九州と同じくらいの国土に約580万人が暮らす北欧デンマーク。高い税金と引き換えに社会福祉は充実、幸福度の高い国とされているが、通年では約13,000人がホームレス状態に陥っている(*)。デンマークのストリートペーパー『Hus Forbi』の販売者、通称「パイレーツ」もその一人だ。奇抜な見た目とは裏腹に、心根は優しい彼のクリスマスへの想いとは。
※ 短期的なホームレスを含む数字。長期的に(ここでは6週間以上)ホームレス状態にある人は2017年度で6,636人。(参考記事)
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彼はオーフスの街のメイン通りを歩くだけで注目の的、観光客は彼の写真を撮ろうと立ち止まる。
背が高く、ごま塩の無精ひげを生やした彼は、スカートを履いてピンク色のニット帽を被り、電飾を取り付けたベビーカーを押している。彼が「ベイビー」と呼ぶこのベビーカーは、彼の「モバイルハウス」でもあるのだ。
向かう先はウェディングドレスの店。ドレスがあれば今年のクリスマスを祝う気分になれるから、と彼は言う。
路上生活歴17年、背の高いこの男は地元の人から「パイレーツ」と呼ばれているが、本名はエリック・ジェンソン。
まもなく63歳を迎える彼は、クリスマスの飾り付けに燃えるタイプではない。でも路上暮らしをしてると、いろんな人が(勝手に)ベビーカーに装飾していくのだ。
「皆、新年を祝おうとがんばってるよね」
そう言うパイレーツのクリスマスイブは、ビールと強めのタバコに、いつもベビーカーに載せてる携帯音楽プレーヤーで過ごすつもりだ。
テクノをこよなく愛するパイレーツ
パイレーツは音楽をこよなく愛している。
きっと街の人からは「やかましい音楽をかけながら徘徊するヤツ」と思われてるんだろうね。でも、これが効くんだ。心が落ち着き、一日の始まりに最高だよ。
筋金入りの自由人は言う。
彼には一日の最初の数時間を過ごす「特別な場所」がある。
「すごく音響が良くて、そこに座って、ビールと強めのタバコをやりながらテクノを大音量でかける。そしたら、一日を始める心の準備ができるんだ。」
パイレーツは、本名のエリック以外にも「エリカ」と呼ばれるのも好きだ。
「エリカになりきると、路上をうろうろするのに都合がいいのさ。」
この3年で彼の中で「エリカ」の人格が出来上がっていくにつれ、スカートなど女性ものの服に興味を持つようになった。
「もう女性ものにしか興味がないね」
とお茶目な笑顔を見せる彼は、薬物とは無縁のようだ。
しかし、彼の女性物への興味はいつも満たされるわけではない。
俺の服装をじろりと見て、「男性はお断りです」と入店させてくれないんだ。この街にもそんな店がいくつかあってね。
では、ウェディングドレスを入手できなかったらクリスマスを祝えないのか、というとそういうことでもないらしい。
そしたらお祝いはなしだな。ひとりぼっちで祝ったって意味ないし。それはそれで平気さ。
パイレーツは金曜の朝、「欧州文化首都2017(*)」にも選ばれた街デンマーク・オーフスのコミュニティセンターにて、コーヒーを飲みながら本誌の取材に応じてくれた。この街の変わり者たちが集まる場所であり、ストリート誌『Hus Forbi』の販売者が雑誌を仕入れる場所でもある。
*EUが指定した都市で、一年間にわたり集中的に各種の文化行事が展開される。
パイレーツは、デンマークの首都・コペンハーゲンのノアブロ地区出身。思春期までをそこで過ごし、16歳の時に精神病院に入れられた。
「薬漬けにされたよ。そしたら俺がどこにいるか把握できるようにな。」
「18歳の時に職業訓練を受けたけど、2日で辞めた。まともに仕事したことはないね。」
そう言って、くたびれた煙草に火をつけた。
「昨夜は港で寝た。風が強くてよく眠れなかったけど、ビールを飲んでいい夜だった。たばこは吸ってない。飲みながら、俺のベイビー、このモバイルハウスにきれいな電飾をつけたんだ。もっとつけたいな。」
結婚生活、離婚を経て路上へ
路上生活を始める前には、17年に及ぶまっとうな結婚生活も送っている。「相手の連れ子に自分の子どもも一人いた。」
当時は、デンマークのほとんどの人がそうするように、クリスマスのお祝いに前向きだった。でも2000年に結婚が破綻、路上生活に行きつき現在に至る。今や連絡がつくのは高齢の母親だけだ。
何年か前に母とクリスマスを祝ったのが最後だな
路上生活を始めて最初の3か月は自ら命を絶つことしか考えられなかった、と寂しげに語る。
「その後ストリートペーパーの販売を始めて、今でも続けてる。こいつ(ベビーカー)の世話をしながらね。でも、オーフスの人たちは気さくだし、とても良くしてくれるから、そんなにたくさんの新聞を売らなくても大丈夫なんだ。」
「ホームレス」とはいえ帰れる家がないわけじゃない、と言う。
「ボーンホルム島(*)にワン・ベッドルームのアパートを借りてる。家賃は月1,500デンマーククローネ(約2万5千円)。オーフスに出てくるまでの数ヶ月はそこに住んでた。でも、水漏れはするしカビだらけ。行政も重々承知さ。」
*バルト海に浮かぶデンマーク領の島。人口5万人。
部屋のカビはきれいになったものの、「アパート自体はそのまま」だそう。
「またすぐにカビが生えるさ。同じ死ぬならカビまみれのとこより路上の方がましかなと思って。」
ライトレールを待ちながら
「トラムの再運行が9月26日に予定されてただろ、だからオーフスに来たんだ。」
パイレーツが言うのは、オーフス市に開通予定の次世代型路面電車「ライトレール」のこと。
開通を祝おうと、オーフス市民たちは思いがけずクリスマスがやってきたかのように、大規模なパーティーを準備していた。パン職人らは伝統菓子「クランセケーエ」を5千個も焼いた。著名作家で自転車評論家のヨルゲン・レスは故郷オーフスに関する執筆も多く、新駅名のアナウンス録音にも協力、ライトレールの初運行に立ち会う予定だった。
しかし、保安上の理由から交通当局のゴーサインが出ず、ライトレールの運行再開は延期された。引き続き(乗客なしで)車両の回送運行が行われている。一方のパイレーツは、不気味な乗客を乗せたベビーカーの運転を続けている。
「トラムが再開しないから、もう3ヶ月も収穫なしさ!」
「オーフス線が廃止になった1972年、その最終便に乗り合わせてたんだ。今度は一番乗りを目指してる。それが叶うまではオーフスを離れられない」
「オーフスの『Dokk1』*にお気に入りの場所があって、よくそこに座ってタバコとビール片手にテスト走行を眺めてる。あのイカした電車に早く乗りたいよ!」
*2015年にオープンした次世代型公立図書館。国際図書館連盟(IFLA)による「Public Library of the Year」を2016年に受賞。デンマークではこうした公共図書館の存在が社会福祉において大きな役割を果たしている。参照:本誌304号「特集:にぎやか、問題解決―いいね!図書館」
オーフス市民のあいだで俺はかなり知られた存在さ、と自分で言う。
「行儀よくして評判も良くなれば、やさしい人たちが助けてくれる。」
「どこにでも親切な人はいる。俺が良い奴だって分かってくれてる。たったの2〜3ヶ月でこの街の素晴らしい人たちといい関係を築けた。」
パイレーツはホステルで過ごすことも考えている。だが、他の人がクリスマスディナーの支度をするこの時期に、彼が目論んでるのは酒の量を減らすことだ。
「ここのところちょっと飲み過ぎてたから、島に戻る前に、ダンチャーチソーシャルが運営するホステルに入って休肝日としようかな。オーフスに来たそもそもの目的『新型トラム乗車』が叶ったらそうするよ。」
きっぱりとした口調で言った。
みんなのクリスマスムードに幸あれ!
今年のクリスマスを彼がホステルで過ごすことになるかどうかはじきに分かる。でもこのまま列車開通の目処が立たなければ、クリスマスは彼にとって心踊るものとはいかない。
「他の人たちのクリスマスを邪魔する気はさらさらない。街ゆく人は一緒にクリスマスを過ごさないかと誘ってくれたり、俺一人でも祝えるようにとお金を渡してくれたり、とても親切にしてくれる。」
路上での生活はクリスマスのお祝いムードとはちょっと違う。実際、危険度は増している。
「路上は以前より荒れてる。最近、俺みたいなホームレスが増えすぎてるからな。それもあって、そろそろアパートに戻ってゆっくり過ごそうかなと思ってるんだ」
「それに路上生活を脱出しないと、間違いなく酒の飲み過ぎで死んじまうか、このベビーカーに何かしらトラブルが起きそうだ。今すぐってわけじゃないけどさ。まぁその前に12月中旬は俺の誕生日だし、新型ライトレールの第一便に乗車したい!それが俺の望み。クリスマスなんて大したことじゃない。」
とにかくパイレーツは、他のみんなが素敵なクリスマスを過ごすことを望んでいるし、お祝いムードをほんの少し共有してくれるだけでありがたいと思っている。
「クリスマスシーズンはとりわけ多いけど、それ以外の時だって、街ゆく人からの支援には本当に感謝してる。ごく自然に他人に親切にできるって素敵なことだよね。これはあくまで僕の体験だけど、もしあなたが路上で生活するようなことになれば、どんな行動をするかがいろいろ響いてくると思うよ」
と彼は締めくくった。
Translated by Fiona Tod
Courtesy of Hus Forbi / INSP.ngo
編集部補足:『Hus Forbi』に記事が掲載された時点(2017年12月7日)では未定だったが、ライトレールは2017年12月21日に一部区間の運行が開始した。パイレーツさんが一番乗りできたことを願う。
*この記事の元となる英文は2018年12月12日に開催された「ソーシャル×英語」の教室の教材として使われました。参加者のうち、有志が手分けして翻訳したものを監修しています。
翻訳協力:
寺田琴美/伊藤馨/竹村まどか/小田嶋 裕太/中村 康宏/川上 翔
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ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。