東京のビッグイシュー販売者は、1日ひとり平均15~20冊程度販売している。
もちろんなかには苦戦している販売者もいるが、スタッフが驚くほど売り上げる販売者もいる。都内で販売しているAさんだ。

販売への影響、および路上脱出後の個人特定による影響を懸念し、売り場や売上、個人がわかる情報などは伏せる条件で、Aさんが販売者として心がけていることについて聞いた。(以下、Aさん)


「ビッグイシュー販売者を一般商店に当てはめて考え、売れる基本条件を実践」

売上に貢献する要素は一般商店と同じではないかと考えています。

売れる条件



①知名度
一般商店が出店する場合、チェーン店の場合は最初から知名度がありますが、チェーン店じゃない場合、知名度はゼロ。
ビッグイシューの販売者も、新しい場所に立った場合は知名度がないですが、長期間立っていて、知り合いのお客さんが増えてくると知名度が上がるということです。
立ってることを知ってもらうためには「腕を高く上げる」などの見つけてもらう努力をするのも必要だと思っています。

②好感度
次に、一般商店だと接客態度だとかアフターサービスとか商品の配置とか、そういったもので構成される好感度。僕の場合は、最後の挨拶は、デパートの店員よりも丁寧なつもりでやっています。心をこめて「ありがとうございます」と言う。

それから、仕入れる号の特集インタビューをしっかり読みこんで、「僕は、こういうふうに感じました」「この号はこのインタビューが面白いですよ」と、自分の言葉でお客様に伝えるようにしています。そういった挨拶と会話を通じて、「他人であるただの販売者」から「あの販売者」という関係になれるように努力しています。

写真1
売れるための条件について細かく整理した図を解説するAさん


③品揃え
3番目が、一般商店でいうと品揃えや販売する機会を確保するということ。
僕の場合は、在庫管理をきちんとして、人気商品を揃えて、売れない商品については売り方をもう一度考え直すなどして損失が起きないようにしています。
お客様を中心に考えて、バックナンバーも、自分の在庫の20%~30%を揃えるようにして全部で80冊くらいの在庫を持つようにしています。持ち運びが大変ですけどね(苦笑)

また、バックナンバーの品ぞろえも大切ですが、「僕自身が路上に立つ」=「お客様の買う機会」なので、「売り場にいる」ということが大切。なので、1日の販売時間の約7%、約10分を2回ですが、その時間を休憩に充てて、なるべく販売場所に立つようにしています。
「いつ行っても彼はいる」と、そう思ってほしいですし、そう思ってもらえることは「好感度」「知名度」にもつながります。

④立地条件
一般商店で言うと、人が集まるような場所が確保できているかどうかということですね。
ビッグイシュー販売者の場合は、「販売スポットを守る」ということだと思っていて、僕の場合は「ビッグイシュー販売者の行動規範を守る」という以外にも

・通行人の邪魔にならない、点字ブロックの上に立たない
・道路交通法を守る
・朝いちばんの掃除

などに気を付けています。

結局「ビッグイシュー」という商品だけでなく「僕という人」も含めることで「350円なら安い」と思ってもらうことが重要なのかなと思っています。

こういったことは、一般商店の場合も、ビッグイシューの場合も、基本的なことは変わらないと思います。好感度、立地条件も、知名度も。基本的なことが変わらないのであれば、一般商店の売上が上がる条件を全部挙げて、それに対応してビッグイシューの場合の条件を全部挙げると。その条件に貢献する、あるいは影響する、そういうものを洗い出して気を付けるようにしています。

「販売のアピールのレベル」と「お客様の状態」

販売者がお客さんに気づいてもらうためには、様々なアピールのレベルがあります。

レベル0:販売場所にいない
レベル1:販売場所に立っている
レベル2:レベル1+顔の高さにビッグイシューを掲げる
レベル3:レベル1+頭より高くビッグイシューを掲げる
レベル4:レベル3+時々声を出す
レベル5:レベル3+連続して声を出す

というもの。

そして「お客さんの状態」を意識します。

A「ビッグイシューを知らない」
B「知っているが買わない」
C「機会があれば買いたい」
D「他の販売者のお客さん」
E「自分のお客さん」

という分類に加えてお客さんの状態をX,Yに分けて考えます。

Xは販売者に気づきやすい状態、Yは「急いでいる」「大きな荷物がある」「連れがいる」「電話をしている」「スマホをいじっている」といった販売者が意識に入りづらい条件がある。

マトリクス
「CX、DX、EYのお客様に買っていただくことが重要とすると、レベル3を維持する必要がある」
 ※実際の状況は複雑ですが、単純化しています。



そうすると、レベル1で購入してくれるのは「EXの状態」の方だけ。
買ってくださる人を増やすには、C,Dの状態でXの人、Eの状態のYの人にアプローチしないといけません。
レベル5だと、どのお客さんにもリーチはできて売り上げは最大化されますが、体力を消耗するので、どのお客さんの状態だと、自分がどのくらいのレベルでいればどのくらい売れるかを予測して体力の消耗を調整しています。

フローチャート3
Aさんはお客様の行動を図解してできることを整理している

ずっと声を出し続けると、体を壊す。声は売上には比例しない。

1日中「ずっと声を出す」&「気づいてくれそうな人が、声に反応しそうな時間やタイミングだけ声をかける」場合と、「声を出さない」という場合とで、どれだけ売り上げが変わるかを実験したことがあります。「ずっと声を出す」&「気づいてくれそうな人が、声に反応しそうな時間やタイミングだけ声をかける」、それ以降「声を出さない」。すると「声を出さない」場合は売り上げが6%のダウンでした。これをどう見るか。

「ずっと声を出す」ということはけっこう大変で、体がもたないんです。そうすると、一番大事な「販売時間を守る」ということができなくなる。だから場所や販売者にもよるんですが、僕の場合は無理に声を出すのをやめ、「気づいてくれそうな人が、声に反応しそうな時間やタイミングだけ声をかける」というやり方をしています。

「行動デザインの教科書」から、ビッグイシューに応用

もうひとつ「行動デザインの教科書」/博報堂行動デザイン研究所 (著), 國田 圭作 (著)、すばる舎出版 という本を参考に、自分のビッグイシュー販売で応用できることを考えてやってみたら効果は出ているかなと思います。

Aさんの分析した、「行動デザイン」をもとにした「販売者が取れるアクション」の図

例:「帰属意識を刺激する」ために、出身地を扱った号を紹介

たとえば「帰属意識を刺激する」という項目の場合、お客さまの言葉やお話されたことから出身地がわかったならば、その土地の話題が載っていれば、「おたくさんの地域が載っていますよ」ということを言ったり、バックナンバーに視線を向けたりとか。押しつけがましくないように、お客さんの様子を見ながらですけどね。

場所によって売れ方は違う

また、デパートの前で販売しているのと、通勤する人が多い路上では売れ方が違います。

デパートの前はショッピングのお客さんで、定期的に来られるわけではないので、バックナンバーを揃えておくとよい。通勤型のスポットは、毎日通られる方が多いので、バックナンバーより、最新号のほうが売れる。

これは自分の経験からですが、通勤型のところは売り上げにおけるバックナンバー比率が1%、ショッピング型は20%です。ただ、ショッピング型は、売上予測が立てづらい。

通勤型は予測が立てやすいんです。そういうことを考えながら仕入れをするとロスが少ないと考えています。

どのようにしてモチベーションをキープするのか

具体的な目標を持つことだと思います。
それに期限・期間とそれから手段を具体的にしていくこと。僕は毎月、今の生活を維持しながら貯金を確実に増やすため、毎月何冊以上売る、と目標を持っています。
こういう目標があって初めて時間を守るなどの行動ができるようになるのかと。

でも、目標は希望がないと持てない。要は、「こんな俺でも何とかなるかもしれない」と感じられること。
たとえばアパートに入るためにはいくら必要で、そのためには月にどれだけ売らないといけないとかのロードマップが見えてないといけないと思います。

それがあれば、あとはひたすらPDCAサイクルを回すしかないです。計画してやってみて、チェックして修正点を洗い出して、もう一度計画して実行する。それを、ぐるぐる回していくしかないと。理想的な状況はないですから。どこかで妥協とか修正とか必要なんで、それをやるしかないなと思ってます。
以前自分がしていた仕事と比べると、会社のなかの自分のグループ内くらいしか付き合いがなかったのがいまは通行人すべてを相手にしているといってもいいくらい幅が広がります。

これまでやってきたビッグイシュー以外の仕事は、頭の中で違うことを考えていても回るようなところがありましたが、ビッグイシューの場合、本当に向き合ってやらないと売り上げを伸ばすのは難しいと感じています。

**編集部より:「なぜこんな人がビッグイシュー販売をしているの?」と思う方へ

このインタビューを読んで、「こんなにきちんと自己管理できるのに、なぜビッグイシューの販売をしているの?」「生活保護を受ければいいのに」と感じる人もいるかもしれない。

いったん路上を脱出し、アパートに入り、何らかの仕事に就いたとしても、リストラに遭ったり会社が倒産したりということがひとたび起これば、収入が不安定になり家を失いまた路上に戻ってしまうことは珍しくない。

また、生活保護を受けないという人のなかには、家族との折り合いが悪く、受給時の審査で親類に連絡が行くことがどうしても受け入れられないという方もいれば、以前の経験から、審査や受給後のケースワーカーとのやりとりがトラウマになってしまっている人もいる。

生活保護はあらゆる人のセーフティネットではあるが、生活保護以外の路上脱出のルートに複数選択肢はビッグイシュー以外に増えてもよいし、そういった生活保護以外の方法を選ぶ人たちを応援してもよいのではないだろうか。

参考記事:
「ホームレスの人はどうして生活保護を申請しないのですか」/早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンターの授業で、学生から質問

「なぜすべての販売者がこのやり方をしないの?」と思う方へ

Aさんの理路整然としたノウハウを聞いていると「売上が上がると分かっているならばなぜ他の販売者もみんなこうしないの?」と思う人もいるかもしれない。

しかし販売者のこれまでの経験や置かれた状況、感じ方は人それぞれ。

たとえば「販売場所に立つ」ということが厳しい健康状態の人もいる。ホームレスだからという理由だけで、就寝中に襲撃されて足を複雑骨折してしまった人もいる。気持ちの面で、どうしても販売する気力が振り絞れない人もいる。

販売場所に立ったり、声を出すのは大丈夫だけれど、腕を上げるのがどうしても堪えるという人もいる。

ビッグイシュー日本では、「こういう人がいて、売上がいいみたいですよ」という情報提供をしたり、販売者同士が販売方法について考える場をつくるなどはするものの、何をどのようにするのかの最終判断は本人に任せている。

持つ情報のなかから、何を選択していくかを自分で決めることが「自立」の大切なステップだと考えているからだ。

その人の能力や体力に合うやり方かどうかはその人自身が判断するものであるうえ、押し付けられたやり方では、成功したときの喜びは半減し、失敗したときの他責の気持ちは増大してしまいがちだ。

「ビッグイシューの販売者だから、〇〇な人だろう」と一括りにされることは多々あるが、私たち一人ひとりが違うように、「ホームレス状態を経験した」ということを除いては、販売者はみな性格も境遇も違う。

一人ひとりの状況や性格、必要なサポートに応じて、ビッグイシューの販売サポートスタッフは日々コミュニケ―ションを図っている。

参考:
「日々の小さな変化の積み重ねのうえに、その人の幸せがある」と感じられる仕事。ビッグイシューの販売サポートスタッフの仕事とは?

ビッグイシューの販売場所一覧

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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。