社会的な問題に挑む美術館が増えている。昨秋、オンライン編集部スタッフが訪れた米オレゴン州ポートランドでも、この街を代表するアートスポット「ポートランド美術館(*)」にて興味深い展示が行われていたのでご紹介したい。

*1892年創立。オレゴン州最大、かつ全米で7番目に古い美術館。4万2千点の作品を収蔵。https://portlandartmuseum.org



常設展示が行われているA館、B館をつなぐ「企画スペース」にて、ホームレス問題を真正面から取り上げた展示が行われていた。この展示を目的に訪れたわけではなかったため、その斬新なテーマに意表を突かれ、他のコレクション作品のどれよりもじっと見入ってしまった。



近年、ポートランドでは路上生活者が激増している。(参考:『ポートランド、米国の人気の街で深刻化しているホームレス問題の実態』 )

しかし、「ホームレス」と一括りにされがちな人々であっても、一人ひとりにそれぞれのストーリーがある。それらを、美術館という歴史ある文化拠点で「見せる」「問いかける」ことは、美術館を訪れる路上生活とはおそらく縁のない人たちに、大きなインパクトをもたらすはずだ。

Portland2-1


『Object Stories』- あなたの大切なものはなんですか

美術館スタッフによると、この展示は2010年からシリーズで開催しており、毎回、障害者、移民、有色人種、退役軍人、LGBTQ+といった「社会的弱者」をテーマにしてきて、今回は「ホームレスの人々」が被写体になったのだ。彼ら彼女らの「大切なもの」を紹介するこの試みは、地元の社会事業団体とアーティストが組んで実現した企画だそう。

Portland2-2


8名のホームレスの人たち、一人ひとりのポートレートとその横に彼ら彼女らにとっての「大切なもの」の実物が短いコメントと共に展示されている。杖、アリス・ウォーカーの小説『カラーパープル』、自作の絵、陶器のフクロウ…。彼らの声をオーディオで聴くこともできる。

被写体となった8名のうち4名は地元のストリートペーパー『Street Roots』の販売者でもある(*)。デニス・チャベス(上の写真中央の男性)は美術館の近くが販売場所で、通行人の人気者だったこともあって美術館から指名で声がかかったのだとか。

*Street Roots News


Joel’ Waddell 大切なもの:杖

Portland2-3
理由:建設業の仕事を解雇されて家賃が払えなくなりホームレス状態に行き着いた。ホームレスの人は怠け者なわけではなくチャンスがなかっただけさ。現在は支援サービスを受けられ、とてもありがたい。5年後には自分も働いて、シェルターを開設し、若者に希望を与える側になりたい。今はそんな人生の旅の途中なんだと思ってる。だから、この杖で自分の身体をしっかり支えて、旅を続けるんだ。





Ramona McCarter 大切なもの:アリス・ウォーカーの小説『カラー・パープル』

Portland2-4
理由:デトロイトで生まれた私は4歳で父を亡くし、一家がバラバラになった。いろんな人の家を転々とさせられ、内に怒りの感情を抱えて大人になったように思う。自分らしくいれる「帰りたい家」はなかった。この小説の主人公セリーのように、自分を表現できる人でありたいと思っていた。





Aileen McPherson 大切なもの:自分で描いた絵

Portland2-5
理由:初めてホームレス状態を経験したのは10歳の頃。二度と同じ目に遭いたくないとがむしゃらに働いてたら、心の病を三つも患ってしまい、夫婦でホームレス状態に。これは『Street Roots』のアート教室で描いた作品。子どもの頃から自分の作品が美術館に展示されるのが夢だった...人生は1歩ずつ良い方向に進んでいるのかもしれない。





ちなみに、この映像制作を担当したのは「OUTSIDE THE FRAME」という団体。ホームレス状態や社会的に弱い立場に置かれた若者たちに映画づくりのノウハウを教え、自分たちが直面している問題を映像作品にして社会に提示するという活動をサポートしている。サイトには彼らならではの視点で切り取られた10分前後のショートムービーがアップされている。

Portland2-6


「ホームレス人生すごろく」で人生は偶然が左右することを実感

同じ展示スペースにはもうひとつ別の作品も。それは、人はどんな出来事がきっかけでホームレス状態になってしまうかをゲーム感覚で見せる、いわば「人生すごろく」のようなもの。
フロアにパネルが並べられており、「スタート」からサイコロを振って、偶数が出たら「1ステップ進む」、奇数なら「戻る」といった風にコマを進めていく。
人間関係のこじれ、精神を病む、病気を患う、社会保障を受ける、地域住民によるサポート、転職、仕事漬けの日々、交通事故に遭う、家賃の高騰、生活費の支払い…etc. 現代社会ではごく身近に感じることばかり。

Portland2-7
【スタート】→ 【地域サポートを受ける】5コマ進む。


Portland2-8
【仕事漬けの日々を送る】サイコロを振り、偶数なら1コマ進む。奇数なら【スタート】に戻る。→ 食料品を買って1コマ進む、もしくは支払いを済ませて2コマ進む。


Portland2-9
【心の病気の治療に専念】サイコロを振って5か6が出たらカウンセリングを受けられ、その数だけコマを進める。それ以外の数字なら1コマ戻る。→【転職活動】サイコロを振って5か6が出たら差別を受けることなく過ごせ、その数だけコマを進める。それ以外の数字なら1コマ戻る。


Portland2-10
【病気を患う】2コマ戻る → 【電車賃が足りない】サイコロで出た数だけ戻る。


Portland2-11

【交通事故に遭う】サイコロを振って偶数なら2コマ進む。奇数なら【スタート】に戻る。→【居住エリアの人気が急上昇】サイコロで3より大きい数字が出たら、家賃の高騰に直面し【スタート】に戻る。それ以外は【終わり】安定した生活へ。


**

人はなぜホームレス状態になるのか。ホームレス問題を考える上では避けて通れないこの問いに対して、これまでにもさまざまな「説明」や「見せ方」がされてきた。なかでも「カフカの階段(*)」の図は、人はいきなりホームレス状態になるのではなく、ひとつひとつ階段を落ちるように人生を転落していき、いかに再起がハードになるかをわかりやすく伝えた良い例だ。
*参考: http://bigissue-online.jp/archives/1065238982.html の記事の中ほど


同様にこの「人生すごろく」も、人生とは予期せぬ出来事が不意に起きるものであり、それらが積み重なることで人の人生がネガティブな方向に導かれるものであるかを、かぎりなくシンプルなかたちで示すことに成功していた。

サイコロの目が何が出るかが読めないように、人の人生も運で突き動かされているところが大きい。そう思うと、人生のコマを進められずにいる人に救いの手を差し伸べることもそう難しくないのではないだろうか。


どちらの作品もビジュアルにインパクトがあるためか解説は最小限に抑えられていた。会期はすでに終了しているが(2018年7月20日- 11月25日) 、こうした身近な社会問題を問いかける場所として美術館を選んだこの取り組み、日本でも参考にしていけるはずだ。

参考記事
・「コレクションの考え方を変えるべき」 MoMA館長らが登壇のシンポジウムがアカデミー・ヒルズで開催(美術手帳)
https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/18836
https://portlandartmuseum.org/objectstories/one

文:西川由紀子

『ビッグイシュー日本版』のアート関連記事

THE BIG ISSUE JAPAN351号
特集:アートで食べていく!
351_01web (1)
https://www.bigissue.jp/backnumber/351/

ビッグイシューは最新号・バックナンバーを全国の路上で販売しています。販売場所はこちら
バックナンバーの在庫が販売者にない場合も、ご注文いただければ仕入れて次回までにご用意が可能です。(バックナンバー3冊以上で通信販売もご利用いただけます。


ポートランド関連記事


ポートランド、米国の人気の街で深刻化しているホームレス問題の実態

路上脱出支援の日米比較!? ポートランドの『Street Roots』と『ビッグイシュー日本』

ホームレス増加で非常事態宣言、ハワイ、ポートランド、ロサンゼルスで。

『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』 鑑賞会を米国ポートランドで開催。路上生活でペットがいることの安らぎを共有する販売者たち

ハームリダクションー違法薬物注射の常習者のための「合法的薬物注射施設」の効果

**ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?


ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。

上記の*の関連記事は提携している国際ストリートペーパーの記事です。もっとたくさん翻訳して皆さんにお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。

ビッグイシュー・オンラインサポーターについて




過去記事を検索して読む


ビッグイシューについて

top_main

ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。