ホームレス問題を語る際に無視できないのが「医療費の増大」である。この世界共通の課題について、海外ではどんな対策が取られているのだろうか。オーストラリアのストリートペーパー『The Conversation』の記事によると、アメリカで80年代から導入されている「レスパイトケア」モデルが効果を出しているとのこと。その実態と効果とはー。
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「人を治療した後、再び病気になりやすい環境に送り返すのはなぜなのだ?」
マイケル・マーモット教授(※)は2015年に出版した著書『健康格差:不平等な世界への挑戦』(原題:The Health Gap: The Challenge of an Unequal World)の中でこう述べている。
※ ロンドン大学の疫学と公衆衛生学の教授。英国政府から任命され、社会的要因と健康の不平等に関する報告を指揮するなど、当分野の権威とされている。2000年にエリザベス女王からナイト(Knight)の称号を与えられた。
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この度、「米ボストン・ヘルスケア・ホームレスプログラム(Boston Health Care for the Homeless Program)」のジム・オコネル医師が、西オーストラリア大学のレイン医療財団客員研究員としてパースに1週間滞在した。彼も「世界的に最も困難かつ複雑な課題の一つがホームレス問題だ」と述べた。ボストン市ではホームレス問題解決を目指した「10ヶ年計画」が3度目の実施となる。それが厳しい現実なのだ。当市は、ホームレス状態が長期化している人たちを対象に住まいを提供する「ハウジング・ファーストプログラム」(参考)で実績を残しているものの、ホームレス問題を根本から解決するのは依然として難しいようだ。
手頃な価格の住居(アフォーダブル住宅)の不足、刑務所を出所した人々に住むところがないという仕組み上の欠陥などがその大きな理由だ。オコネル医師いわく、ボストン市のホームレス用シェルターに入る人の約半数が、最後にまともに寝たのは「刑務所」だったそうだ。
オーストラリアにとっても、かなりの危険警告となる。アフォーダブル住宅不足、公営住宅への長い順番待ちが発生…問題解消に向けさまざまな努力がなされてはいるが、毎年かなりの数の人が、刑期を終えた後にホームレス状態に陥っているのだから。
ホームレス問題をなくすことは極めて重要。そのためには組織的な国家戦略、セクター間の共同対策、この問題に特化したより大きな財源が必要だし、医療分野にもたらされるインパクトなどにも対処していかなければならない。
ホームレス問題の放置で膨らむ医療コストは世界共通の課題
どの都市においても、ホームレス問題を放置した場合に起こる結果のひとつが「医療システムへの負担増」だ。心や身体の健康問題は人々がホームレス状態に陥る一因であるが、ホームレス状態であり続けることもまた、精神疾患、薬物使用、慢性疾患、感染症など多くの健康問題のリスクを増大させるからだ。オーストラリアにおいて最も頻繁に緊急治療室に運ばれる人々に路上生活者たちがいる。彼らは突発的な入院となる率も高く、入院期間も長期化しがち。こうしたことが公立病院の運営財源を圧迫していることは、ロイヤル・パース病院が実施したデータ分析でもはっきり示されている。
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ベッド代が高くつくため病院としては入院期間を短縮化させたい。これはオーストラリアのみならず世界的に当てはまる事情だ。在宅医療は入院より安くつくものの、「住所不定の患者」はそれを選べない。ゆえに、ホームレス状態にある患者は長期間入院するか、路上生活に耐えられるほど完治していない状態で退院させられることになる。
アメリカ発のレスパイトケア施設とは
こうした問題に対する解決策として期待されるのが「レスパイトケア・センター」だ。これは1980年代半ばに米国で始まったもので、退院したホームレス状態の人々が、より家庭的な環境で静養することができる施設だ。フォローアップケアや社会的支援を提供、コミュニティサービスや住宅業者ともつないでくれる(※)。*レスパイト(respite):一時中断、小休止を意味する英単語。育児、障害者や高齢者のケアを一時的に代わり、リフレッシュを図ってもらう家族支援サービスを指す。アメリカではこの対象を路上生活者に広げた「レスパイト・プログラム」が78あり、最初の事例をつくったのがオコネル医師。
入院生活は、路上生活者にとっては特に精神的な負担となりやすい。そのため、レスパイトケア・センターは、病院らしからぬ家庭的な環境というのがとても重要となってくる。
路上生活者の多くは、暴力、性的暴力、ネグレクト、刑務所暮らし等、すでにトラウマ的体験をしていることが多い上、路上生活によってさらなる精神的負担を受けている。ボストン市の実績では、病院外活動として効果があったのは、セラピー犬、社会的つながりの構築、レクリエーション活動、アートセラピー、患者支援グループなど。
今回、オコネル医師をオーストラリアに招聘したのは、米国で最初の「レスパイトケア・センター」設立者だからだ。1985年、最初の拠点をボストンで立ち上げた時は25床のみだったが、現在は124床まで拡大。あいにくニーズは高まり続けており、ベッドが1台空く度に、病院からの問い合わせが20件近く入るのだという。
オーストラリアの現状は同様の施設が2拠点のみ
米国には70拠点以上、カナダでもその数が増えているなど、レスパイトケア・センターは北米を中心に展開されている。オーストラリアはどうかと言うと、現時点ではメルボルンとシドニーに小規模の施設があるのみだ。メルボルンの方は、聖ビンセント病院の隣に建つ「ザ・コッテージ」(参考)。ベッド6床、滞在期間は平均9日と短期滞在型だ。西オーストラリア大学による評価も行われ、路上生活者が日常生活に戻るためのサポートを段階的に提供していること、スタッフが患者らと信頼関係を築き、患者が自分で健康管理ができるようサポートしていることを確認した。シドニーにあるのは、聖ビンセント病院が運営する12床の短期滞在型施設「ティアニーハウス」 (参考)。支援とケアにかかるコストは1日400ドル(約3万円)。オーストラリアの1日あたりの平均入院費2,003ドル (約15万円)と比べると、はるかに安価だ。
現在、パースでは国内初の「路上生活者向けリカバリーセンター」(20床)の計画がすすんでいる。米国モデルを参考にしながらも、住居サービスや再びホームレス状態にならないよう長期的な健康面およびその他のサポートに重点を置いている。医師や看護師がプライマリケア(*)やフォローアップを行うことで再入院を防げるため、「ホームレス・ヘルスケア(Homeless Healthcare)」(参考)を通じて一般開業医とつなぐことも重要ポイントである。
*病気になって最初に施される治療をいう。プライマリ・ケアを行う医師(総合医)はそのための専門トレーニングを受けており、患者が抱える様々な問題(緊急の場合から健康診断の結果相談まで)に幅広く対処できる能力を身につけている。
「ホームレス・ヘルスケア」のディレクターを務めるアンドリュー・デイビーズ医師と私の共著で「オーストラリア・メディカルジャーナル」に寄稿したように(参考)、路上生活者らの健康格差が生まれる根本原因は、安心できる住まいがないことだ。
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このことは、彼らが路上生活に耐えられるほど回復していない段階で退院させられる場合、特に顕著となる。ゆっくり休み、眠れる安全な場所がない、シャワーを浴びる場所もない、薬を安全に保管する場所もない、ましてや栄養のある食べ物も手に入りにくい、傷口を清潔に保つことも難しい状態で、どうやって回復しろというのだろうか。
レスパイトケアを取り入れた「リカバリーセンター」の設置がすすむオーストラリア
高齢化や慢性疾患の増加により医療費が高騰、持続不可能な事態になっているオーストラリア。ホームレス状態が続くと、救急医療の利用が増え、再入院になる率も高まるため、「リカバリーセンター」が費用対効果の高い解決策となるであろう。米国のレスパイトケア・センターを評価したところ(参考)、救急外来の利用は24~36パーセント減少、入院期間も29~58パーセント短縮された。数百万ドル相当(約3億円)の医療費が節約されたことになる。
路上生活者が病院と路上を行き来する様を嘆いているだけではなく、それ以上のことをしていかなくてはならない。アンドリュー・デイビーズ医師も指摘する。
「救急病院は急患を受け入れるところ。路上生活者が抱える慢性疾患やその背景にある社会的な決定要因にしっかり対応していかないと、路上で徐々に亡くなる人を見ているしかないのです。」
「リカバリーセンター・モデル」が重要かつ経済的な解決策となり、事態を大きく変えていくだろう。家がない人に「在宅医療」を提供することで、再入院率を減らせるのだから。
長期的に路上生活を続ける人たちは、われわれの社会において「最も疎外された集団」のひとつだ。安心してレスパイトケアが受けられるリカバリーセンターがあれば、住居やその他のサポートも受けやすく、ホームレス状態に舞い戻る悪循環を断ち切ることができるだろう。
患者実例
(「ホームレス・ヘルスケア」による報告書から抜粋)
背景
40代半ばの男性ヘンリーは、20年間ホームレス状態にあった。C型肝炎、薬物使用、心臓疾患、脳損傷による学習障害がある。
2015年から2017年にかけて、救急外来にかかること48回、入院は18回(計89日間)。その理由は、背中の痛み、幻覚、聴覚障害、自殺念慮、向精神薬の過剰摂取、胃腸障害、薬物・アルコール依存、骨盤骨折、胸の痛み、肺炎、股関節痛、蜂巣炎、精神疾患。
リカバリーセンターで提供したこと
彼のような複雑な患者は、病院システムにおいては「バウンドするボール」である(ロイヤル・パース病院ホームレス部門のアマンダ・スタフォード医師の言葉)。こうした多くの問題は短期入院では解決しない。早期退院させられる彼に、リカバリーセンターが安静に過ごせる場やホームホスピスサービスを提供する。これにより、路上では難しい「精神の安定」がもたらされ、アルコールや薬物依存問題も落ち着きやすいため、今後の再入院の可能性が減らせる。そして、長期的な住まいのサポートへもつなげていきやすい。
By Lisa Wood(西オーストラリア大学の人口・国際保健の准教授)
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo
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