ホームレス問題への有効な対策として各都市でニーズが高まっているのが、手頃な価格で入居できる住まい、いわゆる「アフォーダブル住宅」の数を増やすことだ。オーストリアのザルツブルク(リーデンブルク)に2018年10月に完成したアフォーダブル住宅「My Place」は、学生寮をイメージして建てられた。それもそのはず、発起人のゲオルク・ライティンガーは学生寮の運営者なのだから。55名が入居するこの施設立ち上げについて、ザルツブルクのストリート誌『Apropos』が取材した。
ー なぜ学生寮の運営者が、困窮者向け施設を建てることに?
ゲオルク・ライティンガー:偶然も大きいんです。私が初めて「ホームレス問題」と関わりを持ったのは10年前のことです。運営している「学生支援サービス」で慈善活動やNPOで働きたい人を採用していたのですが、ある時応募してきた25歳の男性がホームレス状態にあったんです。
採用後すぐに彼は部屋を借りたのですが、お粗末な狭い部屋で、ひとつのバスルームを14人で共用。なのに家賃は月400ユーロ(約48,000円)もし、賃貸契約もありません。彼の生活保護費はほぼ家賃に消え、さらに90ユーロの持ち出しも必要でした。
これはひどい!搾取そのものじゃないか、とその時思ったんです。私が運営する学生寮では、家賃350ユーロ(約42,000円)で各個室にバスルームが付いています。万が一、設備に不具合があっても、業者を呼んで修理してもらえます。そこで、学生寮のように手頃な価格帯で質の高い施設をホームレスの人向けに提供できないかとアイデアが湧いたんです。
すぐに場所探しを始め、真剣に検討したところもあったのですが、いろいろあって当初の案は諦め、計画も数年間棚上げ状態でした。2013年から再び、土地とプロジェクトパートナーを探し始めました。そして出会ったのが貧困者支援組織「Caritas」のヨハネス・ディネスです。彼も同じような構想を持ちながら、どう実現したらよいか悩んでいたそうです。彼と組み、私の専門である学生寮立ち上げのノウハウを生かせば、うまくいくのではと。
ー 完成したアフォーダブル住宅「My Place」について詳しく教えてください。
部屋は55室あります。ベッド、収納家具、簡易キッチン、シャワー、トイレ付き、学生寮によくあるような環境です。「マックス・アイヒャー・グループ(Max Aicher Group)」から多額の寄付をいただけたので、各部屋に掃除機、コーヒーメーカー、電子レンジも用意できました。スーツケースひとつで来て、すぐに生活できるイメージです。
photo: Mike Vogl アフォーダブル住宅「My Place」
入居者については、この地域の社会施設の提供業者「ザルツブルクSE」が「ホームレスの人々のためのフォーラム(Forum for the Homeless)」とも連携しており、7月初旬に数名のホームレスの人を連れてきてくれました。8月になると102名の応募があり、入居者の選考は「Caritas」が行い、選ばれた人とは賃貸契約を結びました。
入居者にはソーシャルワーカーがつき、社会復帰のサポートにあたります。最長入居期間は3年で、仕事を得てからここを卒業できるのがベストですが、少なくとも次に住む場所は見つける必要があります。
また、学生サービスが管轄する使用契約書にもサインしてもらいます。メンテナンスや清掃、設備故障時の対応などはわれわれが責任を持ちます。プロジェクト全体として、学生向け団体「Student Finance and Estates」とも提携しています。
ー 学生寮の運営と比べて、この施設立ち上げはいかがでしたか?
これまでに指揮したプロジェクトの中でもひときわ難しかったです。常に2歩進んでは5歩下がるような状態でしたから。先が見えなくなりそうなときは、小さな目標をひとつずつ達成していくことで、なんとか進むべき道を外れないよう心掛けていました。
多くの資金提供者を巻き込む必要がありました。最初は皆、「素晴らしいプロジェクトですね!」と褒めてくれるのですが、いざとなると「ただし…」と条件を口にし出すのです。「Merciful Sisters」がかなり手頃な価格で土地を提供してくれてありがたかったのですが、そのときも土地の利用を巡って最終合意に至るまで長い時間がかかりました。
お金の問題もありました。今でこそ、しっかりとした財政支援を受けられていますが、ここまでの道のりはとても険しく、挫折の連続でした。政治が変わると大きな影響を受けるということも学びました。ようやくうまくいきかけたと思ったら、今度は周辺住民の反対にも遭いました。プロジェクト開始時に説明していたのですが…。
そうこうしながらも、2017年10月10日、なんとか建設に着手できました。それからは、多少の遅れはありつつも、大きなトラブルなく1年足らずで完成にこぎつけ、2018年10月1日「My Place」はオープンしたのです。
ー 現在の財政状況はいかがですか?
プロジェクトの総額は270万ユーロ(約3億2千万円)、資金調達の内訳は次のとおりです。
・自治体の住宅建設ファンド:120万ユーロ(約1億4千万円)
・ザルツブルク貯蓄銀行からの融資:100万ユーロ(約1億2千万円)
・自治体と地域からの寄付:それぞれ5万ユーロ(約600万円)
・ライオンズクラブ(*):16万ユーロ(約1900万円)
・ロータリークラブ(*):10万ユーロ(約1200万円)
・第二貯蓄銀行(*2):7万ユーロ(約840万円)
*1 いずれもアメリカで発足した世界規模で活動する社会奉仕団体。
*2 財政難の人々を支援する銀行。建物内の一角に家賃無料の事務所を用意する条件で投資を受けた。
プロジェクトについて色んな人に話をしたところ、友人夫婦がクリスマスプレゼントを我慢して1,000ユーロ(約12万円)を寄付してくれました。最近結婚した別の友人カップルは、結婚式の招待状で寄付を募り、合計12,000ユーロ(約140万円)を提供してくれました。
物資の寄付もいただきました。学生サービスでお世話になっている運送会社「PKS」は、毎年異なる社会問題を支援しており、今回はこのプロジェクトに35,000ユーロ(約420万円)相当のオートロックシステムを提供してくれました。清掃用品を納入してくれている会社からも、4,000ユーロ(約48万円)相当の清掃用カートと床用洗浄機を提供いただきました。私の行きつけの理容師もこのプロジェクトに共感してくれ、見習い3年目の弟子を月一回派遣し、入居者に無料で散髪サービスを提供してくれています。
© Pixabay
支援対象が具体的だと、喜んで手を差し伸べてくれる人たちがいます。この点で、ソーシャルメディアはありがたいですね。自分が支援しているものがはっきり見え、活動の進捗状況も共有できますから。
ー その行動力はどこから湧いてくるのですか?
若い頃は平泳ぎの選手でした。その時の経験が人生に大きく影響しているように思います。アスリートは自分で自分を律し、目標を設定し、たゆまぬ努力を重ねなくてはいけません。怪我をしても投げ出さず、壁にぶつかれば乗り越える手立てを考え、戦略を立て直す。自分を信じることも大事です。
特に結果を出すアスリートは、しっかりとした自分のリズムがあります。水中でしっかり体を鍛えたら、休息を取る。目標の設定・達成を繰り返す ー このリズムが体力的にも精神的にも強いアスリートをつくり上げるのです。
ー 学生向けサービスのリーダーとして大切なことは何ですか?
「質の高い施設」を「手ごろな価格」で用意することです。学生生活をサポートするのですから、広義の「社会事業」だと考えています。住む場所は生活の基本ですからね。住居費を払えないなど経済的に困っている学生のサポートもおこなっています。
適切なドキュメント化も大切です。人件費が一番コストがかかる部分ですから、事務作業を効率化することはとても大切です。実際、さまざまな整理を進めた結果、2000床分の管理を職員3名でさばけるようになったんです。
学生の退去時にも、以前は部屋の点検、請求書送付、敷金返金などに4週間かかっていたのですが、システムをデジタル化した今、同じ手続きが24時間以内に完了できるようになりました。4週間かかっていた仕事がたった1日で済んでしまうのです!
また、入居者とスタッフには定期的にアンケートに答えてもらっています。こういった作業は手間がかかりますが、質を担保する上で有効です。新しい職員にはすべての作業手順が記されたハンドブックを渡し、時間とコスト削減を心掛けています。
ー 仕事をする上で最も重視することは?
自由裁量が与えられることです。上司が私のやることを決して邪魔しない人でしたから、私も部下には、自分たちのやり方で仕事を進めてほしい、これまでのやり方にとらわれなくてよいと言ってます。
月曜朝に定例の打ち合わせをするよりも、情報は日々共有し合う。そのほうが仕事もはかどります。職場には、広くて居心地のいいスタッフルームがあり、気軽に意見交換できる場になっています。実際、休憩時間にコーヒーを飲みながらの意見交換がとても有意義だったりするんです。ややこしい事務手続きがない方が、物事はスムーズに進みますね。
ー 長年、学生サービスに携わってこられて、何か変化はありますか?
学生の生活が大きく変わりました。私がこの仕事を始めた1997年当時は、寮に強力な学生集会があり、その対応も必要でした。大変でしたが有益な経験でした。初めてその会議に出たとき、寮生180名のうち150名が出席していましたから。
今やそんな学生集会はありません。誰もやりたがらないのです。寮生全員が集まるようなパーティーもなくなりました。今の学生はぎっしり詰め込まれたスケジュールに追われてます。意見や不満も学生本人ではなく親から寄せられることが増え…ちょっと寂しいですね。
ー ロータリークラブの会員として、「ホームレス・チャプター」の設立・資金援助をされたそうですね。
ロータリークラブでは講演者の手配を担当していました。ロータリーでは毎週何かしらのイベントを開催しているので、「貧困」をテーマとしたシリーズ企画を考えたんです。貧困問題の研究者クレメンス・セドマックさん、「貧困会議(Poverty Conference)」のロベルト・ブグラーさんに登壇をお願いしました。
実際のホームレス生活者もゲストに迎えたいと思うようになり、『Apropos』販売者のアイグナー夫妻と出会いました。実際に彼らがどういった問題を抱えているかを教わり、この街にある「貧困」が以前よりもよく目に見えるものになりました。ロータリーの会員の皆さんが、社会の片隅におかれた人たちと関わりを持つ機会はほぼありませんから。
「もうひとつのザルツブルグ」を案内する映画の上映会を開いたことがあります。すると上映から30分ほどで、聴衆が「止めてくれ」と言いだしたんです。現実を見せられ、耐えられなくなったのでしょう。でも、こんなふうに人の視点をガラッと変えるようなことを仕掛けるのが好きなんです。ちょっとしたことで物事は大きく変わることがあります。まずは「貧困」の存在に意識を向けてもらえたらと思っています。
ー あなたの生きがいは何ですか?
妻と子ども以外ででしたら… 自分の身の周りの世界を少しでも公正にすることです。近頃は、社会の片隅に追いやられた人たちがないがしろにされています。
困窮者や難民をめぐる議論を見てください。西側諸国は他の地域に対し、よりよく生きるための正しい方法を「語って」きましたが、本来やるべきことは、他の地域の人々を「支援」すること。
アフリカからの難民流入に腹を立てている人たちもいますが、そもそもの原因の一端は自国にもあるはずです。ヨーロッパ全体として政治の方向性を見誤ってはならないと、しっかり伝えていきたいです。
ー 今後、どんな世界を見届けていきたいですか?
社会の一助になることを行い、片隅に押しやられた人々がもっと活躍できるような社会にしていきたいです。退職後はボランティアとして働くのもいいかもしれません。いろいろ言われていますが、アメリカで働くことにも興味があります。
リタイアした人たちからは、これまで国にお世話になった分、何かお返ししていきたいから、一日数時間のボランティアをしているという話をよく聞きます。仕事の対価としてお金を求めるのが普通ですが、何かに貢献できているという実感でもよいのではないでしょうか。
アイデアを生みだすには、好奇心旺盛であること、勇敢であることが大切です。また、アイデアが消えてしまわないよう、いろいろな人と話すことも大切です。多くの人を巻き込めば、新しくて意味あるものを一緒に創り出していけるでしょう。
By Michaela Gründler
Translated from German by Peter Bone
Courtesy of Apropos / INSP.ngo
My Place
http://www.meinzuhaus.at
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