日本でももはや「離婚」はめずらしいものではなく、必然的にシングルマザーになる人も増えている。特に若いシングルマザーは、育ちに関係なく「貧困」に陥りやすい。賃金の安い仕事に就くことの多い彼女たち、働けど働けど生活は一向に楽にならず、いわゆる「ワーキングプア(*)」として、身も心も擦り切れていく。しかし世間的には、その窮状は「自業自得」とみなされがちで、自力で這い上がることはかなり困難だ。
*貧困ライン以下で労働する人々のこと。

アメリカでは2019年1月、そんなシングルマザーの実体験を書いた本『MAID』(日本では『メイドの手帖』)が出版され、よく売れている。大手メディアからの評価も上々だ。


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写真:Nicol Biesek/著者ステファニー・ランド
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ステファニー・ランドは、大学に進学し、作家になることを夢見ていた。しかし、28歳で予期せぬ妊娠、その他の試練が重なり、計画は台無しに。米国北西部、中流階級育ちのこの女性は、そこからずるずると「貧困状態」に陥っていった。
しかし彼女は諦めなかった。

家政婦として働きながら、自身と幼い娘の食い扶持を稼いだ。肉体的にきつい長時間の低賃金労働、(子どもの父親や自身の父親との)虐待的関係、その他数々の災いが降りかかったが、彼女は闘い、書き続けた。

その後、大学入学を叶えた(*)彼女は、「家政婦の告白(Confessions of the Housekeeper)」と題したエッセイを課題で提出したところ、教授は「これはいつか本にできるだろう」と太鼓判を押してくれた。

*学生ローンと連邦政府が支出する返還不要の奨学金「ペル・グラント」によりモンタナ大学に入学。2014年に「English and Creative Writing」の学位を取得。

教授は間違っていなかった。彼女は2019年に初の著書『MAID: Hard Work, Low Pay and a Mother’s Will to Survive』を出版、米国のワーキングプアがいかに厳しく、生活改善を望みにくい状況にあるかを率直に綴った内容は、大手メディアからも絶賛され、「ニューヨーク・タイムズ紙「ノンフィクション部門」で第3位にランクインした。(他にも、Amazonの1月の「ベストブック」入り、Barnes and Nobleの2月のオススメ本入り等 )。

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Hachette Book Groupの厚意により :著書『MAID』の表紙

米国で貧困状態にあること、そして著書がベストセラーになったことで生活がどう変わったのか、シカゴのストリート誌『Street Wise』がランドにインタビューした。


― 金銭面などは別として、著書『MAID』の出版前と現在で変化はありますか?

心も体も疲れきっていない状態で、これから先のことをしっかり考えられるようになりました。それに、娘たちとも将来についての話ができます。以前のように、何とか彼女たちを励まさないと!と無理することなく、彼女たちがやりたいことをサポートしてあげられるようになりました。

― 米国の貧困者について「理解されていない点」はどんなところですか?

貧困であることがいかに ”高くつく” ものなのかが理解されていません。家計が苦しいだけでなく、いくらお金が入ってきていくら出ていくのかがいつも頭から離れません。「足りる」状態になることはまずなく、まとまったお金を貯められる望みもない。肉体的にきつい仕事をしてやっとお金が入ってくるという「自己犠牲感」が常に自分の中にくすぶっています。

― 貧困を経験して自身の変化は? 今でも抜けきれないものはありますか?

世界を見るフィルターが変わりました。普通の人が当然に「享受できるもの」や「心配がいらない状態」にも、ようやく慣れてきました。それは当然と思っていたものが無くなって初めて気づくようなものです。例えば、公衆トイレを使う時、当たり前に「自動」だと思って水道の蛇口に数秒手をかざしてから、実は「手動」で手で回さないといけないタイプか!と気づくことってありませんか?

今の自分が手にできている「恩恵」ー 歯磨き粉をなくなってから買うのではなく、ちゃんと買い置きがある時など ー をしっかり認識し、かつての貧しかった状態から脱け出せた自分は本当にラッキーだと忘れないよう心がけています。

- 『MAID』の読者にどういうことを感じ、知ってもらいたいですか?

貧しいシングルマザーに対する偏見をなくすことです。シングルマザーたちは自分たちが置かれた状況に多くの非難を向けられ、なかなか人々に共感してもらえず、「援助対象」と見なされにくいのです。彼女たちに二人分(自分と子ども)の仕事をすることを求め、支援を得ようとすると責め立てられ...。

-経済学者たちは米国の「永遠の低所得層(permanent underclass)」という言葉を使いますが、貧困ライン以下で生活している人たちに希望はあると思いますか?

苦しい生活を送ることは何も「恥ずべきこと」ではないと考えられるようになれば、希望はあると思います。また、(SNSなどで)自分を良く見せようとするのを止め、毎月の収入がないとどんな暮らしになるのかということを、皆がもっと冷静かつオープンに口にできるようになればいいなと思います。

我々は完璧で、欠点のないステキな暮らしで「最高の自分」を装おうとしています。それが現実の暮らしと、一人の人間であるということと、どれほどかけ離れたものかを忘れがちです。一人ひとりの「人間らしさ」をもっと認めれば、他者のことも自分と同じように見れるのではないでしょうか。


【プロフィール】
ステファニー・ランド
フリーランスライター。大学在学中にブログや地方紙で文章を書き、その後、『The Huffington Post』や『Vox』にも掲載されるように。2016年、フードスタンプ(*)に依存していた生活から抜け出し、「Center for Community Change and Economic Hardship Reporting Project」のライティングメンバーに。執筆記事は The New York Times, The New York Review of Books, Washington Post, The Guardian 等、多数の媒体に掲載されている。

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写真:ステファニー・ランドの厚意により/米国経済や民主主義の問題解決を議論するイベント「Bold v. Old: Big Problems Call for Bold Solutions」にて、上院議員コリー・ブッカーなどと語らうステファニー・ランド

*低所得者世帯に支給される食糧品購入用クーポンを配布する米国の制度。

公式サイト https://stepville.com
https://communitychange.org/author/sland/

By Jenni Spinner
Courtesy of StreetWise / INSP.ngo


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