原発事故後の子どもの甲状腺がんと放射能被曝の関連は、問題含みであいまいなままに終わっていってしまうのか。福島市内で6月3日、福島県県民健康調査の「甲状腺検査評価部会(※)」(部会長・鈴木元・国際医療福祉大学教授)が開かれ、委員らが子どもの甲状腺がんと放射線との関係性をまとめた報告書案を議論した。





363genpatsu

※ 同部会は2011年〜13年度に行った「先行検査」から中間報告「甲状腺検査に関する中間とりまとめ」を15年3月に発表。ここでは「被曝線量が少なく、放射線の影響は考えにくい」と記された。今回は「本格検査」の結果を踏まえた報告書案として、どのようにまとめられるのか注目されていた。報告書案は福島県のホームページで公開中。


「暫定的」モデルを使い結論
「関連性はみられない」と明記

 示された報告書案では、「先行検査(1巡目検査)における甲状腺がん発見率は、わが国の地域がん登録で把握されている甲状腺がんの罹患統計などから推計される有病率に比べて数十倍高かった。本格検査(検査2回目、ここでは2巡目検査)における甲状腺がん発見率は、先行検査よりもやや低いものの、依然として数十倍高かった」とした。

 放射線が甲状腺がんに影響を与えたかどうかという因果関係を分析するには、性別や検査時の年齢、細胞検査の結果など、関連しているとみられるさまざまな要因を加味して分析する必要がある。そのため、部会では、「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR/アンスケア)」が公表した、年齢別・市町村別の内部被曝を考慮した推計甲状腺吸収線量を「暫定的」に用いて分析。その結果、「線量と甲状腺がん発見率に明らかな関連は見られなかった」「本格検査で発見された甲状腺がんと放射線被曝の間の関連は認められない」と案に明記した。

 ところが当日の議論では、強い表現で書かれている報告書案の文面に対して、委員の中から、「60点」(祖父江友孝委員・大阪大学教授)、「現時点で判断した限り、五合目」(片野田耕太委員・国立がんセンター)という、異例の厳しい評価が飛び出した。分析に使ったアンスケアの推計線量は地域別のもので、患者個人の被曝線量を推計するモデルになっていない――という、推計分析の根幹にかかわる「限界」があったからだ。

見えないところで進んだ作業
記者からの質問時間も制限

 しかし部会では、案をどのように加筆・修正するのかを決めることはできず、最終的な文言の修正と加筆は鈴木部会長や部会委員が今後進めていくことで閉会した。そもそも、福島県の子どもの甲状腺がんの調査の目的(放射線と甲状腺がんとの関係性を調べる)に対して、どのようなモデルを当てはめるべきか、そのモデルの適用が妥当なのか――といった、専門家が組み立てた調査・分析デザインの議論が見えない。

 部会後の記者会見でも、この素案が最終決定となるには問題があるという視点での記者の質問が相次いだ。鈴木部会長も「ラフな解析」であったことを繰り返し、「未来永劫、影響が見られないと結論づけたわけではない」と述べ、アンスケアを使った線量推計の課題に触れる発言はあったが、具体的な対応案は示されなかった。

 部会は委員の任期満了を迎える。現委員による公開審議はこれが最後で、「性急な結論」の印象が否めない。今回の報告書案は、7月8日開催の上部の会議である県民健康調査検討委員会でも議論される予定だ。分析の方法に問題ありと指摘する専門家もいる。部会長と部会委員は、あいまいな内容を含めた素案が提示されたことと、県民に大きなインパクトのある最終内容を取りまとめる責任、県民には見えないところで重要な作業を進め、質問する機会も与えない状況にしていることへの責任をどう考えているのか。毎回、記者からの質問を制限する対応も含めて、この部会が県民を安心させるどころか、不安や不信をさらに高める可能性がある。

(写真と文 藍原寛子)


あいはら・ひろこ
福島県福島市生まれ。ジャーナリスト。被災地の現状の取材を中心に、国内外のニュース報道・取材・リサーチ・翻訳・編集などを行う。
https://www.facebook.com/hirokoaihara

*2019年7月15日発売の『ビッグイシュー日本版』363号より「被災地から」を転載しました。

ビッグイシューは最新号・バックナンバーを全国の路上で販売しています。販売場所はこちら
バックナンバー3冊以上で通信販売もご利用いただけます。






過去記事を検索して読む


ビッグイシューについて

top_main

ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。