ビッグイシューでは、ホームレス問題や活動の理解を深めるため、教育機関や各種団体などに出張して授業をさせていただくことがあります。今回訪れたのは、いつもより少し足を伸ばした愛知県の名古屋大学。「メディア社会論」という講義で学生たちと対話の機会を持ちました。
「“自分の想像できる世界”の外を見せたい」/小川明子先生
まずは授業を企画された名古屋大学情報学部の小川明子先生に、ビッグイシューに講演を依頼した理由をお聞きしました。「私が学生の頃、福祉の授業で先生が知的障害の方の施設に連れて行ってくださったことがあるんです。こんなに自分の知らない世界があるんだ、ということに衝撃を受けました。その時のことがずっと頭の片隅にあり、自分が知らない社会を生きている人たちの声を聴く機会を持ってもらいたいと思っていました」
そんな小川先生の学生時代の経験に、ご専門であるメディアという観点も加わります。
”メディアで見ない世界”を可視化したい
「私の『メディア社会論』の授業は、メディアが社会の中でどういう役割と課題を持っているかを体験的に理解し、当たり前だと思っていることを改めて考え直してもらうことを目的としています。”メディアが描き出す世界”が、”擬似環境”と言って、人々が意識する世界像はその影響を強く受けます。だとするならば、ホームレスについて触れる報道は多くはないですし、ホームレスの人たちを実際に目にしてはいても、人々の意識の外に置かれがちです。学生たちにはその“外の部分”が、新たなメディア経験によって可視化される経験をしてもらいたい…と思っていました。
そんなとき、ビッグイシューさんの灘中学の講演をSNSで拝見して、こういう授業をしていただけるといいんじゃないか、と思って連絡をさせてもらいました。」
参考:灘中学の生徒に「格差社会と自己責任論」について、ビッグイシューが出張講義
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授業では、まずはスタッフがビッグイシューについて話します。
「ビッグイシューは雑誌というメディアを作り、それを販売する仕事をホームレス状態の人達に提供すること、自立を応援する事業です」
学生の数人はビッグイシューを知っており、街角でホームレス状態の人を見かけたことのある人も、3割くらいいました。
続いて、ホームレスになる過程には様々な経緯があり、ホームレスという言葉は、家の無い状態を表すに過ぎず、その人自身を表すものではないこと、住所が無いことでコンビニなどにも働きたくても働けない社会構造などについて話します。
大阪←→名古屋大学をオンラインでつなぎ、ビッグイシュー販売者がサテライト登壇
スタッフの話が終わると、大阪事務所とインターネットで繋ぎ、淀屋橋担当販売者・吉富さんの登場です。「現場で話すのとは違う、独特な緊張感がありました」と感想を漏らされていましたが、臨場感のある話しぶりとホームレスという壮絶な経験談が、画面ごしであっても多くの学生を引き付けていました。「身近な友人や同僚、家族のつながりを大切にしていればホームレスにはならない」
吉富さんが学生へのメッセージを語ります。「皆さんはまだ大学生で、未来に何があるかわからないと思います。でも、身近な友人や同僚、家族のつながりを大事にしていれば、私のようには絶対にならない。だから身近なつながりを大切にしてください」
吉富さんは、学生たちに届くように、丁寧に言葉を紡いでいました。
吉富さんの話の後は、雑誌『ビッグイシュー日本版』を読んでグループで内容シェアするワークショップ。
小川先生が普段の授業でも各種ワークショップを取り入れておられるからか、学生も慣れているようで意見交換もスムーズです。
学生の皆さんからは、
「記事を読んで初めて海外で起こっている社会問題を知った」
「海外はホームレスを援助するマインドが社会にあるのがすごい」
などの感想があがりました。
「お金がたくさんあっても販売をしたいか?」学生からの質問
最後の質疑応答では、画面の向こうの吉富さんに質問が途切れなくあふれました。Q:販売のコツはありますか?
吉富さん:この仕事では、現場に決まって時間に行く、ということが大事だと思います。
編集部補足:ビッグイシューの販売の仕事は、あらかじめスタッフと決めた販売場所で、自分の売れると思う日・時間を自分が決めて販売することができます。 売れるか売れないかわからない状態、そして誰も自分を管理しない状況で毎日決まった時間に立ち続けるということはかなりハードルが高いことだと思いますが、吉富さんはそれを実践されています。
Q:いままでに危険な思いをしたことはありますか?
吉富さん そうですね、エスカレーターの上のほうで肩を押されて危なかったことはあります。それに、路上で寝ている時に、物を盗まれることもありました。
編集部補足:残念ながらホームレス状態の人たちは、盗難や襲撃の対象となってしまうことが多々あります。ホームレスの人たちに対する偏見がそうさせてしまうということも理由のひとつです。そのため、このような授業で得た知識を、学生の皆さんが友人や家族とシェアしていただくことは地道ながらとても重要です。
Q:女性のホームレスはいないのですか?
吉富さん たまに夫婦でホームレス生活をしている人は見かけますが、(一人でいる女性は)ほとんど見ないですね。
編集部補足:女性は体力もなく、1人でいれば危ない目にあうことも多く、路上に出た場合のリスクがとても高いこと、また、性産業が「寮つき」で貧困女性を囲い込むため、家のない女性が路上に出ることは少なくなっているようです。
参考:http://bigissue-online.jp/archives/1073643715.html
Q: いまお金がたくさん手に入っても販売の仕事を続けたいですか?
吉富さん:(少し笑って)はい。
ビッグイシューでは自主性を尊重していて、とてもやりがいがあるからです。
編集部補足:ビッグイシューは「路上脱出の機会を用意する」事業ですが、その過程においては「セルフヘルプ」といって自分のなりたい状態を自分で考え、何をやるかを自分で決めることを大切にしています。通行人の迷惑にならないように、などの最低限のルールはありますが、どう販売するか、何冊どの号を仕入れるかなどは本人の裁量で決めることができます。
授業後のアンケートには様々な感想をいただきました。
吉富さんの話からたくさんの勇気をもらった。自分もBIGISSUEを買ったことがあるが、販売者の話を聞く機会がなかった。すごく特別な経験でした。
「格差社会のどの階層のひとにも大きなストレスを受ける」 自分が上層に行ってもストレスは同様に受けてしまうというのが結構衝撃だった つらい思いをしている人に「自己責任だ」とは思わなくなってくれたと思う
授業後も小川先生に感想を伺いました。
「質問が途切れず出たのはすごくよかったなと思います。
でも、まだ、(もじもじして)聞けていない学生も多かったので、文字通り背中を押しました。本当は聞いてみたいと思うことがあっても、「失礼ではないか」「傷つけるといけない」と考えて率直に聞けない。その優しい遠慮や距離感みたいなものが、逆に言うと私たちが知らないままで、安全地帯から踏み出せない、踏み出さないこととも重なっている。今の日本社会とか、若者をある意味象徴しているなあ、と感じました。」
「ただ、どこまで響いたかはわかりませんが、見え方は確実に変わったと思います。私自身も、昔、何も知らない若者の頃は、ホームレスって怖いとか、どうして働かないんだろうと考えていました。
でもその人が置かれた環境や経験について少しでも理解する機会を持てば、世の中の周縁に暮らしている人に対して、ちょっとだけでも違う見方ができるようになるのではないでしょうか。今日の吉富さんのお話を聞けば、どこかで夜、寒いところでいらっしゃるホームレスの方を見たときに、それを「自己責任だ」とは思わず、それが社会的な構造による側面があるということは少なくとも分かってくれたのではないかと思います。
そうした社会構造について、当事者の声から考えることは、講義で説明をするのとは違うリアリティで彼らに伝わったのではないでしょうか。また、いわゆる産業としてのメディアだけではない人と人とのつながりとやる気を生み出す小さなメディアの形が、学生に提示できたことはよかったと思います。」
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格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします
ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。
小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/
参考:灘中学への出張講義「ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会/ビッグイシュー日本」
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より広くより多くの方に、『ビッグイシュー日本版』の記事内容を知っていただくために、図書館など多くの市民(学生含む)が閲覧する施設を対象として年間購読制度を設けています。学校図書館においても、全国多数の図書館でご利用いただいています。図書館年間購読制度
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。