米オレゴン州ポートランドは、環境に優しい街づくりが行われ(公園、橋、自転車専用道路などの整備)、リベラルな街として知られる。ファーマーズ・マーケットなど健康的な食生活が送りやすく、都会でありながら自然に近い暮らしができることから、暮らすにも旅するにも人気の街として注目されて久しい。


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ナイキやキーン・フットウェア(*)の本社、インテルの数万人規模の拠点など、世界的企業が存在感を示すだけでなく、素材にこだわった小商いビジネスも盛んだ。コーヒーやクラフトビールなどの流行発信地としても注目され、大阪の大手百貨店では2015年より毎年「ポートランドフェア」が開催され、その美食グルメやこだわり雑貨を紹介している。

*ビッグイシュー・ジャパンはKEEN社の社会活動「KEEN EFFECT」のパートナー団体。

米国北西部ではシアトルに次ぐ人気の街。人口も2010年以降は毎年1万人のペースで増え(2012年に約60万人 → 2017年には約65万人)、この勢いは2040年頃まで続くと見込まれている(*2)。しかし一方では、このすさまじい人口増に伴って家賃が高騰、失業率も高まり、ホームレス問題が深刻化。2015年10月には非常事態宣言まで出された(*3)。観光都市としての洗練されたイメージとは結びつきにくいホームレス問題の実態。ガイドブックや旅ブログを読むだけではわからないこの街の現状を知るべく、2018年9月に現地を訪れた。

*2 World Population Review

*3「ホームレス増加で非常事態宣言、ハワイ、ポートランド、ロサンゼルスで。」

ポートランドのストリートペーパー販売者

初日。現地に暮らす友人とダウンタウンのノースウエスト地区を歩いた。幅広い道路に大きな樹々が生い茂り、その合間に気の利いた路面店がぽつぽつ現れる、やさしい街並みだ。樹々が生い茂る街と何かで読んだが、まさにその通りで美しい。

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「ここが人気のパン屋でね」友人が指さしたガラス貼りの店は満席の客で賑わっている。私たちも店に入ろうとすると、店の真ん前に新聞を手にした男性が視界に入った。振り返ると、ストリートペーパーの販売者だ。

そう、ここポートランドで発行されているホームレス自立支援の雑誌『ストリートルーツ』を手にしていたのだ。滞在中に事務所を訪ねてみようと思っていたが、こんなにすぐ販売者と出会えたのがうれしく、早速1部購入。30代と思しき若手の販売者が「Thank you」と控えめな笑みを見せてくれた。ビッグイシューのような雑誌形式ではなく新聞のような媒体。毎週1回発行で、値段は1ドルだよ、彼が話してくれた。


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旅行者の目にも明らかなホームレス状態の人々

次に、ダウンタウン中心部へ。世界最大の独立系書店として、この街の代名詞的存在でもある「パウエル書店」にやって来た。ここでも、店の入り口の真ん前、かなり人の出入りが激しい場所に『ストリートルーツ』の販売者が二人も立っていた。

巨大な書店をひとしきり楽しみ、店を出て目に入った光景に驚いた。どう見ても10代のかわいらしい女の子がひとりで物乞いをしていたのだ。さきほど新聞を買った販売者もこの女の子も、こざっぱりした身なりのごく普通の若者に見えるのに、ホームレス状態なのか…。

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これらを皮切りに、それから10日間、ポートランドの街を歩くなかで実にたくさんの物乞いや路上生活者を目にした。

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信号待ちしていたら「1ドル、プリーズ」と声を掛けられることも何度か(断るとあっさり去ってゆくが)。
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ホームレスの人々に温かい食事を提供している教会の前に長い列をなしている光景も何度か目にした。

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ホームレス支援団体の事務所が多いチャイナタウン付近は特にその数が多いと感じた。街なかでおしゃれなカフェの店内にいても、生活道具一式をカートで引っ張るホームレス状態の人がガラス窓の向こうを通り過ぎるなど、豊かさと貧しさが強烈なまでに隣り合わせだと感じた。

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観光都市によくある、「負の側面」ともいえる実態を観光客から隠すようなことはされていない。そんな対策をしようにも追いつかないほどにホームレス状態の人が増えているのかもしれないが。現地在住の友人によると、庭先など自分の家の敷地の一部をホームレスの人々に提供するケースも増えているそうで、閑静な住宅街にテントが張られている光景も何度か見かけた。

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また日本と大きく違ったのは、女性やカップルの路上生活者の多さだ。『ビッグイシュー日本版』本誌でも時々取り上げられているように、世界的には「女性ホームレス」も少なくないことは知識として持っているつもりだったが、実際にその姿を見ると非常にショッキングだった。きちんとメイクしてる人も少なくないし、女同士で集まってウクレレを弾いて歌ってる人たちもいた。昼間から恋人同士で抱き合って路上で寝てる人、ろくな荷物も持たず絶望感に打ちのめされたかのように道端でうなだれてる人も。また、犬や猫のペットを連れた路上生活者が多いのも日本とは違う点だと感じた。

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このように、旅行者の目から見ても明らかなほど「危機的」といえるポートランドのホームレス事情。もちろん、この問題解消に向けてさまざまな社会的事業が立ち上がっている。その一部の現場を訪ねた模様を続けてレポートする。


格安でヘルシーな食事を!貧困救済カフェ「SISTERS OF THE ROAD」

https://sistersoftheroad.org

最初に訪れたのは、ダウンタウンのチャイナタウン近くにある非営利のカフェ「SISTERS OF THE ROAD」。平日の13時頃、地図を片手に付近まで行くと、店の前に路上生活者と思われる人たちがたむろしていたのですぐにここだとわかった。

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店内に入ると席は8割ほど埋まっており、皆、黙々と食事をしている。声をかけてくれたスタッフに話を伺った。

このカフェは1979年創業とすでに長い歴史がある。決まった食事メニューを無償提供するスープキッチン(いわゆる「炊き出し」)とは違い、より一般のレストランに近い形式を採用している。つまり、お客はメニューボードから好きなものを選び、オーダーした食事はスタッフが席まで運んでくれるのだ。営業時間は週5日(火〜土)、朝10時から午後2時半まで。1日約230食の提供を年間52週、まとまった休みなく営業しているという。カフェに子どもが遊べるコーナーが設けられているのは、子連れの女性客も少なくないからだ。


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「貧困者の救済」が目的のため、ヘルシーな食事と飲み物付きで1.50ドルと格安で食事ができる。 料理写真→ https://www.instagram.com/sistersoftheroadpdx/

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支払いは現金またはフードスタンプ(*4)、もしくはカフェでの仕事を15分間手伝うと1食食べられる「バーター制度」もある(1時間手伝えば4回分の食事チケットがもらえる)。カフェスタッフやボランティアたちと路上生活者が一緒に働く場が生まれ、文化や背景が異なる人々同士の新たなコミュニティが育まれることを目的しているのだ。

*4 アメリカで低所得者世帯に支給される食料品購入用のクーポン券。

当カフェ発行の年次報告書によると、カフェに初めて訪れる人の数が2015-16年度の1,990名から、2016-17年度には2,848名と急増している。この街のホームレス事情がここ数年で深刻化していることを物語っている。


カフェ運営は多くのボランティアによって支えられている。その一人、リンダに話を聞いた。ボランティアながら役員も務める彼女は、毎月12時間ボランティアワークをすることになっており、主に週1回、事務所の受付業務を手伝っているという。この日も電話や次々訪れる訪問者に対応しながら私に話してくれた。「ボランティアワークはとても楽しいし、多くの学びがあるわ。」

「この街には社会からはじきだされた人たちがたくさんいるけど、政府は彼らの人権を保障できていない。シェルターなど最低限の生活環境すら提供できていないんだもの。」


「最低賃金レベルの仕事をしていてはアパートを借りることもままならないのがこの街の現状なの。」

ポートランドの最低賃金は時給12ドル。これは米国の中でも6番目に高い数字だ(例:マサチューセッツやカリフォルニアは11ドル)*5。「オレゴン州雇用部門」によると、全雇用のうち7.4%が最低賃金レベルの仕事に相当する。

*5 https://www.oregonlive.com/business/index.ssf/2018/06/oregons_minimum_wage_jumps_75.html

ポートランドは大企業で働く人などお金がある人には人気の街だが、低賃金の人には文字通り「生活できない街」になっているのだ。家賃を払えなくなって家を追い出され、仕事も解雇され、何もかもを失う悪のスパイラルに陥る。

もうひとり、1年間のインターンプログラムでカフェ運営を手伝っているドイツ人女性エスケにも話を聞くことができた。

「アメリカで暮らしてみたい、ソーシャルワークに関わりたいと思っていたところ、教会でこのプログラムを知って参加しました。」

障害者支援、学校での子ども支援など、いくつか選択肢があった中から、ホームレス支援をしているこのカフェを選んだそう。ほんのわずかの生活費補助はあるが、基本的には毎日9時から17時まで無償で働いている。

「カフェの運営がうまくいってるか、フロアに目を配りながら必要なことをなんでもやってます。ここはとてもユニークなカフェよ。働くことで食事チケットがもらえ、スタッフとホームレスの人たちのコミュニティが育まれていますから。」


ここで働いてみて、ドイツとアメリカの違いに気づいたという。「病気になると同時に仕事も失い、すぐに家を失う。この国の現実にショックを受けました。低賃金の仕事についてる人、貯蓄のない人、子どもがいる人は、いとも簡単にホームレスになってしまう。」

「インターンプログラムを終えたらドイツに帰るつもり。ボランティアビザが切れちゃうからね。とてもさみしいわ。ここでの仕事を続けたいのが本心だけど…。」


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「貧しい人々ではなく貧困と闘おう」のポスター


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先述のリンダが「彼の話を聞くといいわよ」と言って、偶然カフェの前にいたアントニオという男性を紹介してくれた。突然のことにも関わらず、快く身の上話をしてくれた。

「僕は生まれも育ちもポートランド。父はメキシコ出身、母はポートランド出身。子どもの頃からずっと路上生活、いわゆるストリートキッズだった。学校も行けなかったし、精神を病んでた時期もある。33才になる今年、人生で初めて安全な住まいを手に入れたんだ。生まれ故郷であるこの街でね。」


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「アメリカの福祉、公的セーフティネットは落ち度だらけ。自由な国なんて言われるけど現実はほど遠い。これが長年、安全な住まいを手に入れたいともがいてきた僕の率直な思い。」

ではどうやって住まいを手に入れられたのと問うと、「アクティビズム(積極行動主義)」との一言が返ってきた。

「僕がやらなきゃ誰がやるんだとの思いから、できること、行けるところへ行って窮状を訴え続けた。声を上げていくうちに、ようやく正しい人に声が届き、家をあてがってもらうことができたんだ。」

「仕事は20年以上、建設現場などでの肉体労働。最近は農業や木の伐採の仕事をメインにしてる。稼ぎは決して多くない。この国で農家が十分に稼げたことなんてないよ。水やり、草刈り、農場整備、かなりキツい肉体労働をやって月収は約800ドル。」


「人々に食を提供する農家が十分に稼げない、この国の悲しい現実です。その国の農家がどう扱われてるかを見れば、その国の倫理観を知れるよ。それに比べ、人々の生活を監視、統制してる警察は時給40ドルとやたら稼いでる。ホームレスの人たちを苦しめ、行き場もないのに一掃し、時には殺しもする。この国の警察は大嫌いだ。」

「ホームレスの人々に足りていないのは、コミュニティと仕事スキルと心の問題に対するサポート。これらもないのに、警察からは追い払われ、どうやって生きていけというんだ。」

彼の語り口は非常に簡潔で的を得たものだった。内容のすさまじさもあいまって、話を聞きながら、ひたすら喉がカラカラになるのを感じた。

今回「住みやすい街」と定評あるポートランドを歩いて目にしたもの、ホームレス問題の支援者そして当事者から直に聞かせてもらった話。街として急激に発展したその余波で、社会から明らかに’はじき出された人たち’が大勢いた。ポートランドの街の魅力はこれからもさまざまな場面で言及され語られるだろう。良い面ばかりに目を向けるのでなく、彼ら彼女らが直面してる現実にも思いを馳せられる人でありたい。


取材・記事: 西川由紀子


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国際記事:米国の都市で進む「高級化」、その帰結とは?

フィラデルフィア在住の若手ジャーナリスト、ピーター・モスコヴィッツは、著書『HOW TO KILL A CITY(都市を死に至らせる方法、未邦訳)』で、米国の諸都市で起きている「高級化(ジェントリフィケーション)」の歴史的背景を明らかにしています。「高級化」の原因、ニューオリンズで起きたこと、低所得者への影響を軽減するために、市民ができることなどを、米国のストリート誌が聞きました。
https://www.bigissue.jp/backnumber/319/






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