昨今のギリシャには極右が台頭し、ネオナチ派の議員が出現している。これまでは家庭や地域、学校などの狭い範囲で、あくまで水面下で存在してきた極右思想が、今や日常生活にまで入り込んでいるらしい。顔の見えない、音もしない奇妙な動きをPoka-Yio(*)は「不気味」と言いつつ「でも彼らはアートプロジェクトなどやりません」と皮肉る。

*Poka-Yioは2007年から開催されているアテネ・アートビエンナーレの共同創設者でアーティスト
http://bigissue-online.jp/archives/1076340485.html


人種差別に表だって異を唱える者たちが、危険な目に遭うこともある。左派・右派の二極化に関する議論も、新聞・雑誌の論説記事で展開される代わりに、難民や政治色の強いラッパーの殺害といったかたちをとることがあるのだ。2018年9月には、クィア活動家でドラァグクイーンのZackie Ohが路上で殺害され、街はいまだに深く傷ついている。

一方、セクシャルマイノリティのコミュニティはかなり存在感があり、社会が良い方向へ進む力になっているとPoka-Yioは言う。「事態を大きく変えられるのは自分たちだ」「人間であることの限界を探求しよう」彼らが保守的なギリシャ社会を変える起爆剤となってきた。その甲斐あって、2017年、ギリシャ議会は世界で最も進歩的といえる反差別法を承認。15才から自分の性別(ジェンダー・アイデンティティ)を選べるようになったのだから。

空き家を活用してクリエイターが集うスペースを運営

アテネの中心地からほど近い一角では、女性たちによるクリエイティブな草の根プロジェクトが数多く展開されている。

その一人、ナタッサ・ドラーダは、財政危機が起きた当初は通りを歩くだけで惨めな気分になったという。空き家がどんどん荒れ果て、ホームレスの人々がたむろするようになり、一日中毛布にくるまって寝ていた。この街では将来に楽観的になれることなどもうないだろう、そう感じた時期もあった。

が、皆の力を合わせればどうにかなるのではと考えたドラーダは、ある老夫婦を説得し、彼らが所有する屋上と中庭付きの小さな物件を保存するアート・プロジェクトに着手。志を同じくする者たちを集め、「現実を見よ。恐れるな」というマニフェストを記した。皆の力をあわせてコトを起こそうとの思いを込めて、このスペースに「Communitism」という造語をあてた。

ここでクリエイターたちが集うオープンコミュニティが開催されるようになって3年が経つ。最大60名にもなるメンバー全員でこのスペースを盛り上げてきた。映画上映、ワークショップ、難民向けの無料バザー、シリア・アフガニスタン・クルディスタンなどから来たアーティストが作業できるスタジオもある。部屋にはZackie Ohのポートレート写真が掲げられ、壁には「アートが我々の魂をつなぐ」と書かれたポスターが貼られている。
*CommunitismのInstagram

共同運営者のエンジェル・トルティコリス(彼もドラァグクイーン)は、急速に変化しているアテネの日常にあって、アートは実践的かつ多機能的ツールになっていると言う。社会的でありながら個々人にも寄り添う「人間的な潤滑油」だと。

02
ドラァグクイーンのあり方を変えているエンジェル・トルティコリス
photo by Myrto Papadopoulous


そもそもアートは、われわれが世界を頭で理解するのを助けてくれるだけではない。歌であれ絵画であれインスタレーション作品であれ、観賞者がこれまで知らなかった、又は意識したことのなかった感情を与えてくれる。デンマーク生まれのインスタレーション・アーティスト、オラファー・エリアソンも2016年の世界経済フォーラムのスピーチで「アートは常にこの “転機となる体験“ を探っている」と述べた。

そもそも、これだけ多くの言語・考え方・文化があるなかで私たちはどうコミュニケーションすべきなのか? エンジェルの答えはこうだ。「互いの全く異なるストーリーを語り合う上でアートを用いるのです。それはまた、常に“動いている” この街において、自身を知り、どう行動すべきかを学ぶ手段にもなります」

親子で性差ステレオタイプの問いに直面する、かわいいフワフワ空間

アーティストのアンティゴニ・ツァカロポウロウ(Antigoni Tsagkaropoulou)は「固定観念」の問題に取り組んでいるが、そのやり方はあくまで親しみやすいもの。

ユネスコが実施する「World Book Capital 2018」 にアテネが指定されたことを祝して、アートスペース Atopos CVCに彼女の大きなインスタレーション作品「フワフワ図書館(Fluffy Library)」がつくられた。フロアいっぱいに広げられたもこもこのモンスター、名前をフラッフィーという。

11
「フワフワ図書館」とアーティストのアンティゴニ・ツァカロポウロウ
photo by Myrto Papadopoulous


多くの家族連れがこの空間を訪れたが、新聞記事によると彼らはアートやクィアの人々の活動にあまり知識のない人たち。特に“性差が流動する空間”を求めてやってきたわけではなく、あくまでこの空間の写真を見て興味をもったから足を運んだのだそう。モンスターがいておとぎ話が読める、子ども連れにはぴったりのコースだから。

私たちが訪れているあいだも、幼い子どもたちが部屋から部屋へと歩きまわり不思議そうにしていたり、ユニコーンのぬいぐるみをぎゅっと抱いたり、パパやママと一緒に大きなクッションに飛び込んだり、絵本を読んだりして過ごしていた。

でもここのユニコーンには髭とオッパイがあるし、クッションは“女性”を彷彿とさせるかたちだ。子どもが手に取る絵本には、クィア・カップルが卵を生む話、赤ちゃんが万人の平等を要求する話、アクティビストの話などが書かれている。

09
ジェンダーの固定観念に対抗するクィア・ポップスター Lycurgus Prfyris 
photo by Myrto Papadopoulous

「こうしたお話を読んで、おもしろいわね!となる親御さんが多いです。これは何?と子どもに訊かれて、親の方がしどろもどろになることも」。虫にも見えるけどもしかしたら人間のからだの一部かな?と問いかけてみたり。とにかく見た目はマクドナルドのハッピーセットに入っていても違和感ないくらい可愛らしい。現に、子どもの誕生日プレゼントにしたいとの問い合わせも少なくないそう。

相手が子どもとなるととかく、クィアやフェミニストといった話題はタブーなだけでなく危険扱いされがちだ。今回の展示で期待を上回る手ごたえを得たアンティゴニは、「私はアートと政治的行動の境目をあくまで軽いタッチで扱っています」と語った。鑑賞者に何かを強いるのではなく、フワフワの楽しい空間で、難しいテーマに気軽に触れてほしいのだと。薬物問題も取り入れた子ども向けワークショップもまもなく開催する予定だ。

http://atopos.gr/textme_fluffylibrary/

アートだからできること

「危機にさらされているところなら、世界中どこでもアテネのようになりうる」と言うのは アテネ生まれのパフォーマンスアーティスト、ジョージア・サグリ。彼女は、“ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)*8”の発起人としても知られる。

03
ジョージア・サグリとアーティストのマリア・ロドリゲス:アートは仕事でもある
photo by Myrto Papadopoulous



「アテネが切り抜けてきたテーマは、この先何十年にも渡って、私たちアーティストを”占拠”するでしょう」。彼女自身、その開かれた議論に加わり、主張の策定に関わっていきたいと考えている。

*8 2011年9月にウォール街で発生したアメリカ経済界、政界に対する一連の抗議運動。

10年以上のニューヨーク生活を経て故郷アテネに戻った彼女だが、それはホッと落ち着ける場所への帰還ではなく、むしろその逆だった。「女性アーティストが快く受け入れられていると感じられることはありません。いつだって異質な存在です」

サグリいわく、この時代の核となる問題は、政策立案者の行いをわれわれがどう理解するか、われわれの代表は誰なのかです。彼らはどんな人物なのか?誰が誰を代表するのか、それはなぜなのか、今何が起ころうとしているのか?

「物事がどう表現・理解されているかを解析するのがアートが成すべきことであり、義務なのです」とサグリは言う。

アートには新しいものを探し出す力があるが、そのプロセスも大事。まっすぐの線が書けるまで、ちゃんと音が鳴るまで、練習を積む必要がある。

われわれが置かれている日常の現実 − 社会的・経済的・感情的なものであれ − が政治に反映されていない今日、「アートならさまざまな声を表現できる。できるだけ多くの言語が表現されることを可能にする」とサグリは言う。

世界はアイデア・創造・情報に溢れているにもかかわらず、人々にはそれらを視覚化する時間がない。そこで原動力になるのがアートだと。というのも「アートは新しい言葉の存在を信じているから」。

「私たちは制作と再現、作品と観賞者、アーティストと一般人といった二元性を解消しようと試みています」サグリが締めくくった。

By Yvonne Kunz Translated from German by Catherine Castling Courtesy of Surprise / INSP.ngo クレジット All photos by Myrto Papadopoulous

「アート」関連記事

「路上生活になっても持ち歩く大切なもの」と「ホームレス人生すごろく」を展示 - ポートランド美術館の挑戦

『ビッグイシュー日本版』アート関連号

THE BIG ISSUE JAPAN371号 スペシャル企画:草間彌生 372_SNS用横長画像
http://www.bigissue.jp/backnumber/371/