トレンド発信地・シリコンバレーで、2019年後半あたりから注目を集めているものに「ドーパミン・ファスティング(ドーパミン断ち)*1」がある。サンフランシスコの心理学者キャメロン・セパ博士が提唱したもので、食事やセックス、飲酒、SNSなどへの接触を一時的に断つことで、「快感」を生み出す脳内化学物質ドーパミンの分泌を減らそうというのだ。
そうすることで脳が「リセット」され、物事を新鮮に捉えられ、より深く洞察できるようになる効果がある、と熱心な実践者たちは信じている。極端な例では、社会的なつながりをすべて絶ち、他者とのアイコンタクトまで避けようとする人も出てきているとか。
実際にはどれほどの効果があるのだろうか? レディング大学のシアラ・マケイブ准教授が、「脳の報酬系」研究者としての見解をオンラインメディア『The Conversation』に発表した。
ドーパミンは神経伝達物質で、脳内で作られる化学的な「メッセンジャー」だ。脳内を行き来し、運動調節・記憶・興奮といった機能に関する信号を送る役割を果たしている。「脳の報酬系」にとっても非常に重要で、基本的には食事やセックス、ドラッグなどの “報酬(快感)” を得ることで活性化される。
ドーパミンの分泌が不足すると、パーキンソン病のような障害をもたらすこともあり、筋肉の硬化、からだの震え、発話や歩行の困難といった症状が起こりうる。
大切なのは、脳の報酬系は時間が経過するにつれ「学習」することができるという点だ。すなわち、実際に報酬を得られなくても、それを得られる「トリガー(きっかけ)」があればドーパミン分泌が活性化されるのだ。例えば、ケーキ屋に行って甘い物のことを考えるだけで(実際にケーキを食べなくても)脳内にはドーパミンが放出される。このように報酬を待ちわびる=「欲する(wanting)」感情を引き起こしているのがドーパミンなのだ。
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ドーパミン分泌を減らすことで欲望も減らせるのか?
ではなぜ、人間の脳にとって重要な働きをするドーパミンを減らそうというのか?
「ドーパミン・ファスティング」の根本にあるのは、ドーパミンが不健康な依存性のある行為に関係しているという考えだ。しかし前述のとおり、「欲する」感情を引き起こしているのがドーパミンだ。例えば、ある薬物依存患者が、もう薬物は使用しないと決意したとしても、本人が薬物を思い出してしまう場所に立ち入ると、脳の欲するシステムが再稼働し、薬物に手を出したいという強い欲求に襲われてしまう。ドーパミンの分泌量を減らせば、望ましくない行動への欲望をも減らせる、と実践者らは信じているが、欲望がある時点でドーパミンは分泌されてしまっているのだ。
TumisuによるPixabayからの画像
報酬そのものよりもトリガーを見直すことが重要
結論から言うと、脳内のドーパミン量をなくすことは可能であっても決しておすすめはできない。それに、特定の報酬(SNSなど)を禁止するだけでは、ドーパミン自体の分泌レベルが下がることはない。したがって、「ドーパミン・ファスティング」により脳が “リセット” されるという考えは正しくないし、どういう状態をもって “リセット” なのかも分からない。神経科学的な見地からは今のところ ”ナンセンス” と言うしかない。
ただ、「報酬」と関連づけられた「トリガー」への接触を減らすことで、ドーパミン分泌活動のきっかけを減らすことは可能だ。トリガーに触れることで報酬を「欲する」感情が生まれ、結局は報酬を得るための行動につながりやすくなるからだ。
たとえばSNSの長時間使用や過食など問題ある行動を控えたいなら、そうした行動への欲求を引き起こす「環境要因」に触れないようにすることから始める。極力「トリガー」となるものを取り除くことで、「欲求」を刺激する信号を発せられにくくするのだ。
Robert CheaibによるPixabayからの画像
夜、一人で過ごしているときにスマホばかり触ってしまうのなら、通知音を切ってみよう。ドーパミン分泌を活性化する「トリガー」がなくなり、チェックしたい欲求を刺激するシグナルが発せられなくなる。また、夜な夜な飲み屋を渡り歩いてしまう人は、映画館など別の場所で過ごしてみる、といった具合に。
不健全な行動に溺れてしまうのは薬物依存の症状と似ている。その行動に多くの時間を費やし、心身に害があろうとその行動を続け、やめたくてもやめられず、仕事や学校、家族をないがしろにする…やめようとすると禁断症状(ふさぎこむ、怒りやすくなる等)が出ることもある。
「我慢」するのではなく、「したい」と思わない状態に自分を置く。それこそが「ドーパミン・ファスティング」が目指そうとしている状態への早道であろう。
By シアラ・マケイブ(レディング大学准教授)
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo
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