日本国内の農業従事者はこの9年で約90万人減少(※農林水産省、農業労働力に関する統計 より)。
「種子法」の廃止、農業従事者の高齢化など、小規模農家にとって明るいニュースはあまり聞かれない。

その一方で、今回ご紹介したいのがカリブ海の島国ジャマイカの取り組み。銀行口座すら持っていない小規模農家の生産性をアップさせようと、ブロックチェーン技術を使った融資を受けやすくする仕組みづくりが始まっている。



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ジャマイカのスタートアップ企業「ファーム・クレディブリ*1」が、ブロックチェーン技術を使った革新的な方法で小規模農家の支援に乗り出している。ジャマイカでは人口の多くが銀行口座を持っておらず、小規模農家も例外ではない。融資を受けたくても、金融機関から求められる担保がない。そこでこのスタートアップ企業は、ブロックチェーン技術を使って農家の生産実績を記録し、差し出せない「担保」に代わる農家としての「実績」を証明しようとしている。

創業者のヴァルン・ベイカーは言う。「弊社は農家の生産実績に基づく記録作成をおこないます。といっても、農家の人たちは農場での仕事を中断する必要はありません」
「弊社の強みはテクノロジーにあります。一般の人には難しく思えるかもしれませんが、これからのブロックチェーン技術の応用を考えると、とてもワクワクします」


「ブロックチェーン」とは分散型のデジタル台帳で、そもそもは暗号通貨ビットコインのために開発された技術。関連するさまざまな記録をデジタルデータとして繋ぎ、その情報は多くのコンピュータ間でオープンに共有・検証される。「分散型」、つまり情報は一箇所ではなく、多くのコンピューターやデータベース上で保管される。また情報には「タイムスタンプ」が押され、情報に変更があるとブロックチェーンに記録され、必ず他のデータベースも更新される。


このブロックチェーン技術を利用すれば、農家は市場の需要に応じて生産計画を立てられる。そして卸業者も、信頼できる実績ある農家から安心して仕入れることができる、というわけだ。

*1 Farm Credibly

農業分野でブロックチェーン技術を使ってできること

ベイカー率いるチームは、銀行口座のない農家の人たちが融資やマイクロ投資*2 を受けられるようになるツール開発というアイデアで、2017年の「ブロックチェーン・ハッカソン*3」で優勝、2018年には「アグリハック*4」というコンペでも勝利した。

*2 貧困層や低所得者層を対象に、困窮緩和を目的として行われる金融サービス。小規模な企業や事業に小口で投資できる手法。
*3 IBM社とジャマイカの金融機関National Commercial Bankの共同主催。
*4 農業農村技術協力センター(CTA)の主催。

「プレゼンでは、ブロックチェーン技術を利用することの価値をできるだけシンプルに伝えました。ブロックチェーンは情報の統合を実現するもの。ジャマイカの作曲家がうまい言い方をしています。『一部の人をある一時だますことはできるが、すべての人をずっとだますことなどできない』。これこそ、私たちが農業にもたらしたい価値です」


10年前にも農家の人たちと仕事をしていたベイカーは、携帯アプリを使った生産・作業管理を強く勧めた。だが多くの農家は、畑でモバイル機器を使うこと、インターネットにつなぐことに乗り気でなかった。

そこでベイカーは考えた。新しいブロックチェーン技術を使えばアプリを使わずに済むと。農家の人たちは、現行のやり方を何一つ変える必要がない。ファーム・クレディブリ社では、農家がすでに取引をしている卸売業者、バイヤー、農産物加工業者、ホテル、スーパーマーケットなどが持っているデータをもとに、農家の生産記録(プロファイル)をつくっていくのだ。


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©  Pixabay

「弊社では、関連企業が持つ情報を使って、農家に代わってプロファイルをつくります。銀行で融資を受けようとした時に、この情報があると手続きがスムーズになります。銀行口座を持たない、つまり信用履歴のない人たちには、とても有効な方法です」


「私の経験上、金融機関は農業を“リスクの高い”ビジネスと見ています。私たちが農業分野におけるリスクを減らそうとしていることを、もっと多くの人に知ってもらいたいです。農業は世界的に大きな経済的価値を提供しているのですから」


という彼は現在、農業農村技術協力センター(CTA)とジャマイカ開発銀行から提供された資金で、農家への融資促進がいかに生産性向上に繋がるかを実証するモデル事業を進めている。

小規模農家の一人ケビン・ブキャナンは、担保がないために融資を受けられずにいた。「足かせは資金を得る方法です。私だけではなく、多くの農家がこのジレンマに陥っています」。しかし、Farm Credibly社により彼の生産実績をデジタル的に可視化させたことで、385ドルのマイクロ融資を受けることができた。おかげで必要な用具を購入し、苗木栽培を始めることができた。


「以前は0.25ヘクタールの畑でさつまいもを栽培していましたが、ブロックチェーン導入後は1.11ヘクタールに増えました。おかげで、他の農家に苗木を提供できるようになり、その収入で灌漑装置を購入し、トウガラシの栽培も始められるようになりました」
「テクノロジーを活用すれば、同じリソースでもより効率的に作業できるようになります。収入が増え、ビジネスが成功する確率も上がる。言うことなしです」


Farm Credibly社の代表ヴァルン・ベイカーが語るブロックチェーン技術を農業に活用するメリット


世界で20億人が銀行口座を持っていない。急がれる途上国の金融包摂

世界銀行は、金融サービスの利用に関する2018年度報告書の中で、スマートフォンやインターネットのおかげで「金融包摂*」がすすんでいるものの、世界的にはいまだ20億人近い人々が銀行口座を持っていない。だが、そういった人々の3分の2は携帯電話は所有しているため、それらを活用して金融サービスへのアクセスを促進していけるだろうと述べている。その一方で、依然女性より男性の方が銀行口座を持っている率が高いことも指摘されている。

*基本的金融サービスへのアクセスへの問題を解消し、これらのサービスを受けられるようにすること。


農業食品に関するスペインの研究機関「Institute of Agrifood Research and Technology (IRTA) 」の研究者らも、ブロックチェーン技術によって、信用情報を持たない人々が(銀行などの仲介を通さず)金融取引に加われるようになると主張している。

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写真:Busani Bafana/IPS
ジンバブエのNyamandlovu地区のトウモロコシ農家。
金融包摂を目指したサービスでアフリカの小規模農家の生産性向上をはかる。

ブロックチェーン技術はとりわけ発展途上国に有効だ。途上国の食料供給の8割方は小規模農家が担っているというのに、彼らは保険や銀行、基本的な金融サービスにほぼアクセスできないでいるのだから。例えば、年金や社会保障給付金、公務員の給与をそれぞれ対象者の口座に直接支払うことで、世界全体で1億人の成人(うち9500万人は発展途上国の人々)が一般的な金融サービスを利用できるようになると世界銀行は試算している。

ブロックチェーンによる農業分野の変革事例と今後の可能性

農業農村技術協力センター(CTA)が発表した2018年度報告書でも、現行プロジェクトからもブロックチェーン技術が農業にもたらす効果が確認されていること、将来的にブロックチェーンが大きな可能性を秘めているという研究者らの見解を紹介している。

例えば、オーストラリアの企業「AgriDigital」では、2016年12月より、世界初となるブロックチェーンを活用した穀物販売サービスの提供を開始。今ではユーザー数3,600人を超え、その取引穀物量は853万トン以上、取引額は1,677万豪ドル(約1200億円)と急成長を見せている。




ブロックチェーンのさらなる活用には、さまざまな障害や困難があると懸念する研究者らの声もある。いわく、小規模農家には自分たちでブロックチェーンに投資するほどの専門知識がない、ブロックチェーン自体の認知度が低いためトレーニングを受けられる機会が少ない、また今後は規制の壁ものしかかってくるだろうと。とはいえ、この技術が農家に多くのチャンスをもたらす力を秘めていることも事実だ。


By Busani Bafana
Courtesy of Inter Press Service / INSP.ngo

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