アルヤン・イェーガーはいわば「都市のシナリオライター」だ。

オランダに生まれ、都市空間デザイナーの顔を持つ彼は、自身の仕事を映画の脚本作りに例える。大枠が決まったストーリーのなかで、細部の微調整や全体の見直しを行うのが彼の役割だと。

では、ここオクラホマシティ(*)を舞台に、彼は毎日何をしているのか? 彼の答えは実にシンプルだ。

*米国オクラホマ州中央部に位置する同州最大の都市にして州都。人口約66万人。
 

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「都市空間デザイナーは、あなたが家を出てから目にするもの全てをカバーしています。」

「人が何を欲しているかを理解することが都市デザインの基本。ニーズを知らなければ対処のしようがありませんから。」

「この仕事は誰もが理解しやすい反面、皆それぞれ見解が異なるのが難しいところです。」

街はひとつの映画セットみたいなもの。私たちがそこで生活を繰り広げるあいだ、イェーガーは将来、時に20年後までもを見越して計画を立てる。街のインフラの細かな調整から大規模プロジェクトの舵取りまで、住人始めデベロッパー(開発業者)や技術者、市議や自治体職員らとも協業する。映画はエンドロールを見れば一つの作品にいかに大勢の人々が関わっているかが分かるが、オクラホマシティの街づくりも同じだ。

例えば、あなたの近所や街中の一角に座れる場所を設けたいとしよう。ここがイェーガーの出番だ。20年先の住みよい街づくりは、ベンチをひとつ置くところから始められる。

「ベンチの種類や設置場所を決定するのが、私たちチームの仕事です。」 

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イラスト by アルヤン・イェーガー

公共空間の設備は、その形状や配置で人の出会い方を変える。甘いロマンスの始まりを演出することも、若者たちの溜まり場になり周辺の商店主らを苛立たせることもできてしまう。

「私たちはベンチに誰が座るかまでは決められません。でも、ベンチがなければ誰も座ろうとすらしませんよね。私が手掛けるのは、誰もが利用できる空間づくりです」

自転車に乗ってこそ得られる視点を生かして街をデザイン

「大切なのは大局的な視点です。」
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イラスト by アルヤン・イェーガー

これは、日頃からあえて車ではなく自転車を利用して「視点」を育んでいる彼ならではの発言だ。市街地で働く多くのビジネスパーソンとは異なり、イェーガーは車を所有していない(車嫌いな訳ではなく、必要に応じて配車サービス「Uber」や友人の車を利用している)。自転車が彼好みのスタイルなのだ。

「これは私なりの選択。この街の人々が車に乗るように、私はさっと自転車にまたがり、ペダルをこぐんです。」

彼は「移動スピード」にも気を配っている。街をゆっくり移動することで、自分がデザインに携わったものを味わえるし、さまざまな発見がある。

「車に乗ってると、車からの視点や車のスピードでしか街を見られず、公共デザインを考えるには適していません。自らの足で歩く又は自転車で移動しないと、真に開かれたデザインは生み出せません。」

オクラホマシティには車を使えない人もたくさんいて、彼らにとっては自転車や歩道が日常生活を支える交通インフラだ。街中を車で飛ばしていては、このような人々の存在を見逃してしまう。だからこそ、速度を落とし、彼らの視点で街を移動する意義を強調する。理想とするのは、街を移動するどんな人をも取りこぼさない街づくりだ。
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イラスト by アルヤン・イェーガー

「自転車だとすぐに停まったり引き返したりできますから、街がどう活用され、人々がどんな風に過ごしているかがよく観察できます。私は車の運転も大好きですよ。ただ、自転車だと違うスピード感と視点で街を理解できるのです。」

湧き出すアイデアをイラストに落とし込む

そもそも筆者は、都市空間デザインの仕事が何たるかを知る前から、イラストレーターでもある彼のファンだった。彼はそのスキルを本業にも活かしている。

自転車に乗ってアイデアが湧いたら、時には会議中にも、静かにイラストを描き出す。描くことで集中やリラックスできるのだという。シンプルかつすっきりしていながら、とても生き生きしているイラストだ。「家」に関するひらめきも多くよく描く。その他には、空を背景にした都会の街並みや、線路の上に空想上の公園を描いたりも。



Twitter:Arjan Jager@orangeurbansfより

「(スケッチは)仕事を通じて私が見てる映画のスチル写真みたいなもの。」

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イラスト by アルヤン・イェーガー

「街中であれ移動中であれ、アイデアが湧くと所構わずスケッチしています。」

自転車に乗れば、何かしらヒントを得るのだと言う。道も空いているから考える時間もたっぷりある。起伏ある地形、特徴的な住宅、木々の植えられ方までもが、新たなスケッチのネタになる。自称「ヨーロッパ気質」が彼のクリエイティビティを刺激するのだ。

「自転車に乗っているとオランダ人的思考スイッチが入るんです。」

オランダ人にとって自転車はとても身近な存在。オクラホマシティとは違い誰もが自転車に乗るため、皆が交通マナーを身につけているとか。

「オランダでは車を運転する人たちがサイクリストの動きをよく理解しています。でもオクラホマでは、ほとんどのドライバーは自転車に乗りませんから、『この自転車は何をしたいんだ。待った方がいいのか? しかし目障りだな。クラクションを鳴らしてやれ』となるんです。」

この両者をうまく指揮するのがイェーガーに求められていること。あらゆる人々を巻き込み「調整」するのが彼の仕事なのだから。

「歩行者もドライバーも、老いも若きも、それぞれにニーズがあります。」
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イラスト by アルヤン・イェーガー

「インフィル開発(*)に打ってつけの場所もあれば、高層ビル向けの場所、由緒ある建造物が個性を発揮できる場所...街を改良するアイデアはいくらでも湧いてきます。」

*市街地における土地の再利用を指す。空地や更地に新たな建設物を置く場合が多い。

デザインで街を変えられるチャンスを求めて

このオランダ生まれの都市空間デザイナーは期せずしてオクラホマシティに行き着いた。しかし、彼がふるさとを離れたのは今回が初めてではない。40代になる最近まで、かなりの時間をインドネシアとアフリカでの勉学に費やしていた。都市計画の学位と都市空間デザインの修士号を取得する傍ら、アフリカはジンバブエで、自身の世界観に大きく影響する経験をしている。ジンバブエの小さな集落に半年間滞在し、新鮮な水を貯蔵するための土壌を発見することが彼のミッションだった。

「あの経験はずっと心の奥底に残っています。」

「デザインは実際に人々の生活を変えるのです。母国オランダでも意義ある計画を立てられますが、すでに開発され尽くされている感があるので、大方の議論は『必要』に迫られてというより『豊かさ』を求めるものです。」

きっとオランダは大丈夫だろう。イェーガーの力が活かせる場所は他にある。自身もそう考え、2015年に活動拠点をオクラホマシティに移したというわけだ(*)。この街ではもっとやれることがある、そう考えている。

*アムステルダムで働いた後、サンフランシスコのベイエリアへ。その後、オクラホマシティに移った。現在はオクラホマ大学の都市デザイン学科で教鞭も執る。

「次の世代には自転車通学だって可能になるかもしれません!」


「この仕事はすごくおもしろいです。オクラホマシティは実際に変化しているし、変化を望んでいますから。」

ここ最近イェーガーが取り組んでいるのは、中心街の「ウェイファインディング計画(*1)」や自転車専用レーン設置などの景観づくり。とはいえ、オクラホマシティと彼が学生時代を過ごしたオランドのユトレヒトでは事情が大きく違う。特に「自転車文化」の差は歴然だ。ユトレヒト中央駅には自転車6千台を収容できる地下駐輪場があり、さらにその規模は拡張され、2017年には世界最大の駐輪場となる予定だ(*2)。

*1道案内や導線を示すサインのあり方。都市デザインで用いられる用語。

*2この計画は実現され、2018年「Architizer A+Awards交通インフラ部門」を受賞している。


やはりオランダは(彼がいなくても)大丈夫なようだ。なので現在、彼が同僚らと着手しているのは、オクラホマシティの20年後を見据えた歩行者と自転車の環境改善プロジェクト「bikewalkokc」だ。

「これは自転車空間のあり方を構想するプロジェクトです。これこそ、この街が進むべき方向だと思っています。」

では、具体的にはどうやって歩行者と自転車の道路整備を進めるのだろうか? それには長期的プランと即時的対策を組み合わせることが重要、と彼は考える。

「明日何ができる? 来月は? 来年や3年後はどうか?」
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イラスト by アルヤン・イェーガー

「 計画を立てる際は、長期的なスパンと目先のことを同時に視野に入れなければなりません。どちらか一方だけでは長続きさせられません。」

交通プロジェクトには、膨大な量の地理情報や統計データ、実業家らとの交渉が必要となる。おまけに、20年の年月の間には計画の一部見直しを迫られる可能性だってある。だがイェーガーは平気だ。街の変化に合わせて、計画もまた移りゆくのだからと。

「挫折に弱い人はこの仕事に向かないと思います。大事なのは何かをデザインし、コトを動かすこと。時には流れに任せることも必要です。」

「これまで私がデザインに携わって、当初のデザインどおり実施されたものは一つもありません。必要なところに横断歩道がつくられ、歩行者の安全が提供されれば、道路幅が多少変わったところで横断歩道に違いないのですから。」

急速ならぬ休息を

先見性と気負わなさ、その持ち前のバランス感覚が実にすてきだ。彼は広めのベランダを隣人である老紳士とシェアしているのだが、その人からも新たな視点を得たと言う。

「彼はよくベランダに座って、何の変哲もない交差点をボーッと眺めてるんです。それを見て『本を読むなり何かしたらいいのに!』と思ってたんです。」

しかしその様子を見てるうち、イェーガーも「何もしない」ことの価値に気づいてきた。

「いつも忙しくしてる必要はない、彼はすでに人生を悟っていたんです。」

「自分の人生を振り返ると、常に学問や仕事に追われていたように思います。家でゆっくり、外を眺めたりスローダウンすればいいのだと彼から教わったような気がします。」

自分なりのペースを掴む、そのためには移動手段を選び直すところから始めるのもよいかもしれない。自転車に乗って、又はランニングシューズの紐を締め直して、この街のまだ見ぬ姿を探しに出かけよう。

By Nathan Poppe
Courtesy of The Curbside Chronicle / INSP.ngo
You can follow Arjan on Instagram at @jagerarjan

※本記事公開後、ご本人がInstagramでこの記事を紹介してくださいました。



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