国連の報告書「世界社会情勢報告2020」(1月21日発表)によると、世界人口の7割以上の人々が「格差」が広がっている国々に暮らしており、今後はさらに社会の分断が進み、経済的・社会的発展が妨げられるおそれがあるとのこと。 特に「所得格差」はほとんどの先進国および一部の中所得国*1 で拡大しており、これには世界一の経済成長を見せてきた中国も含まれる。
*1 所得が発展途上国よりも多いが先進国よりは少ない国々。世界銀行では一人当たり国民総所得(GNI)が約1000~1万3000米ドル弱を「中所得国」と定義。途上国から脱してもその後、貧富の差の拡大などにより経済が停滞する傾向を「中所得国の罠」と言われる。
報告書の前書きで、アントニオ・グテーレス国連事務総長は次のように述べている。 「世界は極めて不平等な厳しい現実に直面しています。 先進国でも途上国でも、経済的苦境・格差・雇用不安が大規模なデモ活動を引き起こしています。所得格差と機会の欠如によって、世代を問わず、不平等、苛立ち、不満の悪循環が生まれています」
ほぼすべてを所有する「1%の勝者」
調査によると、この変わりゆく世界経済において「勝ち組」となるのは最も裕福な上位1%の人たちで、1990~2015年にかけて100ヶ国中59ヶ国で所得シェアを増やした一方(2016年時点で20%)、下位40%の人たちは調査した92ヶ国すべてで所得シェアが25%未満だった。skeezeによるPixabayからの画像
格差が広がることによってもたらされるものの一つは「経済成長の減速」である。 医療や教育分野などで大きな格差がある社会では、人々は数世代にわたって貧困から抜け出せない傾向にある。 中国やその他アジア諸国が世界経済の成長をリードしている昨今、国家間の平均所得差は縮小しているものの、最も裕福な国と最も貧しい国・地域との間には依然大きな格差があり、例えば北米の人々の平均所得はサハラ以南アフリカの人々の16倍だ。
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世界的格差に影響を及ぼす4つの潮流
この報告書では、格差に影響を与えている社会の大きな潮流として、「技術革新」「気候変動」「都市化」「国際的な人口移動」の4つを挙げている。1. 技術革新
技術革新は経済成長を支え、医療・教育・通信・生産性などの分野で新たな可能性を生みだす一方、賃金格差の拡大や労働者解雇につながるというデータがある。生物学や遺伝学、ならびにロボット工学や人工知能分野における急速な進歩が急速に社会を変容させており、新技術によって特定の分野すべての仕事が無くなってしまう可能性もある。その一方で、まったく新しい仕事や革新を生み出すこともあり得る。しかし、いわゆる「第4次産業革命」の恩恵を受けるのは高度人材で、単純作業に従事する低・中程度スキル労働者の仕事は減っているのが現状ではある。
2.気候変動
気候変動が「生活の質」に悪影響を与え、環境悪化や異常気象の影響をもろに受けているのは社会的弱者であるというのは別の国連報告書「2020年世界経済状況・予測」にあるとおりだ。気候変動は世界の最貧国をさらに貧しくし、進みつつあった国家間の格差是正を後退させうる。
気候危機への取り組みが期待どおりに進んだとしたら、石炭業界など二酸化炭素排出量が大きい燃料分野の仕事は減るだろうが、世界経済の「グリーン化」によって新たに多くの仕事が生まれ、全体としては雇用増につながるだろう。
3.都市化
昨今の、農村部より都市部に多くの人が住んでいる状況は歴史的にも初めてのことで、この傾向は今後も続くと考えられる。 都市部は経済成長を促しはするものの、農村部より格差の度合いが大きく、大金持ちと困窮者が隣り合わせで生活しているところでもある。ただし一国の中でも、都市によって格差のレベルはかなり差がある。
4.国際的な人口移動
国際的な人口移動は、世界的に広がる格差の“強烈な象徴”であると同時に、適切な状況においては“平等をもたらす原動力” になりうる*2と説明されている。
*2 中国、インド、韓国では、海外移住の帰還者らが自国のソフトウェア産業やハイテク製造業の発展の立役者となり、国の急成長や格差緩和に寄与してきたことを指している。
国連によると、2000年には推定1億7400万人だった国際移住者の数は、2019年には2億7200万人にまで増えている。 低所得国よりも中所得国の方が多くの移住者を送り出しているというデータがある。 国際的な人口移動は、移住する当事者・移住者の出身国(送金を受けるため)、移民を受け入れる国すべてにとってメリットがあると一般的には考えられている。
移民が低スキルの仕事にひしめき合うようになると、賃金が下がり、格差が拡がるケースもあるが、人材が不足している分野のスキルを提供する、他の人たちがやりたがらない仕事に就くようなことがあれば、失業率の改善につなげられる。
インド・デリーでごみの山からリサイクルできるものを拾って生計を立てている人々
Dharmendra Yadav/IPS
状況好転も不可能ではない
持てる者と持たざる者との間の「格差」が世界的に拡がっていることは明らかである。だが今回の報告書には、この流れは "避けられないもの” ではなく、国内外からの働きかけによっては食い止めることができる、とも述べられている。上記4つの潮流が今後も社会の分断を深めていく可能性はあるが、4つの潮流を“活用” していくことで、より公平で持続可能な世界を目指すことも可能なのだ(国連事務総長も前書きでそう述べている)。
すべての人が公平に競い合える場を整備し、より公正な世界を創り出していく上で、各国政府ならびに国際機関はしっかりと役割を果たしていかなければならない。とりわけ政策を決める際には「格差改善」を中心に考えるべきである。例えば、新技術が持つ将来性を「貧困削減」や「雇用創出」に活用する。貧しい人たちが気候変動の影響に対処できるようにする。多様な人々が参加できる包摂的な都市づくりをすすめる。移民の受け入れが定期的に安全かつ所定の手順に沿って行われるようにする等だ。
報告書では、平等な国づくりを進める上で三つの戦略が提案されている。
・義務教育などを通じて差別なく様々な機会をつくること。国レベルでの行動も極めて重要ではあるが、世界レベルで広がる格差問題に対応していくには、「多国間の一斉かつ一丸となった行動」が必要だとも明言されている。
・失業や障害などの社会給付金を財政政策に組み入れること。
・弱い立場にいる人々の社会参加をサポートし偏見や差別をなくす法律を制定すること。
国連などの国際機関をより強化し、より公正な世界をつくりだすための行動も加速していかねばならない、と報告書は締めくくられている。
【補足】
人と地球により良い未来をもたらすための雛形『持続可能な開発のための2030アジェンダ』でも、「目標10: 人や国の不平等をなくそう」に格差問題への国際的な取り組みの必要性が提示されている。
By IPS
Courtesy of Inter Press Service / INSP.ngo
出典:
世界社会情勢報告書2020 (英語)
世界経済状況・予測2020(英語)
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格差社会の衝撃―不健康な格差社会を健康にする法(社会科学の冒険 2-6)
リチャード G.ウィルキンソン, 池本 幸生他
移民関連号
『ビッグイシュー日本版』379号
表紙&特集「“移民社会”を生きるヒント」
https://www.bigissue.jp/backnumber/379/
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