日本は “すべての女性が輝く社会” を目指しているらしい。その割には、「日本の男女格差(ジェンダーギャップ)は諸外国と比べ改善が見られない」とシカゴ大学ラルフ・ルイス記念特別社会学の山口一男教授は言う。一体この国が改めるべき点はどこにあるのか、山口教授が『Inter Press Service』に語った。
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近年の日本政府は、女性の経済活動を推進する法案可決を目指して動いている。にもかかわらず、「世界経済フォーラム2018 ジェンダーギャップ指数(*)」では149カ国中110位と大変残念な結果となった。2017年の146カ国中114位よりはわずかに改善しているものの、それ以前と比べると横ばいかさらに順位を落としている(2016年度は111位、2015年度は101位)。
*各国の社会進出における男女格差を示す指標で、4つの主要分野から算出される。
(1)経済活動の参加と機会(給与、雇用数、管理職や専門職での雇用における男女格差)
(2)教育(初等教育や高等・専門教育への就学における男女格差)
(3)健康と寿命(出生時の性別比、平均寿命の男女差)
(4)政治への関与(議会や閣僚など意思決定機関への参画、過去50年間の国家元首の在任年数における男女差)
http://www3.weforum.org/docs/WEF_GGGR_2018.pdf
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特にスコアを下げているのが経済(117位)と政治(125位)の分野で、前者のネックとなっているのが「男女の賃金格差」だ。日本のそれは2018年で24.5%と、OECD加盟国の中では韓国に次ぐワースト2位なのだから。
なぜ男女の賃金格差がここまで広がっているのか? その原因のひとつは「非正規労働者に女性が多いこと」と言われている。日本の「正規」労働者は特定の労働義務なく雇用も無期限、一時解雇や首切りからは強固に保護されているのに対し、「非正規」労働者は(フルタイムで働く者も多いが)、特定の労働義務のもと期間限定の契約で働く。2014年度、20〜65歳の働く女性のうち53%超がこの「非正規」に該当、男性では14.1%と女性に比べ圧倒的に低かった。
非正規労働者は(日本に限らずだと思うが)、年齢や性別にかかわらず、ほぼ一様に賃金が低い。一方の正規労働者は、年齢が上がるにつれ(大体50歳くらいまでは)賃金が上昇する。これは日本企業の大半で、正規労働者には勤続年数に応じた賞与が支給されるためだ。
この非正規労働者における男女差は、「正規雇用には新卒者がより望ましい」とする企業側の認識も大きく影響している。そのため、女性たちが育児でいったん仕事から離れ、ブランクを経て再就職しようとしても、正規雇用に就ける可能性は非常に限られたものになっている。
しかしながら、私が4つの雇用タイプ(正規/非正規/フルタイム/パートタイム)と年齢区分の組み合わせから「男女賃金格差」を分析したところ(Yamaguchi, 2011)、雇用タイプにおける男女差(特に非正規雇用に女性が多いこと)では男女賃金格差の36%しか説明できず、実のところ50%以上は「フルタイム正規雇用」における男女賃金格差に原因があることがわかった。よって喫緊の課題は、非正規雇用に女性が過剰であることよりも、正規労働者間の男女賃金格差をなくすことにあるのだ。
正規労働者間の男女賃金格差
日本の正規労働者間の男女賃金格差 ― その主な要因は「女性管理職の不足」にある。厚生労働省の『雇用均等基本調査 2016』によると、部長相当職に就いている人のうち女性が占める割合は6.5%、同じく課長相当職で8.9%、係長相当職で14.7%だった。同調査では、女性管理職がほとんどいない企業に「高い職位に女性が少ない理由」も聞いている。選択肢として用意されている理由のなかから多かった二つの回答は、「現在、必要な知識、経験、判断能力を有する女性がいない」と「女性は勤続年数が短いため、管理職に至るまでに辞めてしまう」だった。
しかし私の調査(Yamaguchi, 2016)からは全く異なる実態が明らかになっており、こうした企業側の認識は「見当違い」といえる。従業員100名以上の企業を分析したところ、教育や就業経験の男女差では、中間管理職(課長)以上の男女格差の21%しか説明できず、それ以外は、同等の教育・就業経験を持つ従業員間の「管理職昇進率」における男女格差からきていた。要するに、女性の勤続年数の短さは主な要因ではなかったのだ。
さらに私の分析では、「男性である」ことで管理職になる可能性は10倍以上高まるが、「大学卒」であることでは1.65倍どまりだった(その他の決定要因は同じ条件にして調査した)。
長時間労働が重宝されている限り、日本で女性がキャリアアップするのは難しい
我々は、社会的機会や報酬が「個人の実績」によって決まる社会を「現代的」とみなし、「生得的地位」で決まる社会を「前近代的」とみなす。「ポスト・モダニズム」も議論されているとはいえ、現代の日本社会ではいまだに「現代的」といえない特質が保持されている。ある人が管理職になるかどうかを決定づけるものは、大学学位など個人の実績よりも、生まれた時の性別なのだ。キャリアパスが男女で異なる点は、「管理職への昇進率」における男女不平等がもろに影響している。日本でのキャリアパスは、管理職につながる「総合職」と、ずっと事務職のままの「一般職」に大別され、これは性別と強く関連している。
キャリアアップの機会が増えるのに多くの女性が総合職を選ばないのは、恒常的に残業が求められるため。実際、女性が管理職になることと長時間オフィスにいることには大きな相関関係がある。すなわち、長時間労働をしない女性は管理職になる機会自体を奪われることになるのだ。
しかし女性が長時間働くことは、育児や家事労働の主な担い手は女性という、家庭における昔ながらの分業意識と相容れない。日本企業の長時間労働体質は、管理職の地位獲得における男女格差につきまとう要因である。
女性専門職は圧倒的にヒューマンサービス系に偏っている現状
男女賃金格差のもう一つの主因は、「男女の職業分離」にある。OECD諸国においては、教育・医療・ソーシャルワークなど「ヒューマン・サービス専門職」に女性が過剰という共通の傾向があるが、日本ではさらに二つの特徴がある。一点目は、ヒューマン・サービス専門職のなかでも社会経済地位が高いとされる職種(医師、大学教授など)においては、女性の数がOECD諸国のなかで最も少ない。
二点目は、研究、工学、法律、会計学といった非ヒューマン・サービス専門職においては女性の数が圧倒的に少ない。
私が実施した直近の研究では、日本と米国の労働市場に焦点を当て、専門職間の男女賃金格差を詳しく調べた。2005年に実施された日本全国調査と2010年の米国国勢調査をもとに、次の二種類のキャリアにおける男女の割合をみた。
・「タイプ1型専門職」=ヒューマンサービス系以外の専門職と、社会経済地位が高いとされる医師や大学教授などその結果、「タイプ1型」に属する女性労働者の割合は米国が12.7%、日本では2%以下と著しく低いことがわかった。日本の女性の仕事は明らかに「タイプ2型」に集中しているのだ。
・「タイプ2型専門職」= ヒューマンサービス系専門職(医療・健康、教育・養育、社会福祉、介護など)※ただし、社会経済地位が高いとされる医師や大学教授などは除く。
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この職業分離は、大きな男女賃金格差につながる。第一に、男女間賃金格差がかなり小さい「タイプ1型」には女性が圧倒的に少ない。第二に、「タイプ2型」には大きな男女賃金格差がある。「タイプ2型」に属する男性の平均賃金は、事務、販売、肉体労働に就く男性の賃金より高いが、「タイプ2型」に属する女性の平均賃金は、同じような仕事をしている男性の平均賃金より低いだけでなく、事務、販売、肉体労働に就く男性の平均賃金はよりも下回っているのだ。
学歴における男女平等よりも効果的なのは、女性のポテンシャルを発揮できる環境づくり
私の調査からは、管理職や「タイプ1型」に女性が少ないことは、大学学位など学歴における男女の違いでは説明できないこともわかった(Yamaguchi, 近日発表予定)。女性の大学卒業率が男性よりも低いのは、OECD諸国の中では日本とトルコの2カ国のみである。そのため、男女の同等化を推進することで、地位の高い仕事に就く男女の格差減少につながることを期待するかもしれないが、私の分析からは、現在のような性別に特化した教育と仕事のマッチングが続くなら、たとえ女性の大学卒業率が伸びても、その影響はすでに女性が過剰状態にある「タイプ2型」にさらに女性が増えるだけで、女性の数が少ない管理職や「タイプ1型」に女性が増える影響は最小限にとどまることが明らかになった。したがって、学歴における男女平等を達成しても、男女賃金格差が大きく縮まることはないだろう。
唯一の例外は、科学や工学専攻の大学卒業生の男女比を均等にすること。そうすれば女性の科学者やエンジニアの割合が増え、ゆくゆく「タイプ1型」における男女の割合が同等化し、男女賃金格差をある程度縮めることになろう。
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「学歴」で説明できないのであれば、男女の職業分離は日本の雇用慣習の影響ということになる。男女をめぐる固定観念に支えられた慣習により、女性は「女性にふさわしい」とされるもの以外の専門職に就く機会が少ない。日本の女性に開かれたキャリアは、子どもの教育、介護、その他医療サポートなど、昔から女性が家族の中で求められてきた役割の延長線上にあるものが多い。日本企業は、職場は家庭における性別区分の延長ではなく、個々人が潜在能力を発揮し、社会に貢献するための場だと理解すべきである。
政府は、同等の仕事には同等の賃金を支払うことを目指している(とりわけ、同じ仕事をしている正規労働者と非正規労働者に同じ賃金を払うこと)。しかし私は、男女賃金格差を縮めたいのなら、男女に同等の仕事機会(とりわけ管理職や地位の高い職務)を提供することの方が重要と考える。
女性に与えられるチャンスの少なさは、日本企業の雇用慣習だけでなく、長時間労働が求められることも原因。そのため政府は、より良いワークライフバランスを実現するための条件づくりを目指すべきである。長時間労働を当たり前とする労働文化を見直し、働く場所を柔軟に選べるようにすることで、実現に近づけていけるだろう。さらに、育児や家事労働の責任を女性に押し付ける姿勢を変えていくことも、変革を後押しすることとなろう。
*この記事の初出は、国際金融・経済・開発における最新動向および研究に関する最先端の分析や洞察を取り上げるIMFの『Finance & Development』(季刊誌およびオンライン版あり)。
By Kazuo Yamaguchi
the Ralph Lewis Professor of Sociology at the University of Chicago
Courtesy of Inter Press Service / INSP.ngo
関連リンク:
男女の職業分離の要因と結果― 男女平等の今一つの大きな障害について(スピーカー:山口 一男氏)
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