「ムーチ」の愛称で知られる男キース・アシュレイは、違法行為を繰り返しながら生きてきた。そんな彼を待っていたのは、路上生活と刑務所だった。だが、看守や保護観察官などから受けた親切がきっかけとなって、人生が好転。60歳になった彼は今、人生で初めて、「ホームレス支援」という合法的な仕事に生き生きと取り組んでいる。


「50年以上、泥棒やチンピラとして生きてきた」というムーチ、直近ではイングランド北西部にあるプレストン刑務所で刑に服していた。その間、同じく服役中で幼なじみのジミーが癌と闘うこととなった。しかし看守たちは、ムーチが危篤状態にある友人のそばに居られるよう便宜を図ってくれた。窮地を二度乗り切ったジミーだったが、それから数週間後、とうとう息を引き取ってしまった。

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© Pixabay

後日になってそのことを知らされたムーチだったが、「自分でも不思議なほど、落ち着いていました」と彼は言う。 「看守たちは私がヤケになって暴れ出すのではと思っていたみたいですが、私にはジミーの他にも気の合う、心の内を話せる囚人仲間がいましたし、静寂が必要な時には気遣ってもらえました。混沌としている刑務所にありながら、看守は私の独房まで様子を見にきてくれていました」

攻撃的な性格の人間が大抵そうであるように、ムーチもまた自分の変化に気づくまでに時間がかかった。そしてそれが看守たちのおかげであるということにも。彼らはムーチが落ち着いていられるよう、協力し合っていたのだ。

最後に出所したのは2014年のこと。当時のムーチにとっては、路上生活が唯一の選択肢に思えた。何度も前科のある彼にとっては、保釈された人向けの施設だと、悪い仲間と再会し、過去に遡ってしまう可能性があったからだ。タフな性格の持ち主ではあるが、それでも路上生活はかなり厳しかったという。

「なんとか生き延びましたが、やはり恐ろしい経験でした」

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「ホームレス状態に陥る理由はさまざまです。人は”浮浪者”呼ばわりしますが、路上の方が安全でまだマシという人もいるのです。 ほんとあっという間ですよ、路上がすみかとなってしまうのは」

「路上生活は非常に孤独なので、慰めになるものが必要。簡単にアルコールや薬物に溺れていきます。日中から寝たり、徘徊したり。ひとりでいると、人々から軽蔑の目を向けられます。 唾を吐きかけてくる人もいます。一人でいるより、ホームレスの仲間がいる場所の方がまだ安全です」

その後、ムーチを担当した保護観察官が、マンチェスター南部の支援施設「ニューベリー・ハウス」の館長とも仕事をしていた縁で、ムーチは「配慮が必要な人物」とされながらも、そこに入居することができた。

ホームレス支援団体に背中を押してもらい改心

英国のブリストルには、社会的に排除された人々にボランティア作業を斡旋することで社会とのつながり直しを支援する「Step Together (*1)」というNPO団体がある。当団体でコーディネーターを務めるカレンがムーチに紹介してくれたのが、ホームレス慈善団体「Mustard Tree」。そこで周囲からの大きな励ましを受けたムーチは、同団体が運営する、20週間の実務経験を積める「フリーダム・プロジェクト(*2)」に参加した。

難民の人々とともに働き、LGBTコミュニティとの交流もあった。異文化を知り、自分とは違う意味で「しんどい立場」にいる人々とも出会った。そうした経験を通じて、ムーチは改心した。自分の生まれ持った資質を、誰かを傷つけることではなく「助ける」ことに活かしていこうと。 刑務所では仲裁役を買って出ることが多かった彼だが、この新たな心持ちが予想だにしなかったチャンスを大きく切り開くこととなった。きっかけを与えてくれたカレンのことを「俺の作り笑いを本物の笑顔に変えてくれた人」と評する。

*1 Step Together:自治体、刑務所、保護観察所、雇用サービスセンター、慈善団体、地域の支援グループなどから、身体的・精神的・社会的、経済的な問題を複数抱えてる人たちに関する情報を受け、彼らが前向きな未来を築けるよう個別サポートを提供。年間600-700人を支援している。https://www.step-together.org.uk

*2 フリーダム・プロジェクト: 6分野(倉庫管理と配達、ケータリング、お客様サービス、設備管理、事務作業、ごみリサイクル)での20週間の実務経験を通して、自信、モチベーション、安定性、健康、雇用、就業能力を培うことを目的としている。経歴にプラスになるうえ、健全なコミュニティの価値観に触れること、ニーズを抱えている人を助ける経験をすることも大きなメリット。

かつてのホームレス生活者がホームレス支援側にまわることに

さらに、「Mustard Tree」のメンバーであるジェズが「マンチェスター・ホームレス憲章(*)」の作成に加わらないかと声をかけてくれた 。これは、ホームレス経験者と支援者が同じビジョンのもとに協力し合い、複数の分野を横断しながらホームレス問題の軽減を目指す取り組み。この中で、ムーチは資金調達・キャンペーンのチームを率いることになった。自分の能力を生かし、人生で初めて正当な報酬を手にした。

「私がかつてホームレス状態だったからやっているのではありません。支援することに意義があります 」とムーチは言う。「ホームレス問題は今に始まったことではありません。自分が支援する側にまわっただけのこと。大切なのは、社会の片隅に追いやられた人々のために、自分が何ができるかです」

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写真:Rebecca Lupton

「ホームレス問題には皆で協力することが大切です。 いろんな人がコミットし、何かしら行動を起こす。実際にコトを動かし、変化を起こすには時間がかかるので、やりきれなさを感じることもありますけどね」とムーチは言う。

ジェズの指導のおかげで「人の話に耳を傾けること」の大切さも学んだ。ホームレス問題の現場に関わるなかで、一方的に説得するのではなく、質問を投げかけ、次にどんな行動を取っていけばよいのかを一緒に考えていく姿勢に変わっていった。

「政府の支援では全然足りませんから、こうした慈善団体の地道な努力がとても大切です。ここだけでなく、他のホームレス支援団体『Barnabus』や『Booth Centre』の扉をたたけば、温かく受け入れてくれるので、安らぎを感じられるでしょう。ただ話し相手を欲しているのか、どこか住まいに入りたい状況なのか、それぞれのニーズをしっかり理解してくれます。第一線でサポートしてくれる人員はもっと必要なのですが」

困窮者の個々のリクエストに答える寄付金システム「Big Change」

マンチェスター市内の20以上の慈善団体が協同ですすめるプロジェクト「Big Change」でも、ムーチは資金集めに貢献している。このプロジェクトでは、集まった寄付金が直接、人生の再出発を目指す人々に渡される。病院へ行くためにバスの切符を買いたい、面接用の新しい靴を買いたい、新しい住まいの頭金を払いたい、中古家具を買いたい...資金の使い道に関するリクエストはさまざまで、申請は各人のサポートワーカーがおこなう。



ムーチの任務は、100ポンド(約14,000円)以下の資金援助リクエストを管理することと、各申請者との関係づくり。 「そもそも人助けすることは好きでしたが、最近はとみにそれが楽しいです。行き場のない人を助けるのに、なんだかんだいってもお金は重要ですから」

この2年で25万ポンド(約3,400万円)以上の寄付金が集まり、うち17万ポンド(約 2,300万円)がすでにホームレス生活者に配布された。マンチェスター市内で数百人もの人が資金援助を受け、安全かつ安定した生活を築くことができている。ムーチは「ホームレス支援」という、かつて自分を助けてくれた分野で働くことで、自身の生活を築いている。

「こう見えて真面目なんですよ。 このような自分に変われたことを、誇りに思っています」と笑う。

「今、必要とされているのは『雇用』です。チャンスという門戸が開いていなければチャレンジすらできないということを企業側に知ってもらいたいです。 企業がわれわれ慈善団体と協力し、再起を目指す人たちをサポートすれば、彼らは自分で家賃を払えるようになります。人はお互いに助け合うことで、より望ましい結果を出せるのです」

By Lauren Coulman
Courtesy of Big Issue North / INSP.ngo


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