ホームレスの自立支援を目的とした雑誌販売といえば日本では『ビッグイシュー日本版』のみ。しかし、海外に目を向けると、国ごとや都市ごとなど数多くのストリートペーパーが発行されており、その数は34ヶ国100誌以上にものぼる(*)。


そのひとつ『Street Roots』は米オレゴン州ポートランドを拠点とするストリート誌だ。2018年9月、オンライン編集部スタッフが現地を訪れた際、事務所を訪問してスタッフに話を聞くことができた。「ホームレスの路上脱出」という共通ミッションを遂行する上で、日米で共通する点・異なる点をまとめてみたい。

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Street Rootsの事務所

オフィスは都会の中心部、アクセスの良さが大切

『Street Roots』の事務所は旅行者にも人気の街ポートランドのダウンタウン中心部からほど近く、チャイナタウンの通りに面した1階に佇む。窓越しに中の様子を伺うことができ、エントランスのドアは開放状態、通行人でも気軽に入りやすい雰囲気だ。



『ビッグイシュー日本』も大阪本社は梅田(堂島)に、東京事務所は新宿(曙橋)に立地している。やはり、徒歩移動が中心となるホームレスの人々の利用を踏まえると、「アクセスの良さ」が事務所の立地として譲れない点なのだろう。しかし、雑居ビルの2F(東京)と4F(大阪)に入居しているため人目にはつきにくい。両事務所とも数年前から移転先を探しているが(*)、不動産屋からは「ホームレス支援団体の入居は難しい」となかなか話が進展しないのが現状だ。

オフィス空間の余裕度には大きな差

『Street Roots』のオフィス内部へ。受付カウンターを過ぎて奥へすすむと、スペース全体がレンガ風の壁に囲まれており、温かい雰囲気だ。机や椅子がランダムに置かれ、パソコンコーナー、「アートスペース」ともいうべきコーナーには絵の具やクレヨン、画用紙が広げられている。壁には販売者たちによる絵やポエムが展示されており、学校の教室のような趣き。雑誌販売のみならず、クリエイティブな試みを重視していることが伺える。その他にも、この広々としたスペースを活用して映画鑑賞会 (参考)やミュージシャンの演奏会(参考)も開催している。


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Street Roots事務所の受付スペース

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レンガ風の壁がやさしい雰囲気を醸し出している


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販売者たちが詩を自由に書き込める

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絵の具等の画材が用意されたアートコーナーも


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販売者たちによるアート作品

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パソコンコーナー

一方、ビッグイシュー日本の大阪事務所はというと、中に入ってすぐのところに8畳ほどのスペースがあり、そこにパソコン1台を載せた小さなテーブル、寄付いただいた食糧品が詰まった冷蔵庫、衣類が保管された引き出し、そして休憩用のテーブルと椅子が5~6脚、雑誌仕入れ用カウンター等が所狭しと並んでいる。クリエイティブな活動をサポートするスペースは残念ながらない。(参考)オフィス環境の改善が急がれる。

新規販売者向けオリエンテーションの運用

事務所にはアポなしで訪れたため恐るおそる取材の可否を訊ねると、受付にいた男性が「もちろん!ちょうど新規販売者向けの説明会が始まるところだから一緒に聞きませんか?」と、オフィスの奥へ案内してくれた。

説明会は週2回、定期的に開催しているそう。この日の参加者は男性2名。60代と思しき白人男性と、30代のひょろっと背の高い黒人男性。よれよれ感はあるもののワイシャツとスーツの上着にネクタイまでつけてキメており、就職面接さながらだ。

「ようこそ!販売プログラムのディレクターをしてるコールです」先ほど案内してくれた男性が挨拶し、オリエンテーションが始まった。慣れた口調で説明が進む。
事務所は週末もクリスマスも365日オープンしているよ。7:30にはスタッフが来てるけどオフィス・アワーは9時から14時。コーヒーは飲み放題、トイレはあっちね…。 新聞は毎週金曜発行、最初の10部は無料でお渡しするので、その後は週に最低30部は仕入れるようにしてね。君たちはインディペンデント・コントラクター(独立した請負人)だからお客さんからチップをもらっても大丈夫だよ。販売できる場所、ダメな場所はここね(*)。
*販売場所について、『ビッグイシュー日本』の場合は、路上販売により通報されたりトラブルになることが多いため、あらかじめスタッフと販売者で定めた場所で販売する。一方、『Street Roots』では、事務所からアドバイスは与えるものの販売者に一任している。

聞いてる二人も「OK. Yeah」とハキハキした返事を返す。

「僕からは以上!何か質問ある?」

ひととおりの説明が終わったところで所要時間はたったの7分!その手際の良さに感心すると、「週に2回やってるからね!」ニコッと笑うコール。

一方、日本の場合は、事務所営業時間中なら随時相談を受け付けており、曜日は決まっていない。状況にもよるものの一人の相談に30分〜1時間近くかけることが多い。その人が受けられる公的・民間他団体の支援について説明したりと、かなり丁寧に個別対応している。ポートランドの方が相談者の数が多いため、より効率的な運用が必要なのだろう。

「家賃の高騰」により家からハジき出された人たち

『Street Roots』のコアスタッフになって7年目というコールいわく、現在ポートランドでは人口約64万人のうち約4,000人(*)がホームレス状態にあるとされ、近年、明らかに状況は悪化している。その最大要因は「家賃の高騰」。トランプ政権の影響はどうなのかと問うと、「確かに彼の住宅政策は助けにはなってない。でもそれよりは、ここ5年ほどで高騰し続けている家賃が根本要因だね。」ただ純粋に「家賃を払えなくなる人」が増えているのだと。最低賃金レベルの仕事に就いていては家賃を払いきれないのがこの街の現実なのだ。

短期的に販売活動に従事し「卒業」していく人もいれば、高齢者や障害者など他の仕事の選択肢がない人は長期的に販売活動を続けているとのこと。

参考:『米国の人気の街ポートランドで深刻化しているホームレス問題の実態

日本では、全国で5,000人弱がホームレス状態にあるとされているが、その半数以上は「労働市場の悪化」の影響だ(*)。非正規雇用が減るとホームレス人口が増える。

*参考:『路上生活者になる社会的背景とその決定要因の分析』(中央大学 2014年3月)

ホームレス問題に休日なし

『Street Roots』は1999年創刊。コアスタッフは11名、販売者の数は170名。ポートランド出身者もいれば、他の場所から移って来た人もいる。男女の割合は「男性の方が少し多いんじゃないかな」というくらい女性(+子ども)ホームレスが多いのは日本と大きく異なる点(日本では現在、女性の販売者は約120人中1人のみ)。その他、若者、退役軍人、障害者の割合も多いそう。売上は毎週約9,000部。

「創刊以来、週末もクリスマスも1日も休まず事務所を開けています。ホームレス問題に休日はありませんから。」

ちなみに日本のスタッフは、フルタイムが16名(他にパートスタッフもいる)。仕入れが休みになるのは1月1日のみ(東京は1月2日も)。日米ともに、ストリートペーパー販売はほぼ年中無休で稼働してるのだ。

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ゴミ箱をあさるホームレスの女性

2年前から『Street Roots』のレポーター兼受付担当(こちらはボランティア)として働くヘレンにも話を聞くことができた。日本のビッグイシューでも『Street Roots』の記事を多数翻訳して掲載させてもらってると伝えると、「ワンダフル!」と喜んでくれた。

週刊だとさぞ誌面づくりに追われる毎日なのではと訊ねると、

「ええ、私自身もたくさん記事を書いてるわよ!今週号ではポッドキャスト配信を始めた販売者について書いたのよ」と記事を見せてくれた。 A podcast by a Street Roots vendor, about fellow vendors

「こんな風に、私は販売者の最新活動を記事にするようにしてるの。あとは2〜3人いる編集者と外部ライターが特集記事を書いてくれるので、それを編集したり。INSP経由で記事を調達することも多いです。」

この日はちょうど金曜日。新しい号の発売日のため、販売者が次々と仕入れにやってきた。

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新聞は毎週金曜発行

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仕入れに来た販売者に最新号を手渡すヘレン

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日本の『路上脱出・生活SOSガイド』にあたるポートランドのリソースガイドはピンク色のコンパクトサイズ(11cmx11cm)。事務所のみならず、関連団体(*)や公共施設にて年間16万部を配布(年2回改訂)*http://www.streetroots.org/about/work/resourceguide



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事務所の入口に貼られていたポスター。 “人種、宗教、出生国、性的指向、ジェンダー、才能にかかわらず、すべての人を歓迎します。あなたの力になります。ここに来れば安全です。”



昼間から路上で寝ている人が文字通り「ごろごろ」いて、見るからに薬物依存症で街を徘徊する人も目にしたポートランド中心部。そのなかにおいて、事務所周辺で見かけた『Street Roots』の販売者たちは、目の前に「やるべきこと」があるからか、明らかに顔つきが違った。

ホームレス状態でもすぐに始められる仕事の提供をミッションとするストリートペーパー事業。今の自分にできることをすると心を決めた路上生活者たち。不運にも社会の末端に身を置くこととなった彼ら彼女らを、良質な情報発信によって支援するという「ストリートペーパー事業」の社会的意義は世界共通なのだと改めて痛感し、事務所を後にした。

http://www.streetroots.org
https://www.instagram.com/streetroots/

文:西川由紀子


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ビッグイシュー日本では、引き続きオフィススペースを探しています。この社会事業をよりよい形で展開していくため、お力添えをよろしくお願いいたします。
http://bigissue-online.jp/archives/1061718806.html 


また、販売者に雑誌を卸したり、巡回したりなどで販売者をサポートしてくださる方を募集しています。 

▼大阪事務所インターン募集
https://www.bigissue.jp/2017/11/505/

▼大阪事務所アルバイト募集
https://www.bigissue.jp/2018/11/7528/ 



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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

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