少し前、SNSの一部のユーザーのあいだで「日本のホームレス人口が激減している」ことが話題になった。たしかに、2003年の厚生労働省調査で全国に25,296人確認された路上生活者は、2019年の最新調査では4,555人となっている。しかしこの数字で注意したいのは、「日中の」「路上や河川等で」調査した結果としては減少傾向にあるというだけで、必ずしも「定まった住居を持たない」人の実数ではない点だ。


市民団体「ARCH」が深夜に実施したカウント調査では、東京都が昼間に行う調査の約 2.6 倍の人が野宿状態にあるという実態を明らかにした。そもそもホームレス状態の人は、確固たる「拠点」もなければ、行政に届け出るわけでもない。時間帯に応じてより安全な場所に移動するため、実数の把握はかなり難しいのだ。(現時点では「ARCH」カウントでもネットカフェなどで寝泊まりしている人は計測できていない)

紺色らいおんさんによる写真ACからの写真
紺色らいおんさんによる写真ACからの写真 


何事も問題の解決には現状把握が大切なのに、それすらも難しいのだ。さらに米国の場合は、広大な国土に50万人規模で路上生活者が存在する。2年に1度、路上生活者を目視カウントする調査を実施しているが、この手法でしっかりと実態を把握できているのか。『Street Spirit』誌の編集者アレスタ・ブーンが調査に参加した実体験をもとに記事にした。

***

米国全体のホームレス人口を数える「PIT調査」は、1月末の早朝に行われる。2003年から始まり、2年毎に実施されている。カリフォルニア州アラメダ郡で実施されたPIT調査には、私を含む約600名のボランティアが参加した。

アラメダ郡の調査を担当するNPO「EveryOne Home」のイレーン・デ・コリグニー事務局長は言う。「ホームレス問題の現状を理解し、より良い支援を提供していく上で、この調査結果はとても役に立ちます」


路上生活者を一人ひとり目視カウントしていくのだが、当NPOではテントや車上生活者を考慮し、「乗数方式」を用いている*1。さらに、若者ホームレスに絞ったデータや人口統計情報(健康状態・兵役歴・住宅の有無歴など)の調査も実施。これらのデータを合わせて「PIT調査結果」として連邦政府に報告している*2 。

*1 目視カウントではテントや車の中で生活している「人数」まで確認しにくいため、事前にアウトリーチチームがこれらの形態で暮らしている人たちの世帯人数を調査。目視カウントで人数を把握できないケースには、この平均人数を適用する。

*2 2019年度調査ではアラメダ郡全体で8,022人の路上生活者が確認された。2017年度調査から2,393人増(+43%)。

mifnerによるPixabayからの画像
mifnerによるPixabayからの画像

PIT調査では実際より数が少なくなる理由

しかし、このPIT集計数と実際の数には大きなギャップがあるとの見方が強い。実際の半数かそれ以下ではないかと言う専門家もいる。なぜ信頼できるデータを収集できないのか? 夜明け前に数時間かけてオークランド市内をまわった私には、その理由が見えてきた。

1月30日、夜明け前に起きた私は、もう一人のボランティアと案内人との3人チームにアサインされた。案内人は今現在もホームレス状態にある男性で、私たちに路上生活者が多いエリアを教える任務を負っていた。より正確な結果を得るため、EveryOne Homeでは今年、彼のような案内人を時給15ドル(約1600円)で約150名雇ったのだ。

私たちは早朝5時半頃に車で出発した。メリット湖の裏手にあたるイーストオークランドの住宅街全体をくまなく見てまわる計画を立てた。担当エリアが色付けされた地図と、見つけた路上生活者の情報(性別、年齢、居住形態など)を記入する集計表をもらっていた。「PITカウント」の手法は市によって異なり、ボランティアが路上生活者に直接話しかける地域もあるが、アラメダ郡では路上生活者を見つけても一切話さないようにとの指示を受けた。

SPT_Counting the homeless_1
写真:Alastair Boone
アラメダ郡の2019年度PIT調査でボランティアに配布された集計シート 



外はまだ暗い。ゆっくり車を走らせながら、車のヘッドライトが建物と建物の間を照らし出す。見落としがないよう十分に気をつけながら、通りをぐねぐね曲がっていく。時には車を降り、公園のベンチや遊具の後ろなどもチェックした。橋のたもとに茂みがあれば、のぞいてみたりもした。


早朝出勤でバスを待つ人たちやパジャマ姿で犬の散歩をする人などを見かけた。空き缶がいっぱい入ったゴミ袋を手にした高齢の女性が歩いていたので、もしかしてと思ったが、「彼女は違う」と案内人が断言したので、カウントしなかった。

Alina KuptsovaによるPixabayからの画像
Alina KuptsovaによるPixabayからの画像


3時間の調査時間が経過、市役所に集計結果を提出する時間になった。我々の集計シートは白紙のままだった。「一人くらい見つけたことにしたいなら、ごみ箱に潜り込んだ私を見つけたことにしますか?」案内人が冗談を言った。

ホームレス問題の深刻化を受け、国連から “人道的危機の街”*3 とされたオークランド市で、どうしてこんな結果になるのだろう? 一つには、この街における地域格差もあるだろう。私たちが担当したのは比較的裕福なエリアだったので、坂道には 少なからずBMWも停まっていた。しかし、人目につかないところにいる多くの人たちを見逃しているかもしれない。建物のくぼみや車上生活者、もしくは友人・知人宅のソファーや床で寝泊まりしているような人たちを。

*3 UN report calls Bay Area homeless crisis human rights violation
国連報告書(2018年10月発表)ではベイエリアが世界の貧困都市並みにひどい状態にあり、そのホームレスコミュニティの有り様は人権侵害レベルにあたるとされた。

IMG_0614
(c)THE BIGISSUE ONLINE


あえて極寒時に調査をおこなう意図とは

PIT調査では故意に数値が少なくなるところがある。住宅都市開発省は、この調査を1月下旬の10日間のどこかで実施することを義務づけている。そうすれば、月末になるとシェルター代が払えなくなる “周期的な” 野宿生活者をカウントできるから。また、一年で最も寒いこの時期に実施することで、路上生活者の困難への人々の意識を高める効果もあり、調査に協力してくれるボランティアを集めやすいという事情もあるようだ。

しかしホームレス支援者らは、真冬に調査を行うことでカウント数が実際より少なくなると反論する。ホームレス連合団体「Coalition on Homelessness」の人権活動担当者ケリー・カトラーは、「極寒時は人目のつかない所に避難する人たちも多いので、冬の早朝に実施しても路上生活者を見つけにくい」と言う。

路上の目視調査と、教育委員会による子どもの調査結果に74万人もの差?

PIT調査結果と、教育委員会が発表する数字にも大きなギャップがあることも度々指摘されている。2019年、PIT調査では全米のホームレス数は56万7,715人*4 とされたのに、教育委員会が発表した最新の全国調査では、公立学校に通っているホームレス状態の子どもの数は135万5,821人*5 だった。

*4 New Homelessness Numbers Reflect Uneven Progress, Increased Urgency
*5 FEDERAL DATA SUMMARY SCHOOL YEARS 2014-15 TO 2016-17: EDUCATION FOR HOMELESS CHILDREN AND YOUTH


この大きな食い違いの一因は、PIT調査と教育省で “ホームレス状態” の定義が違うことにある。 PIT調査では文字通り“家のない” 子どもだけをカウントするのに対し、教育省では「住まいがない、経済的困難もしくはそれ相応の理由で他の人と住まいを共有し、モーテル・ホテル・トレーラーハウスやキャンプ場などで生活している子どもたち」も含んでいるのだ。

社会正義を掲げたオークランド拠点の組織「デルムス・インスティチュート」のマーガレッタ・リン事務局長は言う。「ホームレス問題がまん延していることは周知の事実ですよね? なのに、その本質を理解しようとしないなんて、ひどい話です」

Alexas_FotosによるPixabayからの画像
Alexas_FotosによるPixabayからの画像

連邦政府からはホームレス支援事業の成績に応じたボーナス金

しかし、自治体に割り振られる補助金は、一夜に集計するPIT調査の結果に大きく左右されているのが現状だ。資金援助を受けたい自治体は、2年毎に調査を実施することが義務づけられている。一方、連邦レベルではこの関係が全てではない。

「ホームレス支援事業の “成果”に応じて、連邦政府からボーナス金が出ることもあるのです」とデ・コリグニーは言う。過去に受け取った補助金で十分な実績を上げたとみなされると、追加の資金援助をもらえる可能性があるのだ。その成果は、PIT調査による定性データを用いて評価される。PIT調査の実施後に、EveryOne Homeのような支援団体が次のような質問に回答するのだ。

・保護したホームレス人数は増えたか減ったか?
・住まいのない人の数は増えたか減ったか?
・前回調査時よりシェルター滞在期間は長いか短いか?
質問ごとに異なる重点がつけられている。これらの回答を都市住宅開発省に提出すると、地域ランキングが発表され、それによって補助金の増減が決まるのだ。2019年1月、アラメダ郡は2017年度のPIT調査データに基づき、3,350万ドル(約36億円)を受け取った。

一時点調査をギャップ分析などで補完すべき

PIT調査結果として実際より少ない人数が報告されることは、ホームレス問題の語られ方を歪めることになり危険とも批判されている。

例えばユタ州では2015年、慢性的なホームレス問題を解決できたと公表した。PIT調査の数字を踏まえ、慢性的にホームレス状態にある人々の数が「機能上ゼロ(functional zero)*6」になったと。しかし実のところ、すべての路上生活者にベッドを提供しきれているわけではなく、依然、ホームレス危機は続いていたため、その “成功事例” には訂正が必要となった。

*6 住宅危機にある個人の数が、彼らが利用できる長期的住居の数と同じ又は下回ること。

「自分たちのホームレス支援の“成果” を示すため、実態とは異なるPIT調査結果を報告する。これは政治的な問題です」

PIT調査では正確なホームレス人口を把握するのは不可能という考えに、デ・コリグニーは賛成だ。「PIT調査はある一時点だけをカウントするもの。組織的な対策を検討するには、一年以上の月日をかけて支援が必要な人数を把握すべきです」

とはいえ、PIT結果も重要な基準にはなるし、他のデータと組み合わせることでさらに役立つものにしていけるとも考えている。「PIT調査では実際より少ない数になるとの見方は変わりませんが、状況の変化を把握する上では役に立ちます。同じ調査方法を使うことで、長期的な傾向が見えてきますから」と述べ、ギャップ分析*7 などのデータと組み合わせることでより全体像が見えてくると言う。

*7 理想と現実の差異を「課題」と捉え、理想を達成するために何が必要なのかを分析する課題抽出法。

EveryOne Homeではアラメダ郡にどういった支援が足りていないかを洗い出すべく、独自のギャップ分析を実施。その結果、「ホームレス予防対策」「路上アウトリーチ支援」「補助金付き長期住宅」「長期支援住宅」が不足していることが分かった。このように、PIT調査で支援対象者の人数を割り出し、ギャップ分析で具体的な支援内容を把握することができれば申し分ない。


aga2rkによるPixabayからの画像
aga2rkによるPixabayからの画像


PIT調査の朝、私たちの担当エリアから数キロ離れた場所で調査をしていた友人チームは、全く違う局面に立っていた。3時間で123人もの路上生活者をカウント、担当エリアを周りきらないうちに時間切れになり、実態を把握しきれないまま結果を報告することになったのだ。
調査を終え、私たちの案内人が言った。「一人の路上生活者も見なかったのはおかしい。こちらのチームで見逃してる分、他のチームでカウントされてるのかな」

By Alastair Boone

参考
Alameda County homeless count & survey comprehensive report 2019



ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?

ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。

上記の記事は提携している国際ストリートペーパーの記事です。もっとたくさん翻訳して皆さんにお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。

ビッグイシュー・オンラインサポーターについて

関連記事

深夜の路上ホームレス人口調査ーARCHによる「東京ストリートカウント」

排除ではなく、居場所を。「アート×ホームレス=2020 and beyondの東京を考える」より


『ビッグイシュー日本版』の関連特集
THE BIG ISSUE JAPAN364号
ホームレス支援をアップデートする――稲葉剛ゲスト編集長
354号SNS用横長画像
https://www.bigissue.jp/backnumber/364/


ビッグイシューは最新号・バックナンバーを全国の路上で販売しています。販売場所はこちら
バックナンバーの在庫が販売者にない場合も、ご注文いただければ仕入れて次回までにご用意が可能です。(バックナンバー3冊以上で通信販売もご利用いただけます。









過去記事を検索して読む


ビッグイシューについて

top_main

ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。