者の動きは鈍くなり、疲労が押し寄せ、農作業中は十分な水分を摂らなければ命に関わるほどだ。
だが彼らは、自分たちで作ったオーガニックトマトを、「元締め」を経由させず販売したいと考えている。自分たちで収穫した野菜を使った小さなレストランを運営し、地元の人たちと交流できる場にするのもいいかもしれない。移民への偏見をなくし、雰囲気を良くしていけるかもしれない。
たった一人でこのシステムを変えられるなんて思っていません。でも、みんなで力を合わせれば! 今とは違う環境で暮らせるよう、私は闘っています。エルベは言う。
エルベの隣に座るアブドゥライ・バリーも、収穫作業の厳しさ、大変さについて力を込めて語る。大企業が最安値にこだわらなければ、労働者の待遇もましになるだろうと。
ヨーロッパは俺たちを機械扱いしている。俺たちはエンジンにすぎないのさ。
大手企業の主張と現実
イタリアの労働組合「Flai-CGIL」の組合長ダニエレ・ラコヴェリも、フォッジャの中心地に事務所を構え、エルベと同じように労働条件の改善と「元締めシステム」の弱体化を目指している。しかし地元イタリア人のラコヴェリは、エルベほど楽観的ではない。もう何十年も労働条件が改善されない現実を見ているだけに、冷静にならざるを得ないのだ。昔、収穫作業を担っていたのは貧しいイタリア人労働者だった。1990年代以降、ブルガリアとルーマニアの労働者が加わり、現在ではアフリカからの移民が増えている。
プッリャ州はヨーロッパ有数のトマト産地で、フォッジャ地域だけでも5万人の労働者が働き、毎年200万トンのトマトが収穫・加工されている。工場にて皮を剥き、カットし、ソースや濃縮商品に。缶詰にされたトマトは、ドイツ、英国、フランスなどヨーロッパ各地のスーパーに並ぶ。ヨーロッパ南部で重労働にあえぐ労働者が、北部への輸出品を生産しているというわけだ。
コストを極力下げて利益を上げようとする国際的な生産サプライチェーンに問題がある、とラコヴェリは言う。スーパーマーケット・チェーン同士の価格競争もある。実際のところ、フォッジャの農家は、トマト1キロあたり10セントの儲けしか受け取ってないのだ。
フォッジャを代表する企業といえば、在英国食品会社「プリンセス社」(三菱商事の子会社)だ。同社の発表では、毎年、当地域で20〜30万トンのトマトを生産し、ソースや缶詰製品を加工している。「ヨーロッパで最も成長著しい食品会社」を自称するプリンセス社にとって、イタリア南部は重要な戦略拠点であり、なかでもフォッジャ地域はトマトの主要産地だ。移民労働者の酷使を非難されているものの、同社はこれを否定。大半のトマトは機械で収穫し、雨天や機械が作動しない場所でのみ人手を使っていると主張している。
しかし実際は、プリンセス社が認めるより多くの人間が悲惨な労働環境下で働かされている、とラコヴェリは見ている。(*) 強制捜査や査察が入った時に備え、農家と労働者が偽の契約書を交わし、いわゆる「灰色市場」を生み出してもいる。
2016年、イタリアでは元締めや農家に最長8年の懲役が課せられる新たな法案が可決された。しかしラコヴェリに言わせれば、査察が足りていないことよりも、労働者が仕事を失うことを恐れて査察官に真実を話したがらないことの方が大問題だ。
過酷な労働環境に愚痴をこぼすのは移民のごく一部。不平を漏らし、賃上げを要求すれば、仕事を召し上げられるとわかっているから。
スラム街には仕事のない若い男たちがいくらでもいる。最悪の条件下でも働くことを望んでいる。エルベもかつてはその一人だった。彼が果たせたことと言えば、移民のほんのひと握りに住まいとシャワーを提供した、それだけ。でも、それこそが始めの一歩となるだろう。
By Franziska Tschinderle
Translated from German by Johanna McCalmont
Courtesy of Surprise / INSP.ngo
photo:
MARTIN VALENTIN FUCHS
(*)この件に関する海外の報道(英語)
foodprocessing-technology.com
Princes Group supplier linked to worker abuse on Italy’s tomato farms
theguardian.com
Food firm Princes linked to inquiry into worker abuses in Italy's tomato fields
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