数多くの人権侵害が報告されている技能実習制度を拡大するかたちで、新たに「特定技能」という在留資格を創設した昨年の入管法(出入国管理及び難民認定法)改正。さまざまな問題が残されたまま今年4月に制度が動き出す今、根底にある問題について髙谷幸さん(大阪大学准教授)に聞いた。
※以下は2019-01-15 発売の『ビッグイシュー日本版』351号「ビッグイシュー・アイ」より記事転載
17年、失踪した実習生7000人
労基法違反70%、最賃以下67%。174人死亡は「構造的な問題」
昨年、技能実習生をめぐるニュースに触れて驚いた人は少なくないだろう。農業、漁業、建設業をはじめ、各方面での人手不足を補うため、日本がベトナムや中国などから受け入れてきた実習生という働き手。彼らの働く環境は一体どのようなものだったか――。
17年、全国の労働基準監督機関が5966件の監督指導を行ったところ、約7割(70・8%)の現場が労働基準関係法令に違反。低賃金や虐待などが理由となって職場から逃亡した例は7000人を超えていた。失踪経験のある実習生2870人へのヒアリング調査によると、67%にあたる1939人が時給300円などの最低賃金以下で働いており、10%が過労死ラインを超える残業をしていた。
こうした状況の中、10年から18年までに174人の実習生が死亡。そのうち118人は20代、25人が溺死、12人が自殺するなど、不審死や過労死が疑われるケースが多かった。思わず目を背けたくなる現実だが、これを直視しなければ事態はさらに悪化の一途を辿ってしまう。
そもそも技能実習生をめぐる問題は、最近になって始まったものではない(※1)。私たちはなぜこの問題を見過ごしてきたのか? 昨年、参議院法務委員会の参考人として意見陳述も行った髙谷幸さんは、問題の根底に「外国人を“労働力”としてしか見ない社会のあり方がある」と言う。
「みなさん、こうした実習生の実情を聞いたら『ひどいね』と驚かれると思うんです。ただこれは、ごくまれにひどい会社があるというものではなく、頻繁に起きている問題であり、技能実習制度の構造的な問題だと言えます。なぜそうなるかといえば、この制度は外国人を機械の部品のように労働力としてだけ受け入れて、生活面を制限し、なるべく“人間にならないような制度”にしているからなのです」
※1 09年、ビッグイシュー125号でも「日本、なし崩し開国の悲惨― 外国人労働者のいま」として特集(完売)
※1 09年、ビッグイシュー125号でも「日本、なし崩し開国の悲惨― 外国人労働者のいま」として特集(完売)
近隣社会も放置
見えない存在にし長時間の拘束
ブラック企業に餌食のケースも
ここで一度、技能実習制度の歴史を振り返ってみよう。
きっかけは80年代の後半。すでに人手不足で悩んでいた日本で外国人労働者の受け入れ議論が始まっていた。
「当時からヨーロッパの経験が参照されたのですが、ドイツなどで受け入れが行われた際、外国人労働者は『労働力である前に一人の人間であり、生活の問題や子どもの教育などについても社会のサポートが必要になる』との理解が広がりました。ところがこれを受けた日本の議論は『外国人労働者の定住は社会的なコストにつながる』とされた上、保守派の『とにかく外国人は嫌だ』という影響もあり、正面から『外国人労働者』を受け入れるという流れにはなりませんでした」
その後、日本政府は定住につながる「外国人の単純労働者は認めない」という姿勢を堅持し、利用しやすい労働力の確保を模索し始めた。そこで90年に入管法を改正し、60年代後半から存在していた「研修制度」の枠組みで来日する外国人のための在留資格として「研修」を設けた。この研修制度の修了者が、継続して生産活動に従事できるよう93年に設けられたのが技能実習制度だ。
その結果、外国人労働者の受け入れに合わせて本来必要な労働環境の整備や生活サポートなどが整えられないまま制度が始まり、「実習生の多くは地域社会とのつながりも十分ないまま、職場に長時間拘束。日本社会で“見えない存在”となっていきました」。
もちろん、良心ある雇い主もいるだろう。しかし見えない存在が労働現場に送られれば、当然、それを悪用するブラック企業が現れる。実習生の多くは来日にあたり多額の借金や不当な契約をブローカーに負わされており(※2)、職場移動の自由も保障されていない。窮状を訴えれば受け入れ企業や監理団体に強制帰国させられてしまう実態などが報告されてきた。
「外国人労働者の定住を可能なかぎり阻止するという政府の姿勢が、実習生に劣悪な労働市場を離れて生きる権利を認めない状況をつくっているんです。実際、実習生は恋愛も妊娠も禁止され、妊娠がわかった場合は帰国を迫られるというケースが後を絶ちません。出産や子育て、教育を社会的コストとして捉え、きちんと手当てしてこなかった日本社会の反映とも感じます」
差別禁止、外国人住民基本法を。
私たちはすでに一緒に生きている
災害ボランティアでも活躍
そんな中、昨年末に成立した改正入管法では、新たな在留資格「特定技能」が創設された(図参照)。この中で3年以上の経験を持つ技能実習生は、試験を免除される形で新たに「特定技能1号」の在留資格を得られる仕組みになっており、技能実習から相当程度の移行が見込まれている。さらに一部の業界では、試験に合格すると「特定技能2号」も取得できる。
髙谷さんは今回の入管法改正で、3つのポイントにかぎって一定の評価を与えている。
「1つ目は『単純労働者は受け入れない』という建前を政府がやめ、『外国人労働者を受け入れる』と正面から表明したこと。2つ目は転職の自由を認めたこと。3つ目は『特定技能2号』で家族の帯同を認め、定住につながる道を開いたことです。しかし結局、2号を認める職種は非常に限定されてしまいました。今のままだと言わば、技能実習制度の拡大版。まずは技能実習制度を廃止し、特定技能1号も家族帯同できる形できちんと受け入れるべきです」
「最近、ヨーロッパの移民受け入れは『失敗だった』とまとめられることもありますが、移民が社会を支えていることも事実であり一概には言えません。日本だってこの30年間、まったく受け入れなかったわけじゃない。たとえば岡山県の総社市では、在日ブラジル人のスタッフを市役所の相談窓口に雇ったことで、数多くの外国人とつながりができ、新たなコミュニティが生まれました。西日本大豪雨の際には外国人コミュニティのメンバーがボランティアとして活躍するなど、地域社会の重要な担い手となっています。つい忘れてしまいがちですが、私たちはすでに彼らと一緒に生きている。多様な人たちが力を持ち寄り、どんな日本社会を作っていけるのか。強行採決で法案が通ってしまった今こそ、やらなければいけないことがたくさんあるはずです」
(土田朋水)
(プロフィール)
たかや・さち
1979年、奈良県生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科准教授。専門は社会学・移民研究。NPO法人「移住者と連帯する全国ネットワーク」理事。著書に『追放と抵抗のポリティクス 戦後日本の境界と非正規移民』(ナカニシヤ出版)。
Photo:草田康博
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