受刑者が釈放後にいかにして社会復帰するかー 再犯率の高さやホームレス化とも切り離せない問題でもある。イタリアでは、服役中の受刑者たちが「実社会」での仕事に従事*して技能を磨き、社会復帰の準備をすすめるプログラムが、特に「食」の分野で盛んだ。イタリアのストリートペーパー『スカルプ・デ・テニス』が取材した。



*イタリアでは刑法第21条により、刑務所の外で働く権利が認められている。 


「メイド・イン・プリズン(刑務所製)」、つまり受刑者らによって作られたモノたち。それ自体は目新しいものではない。その狙いは、出所後に “使えるスキル” を服役中に身につけさせることにあるが、イタリアでは特に「飲食分野」で盛んだ。受刑者向けのワークショップ等を企画・主催しているのは主に、ソーシャルビジネスを展開する民間団体。刑務所と農産品ビジネスとの橋渡しも行い、「メイド・イン・プリズン食品」のプロデュースに重要な役割を果たしている。

約6万人いる受刑者のうち実社会で働くのは4%
再犯率の低さは激減

1975年制定のイタリア法第354号には、「労働は受刑者の社会復帰を促進する教育の柱の一つ」「労働の機会と職業訓練の提供はあらゆる面において意義がある」と述べられている。 しかし、現実はまだ理想とはほど遠い。

現在、イタリア国内に約6万人*いる受刑者のうち、仕事をしている者は3分の1以下。しかも、そのうちの大多数は、掃除や調理、建物のメンテナンス、洗濯や買い出しなど「刑務所内」での仕事だ(参照:法務省刑事施設管理局データ)。労働時間は週に数時間〜数日のみ。「実社会」での仕事に就いている者は約4%、2,459名だ(2019年8月時点)。その多くは、社会問題の解決を目指して活動している協同組合などが提供する仕事をしている。700名ほどは一般の民間企業で仕事をしている。

*World Prison Brief data: Italy

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Photos by Luca Savettiere

服役中に「仕事をした人」と「そうでない人」の差が顕著になるのは、釈放されるとき。イタリアでは前者の再犯率が19%なのに対し、後者は68%と大きな差がある(イタリア司法省発表データより)。「実社会」で働き、釈放後もその仕事を継続する場合、再犯率はさらに下がり、刑務所に再び収監されたのは100人中2人のみだった。

受刑者を巻き込む「食」のソーシャル・ビジネス

このような背景もあって、服役中に「食」の腕を磨き、更生力の下支えとする事業が次々と誕生している。訓練の対象は少年刑務所で服役中の若者たち。ビール、コーヒー、ビスケット、パネトーネ(ドライフルーツ入りの菓子パン)の4つのケースを紹介する。

ケース1:受刑者・元受刑者によるビール製造プロジェクト「マルナット」

ミラノの方言で “不運な境遇の生まれ” を意味する「マルナット(Malnatt)」。3つの刑務所の受刑者らが製造しているクラフトビールの商品名だ。




当プロジェクトの発案者でコーディネーターを務めるのは、大手酒類製造会社マルティーニ・エ・ロッシ社の営業部長マッシーモ・バルボニ。「サン・ヴィットーレ刑務所のシチリアーノ所長と、受刑者たちにどんな仕事を提供できるかという話しになり、当時ハイネケン社に勤めていた私はビール業界に詳しかったのでクラフトビールはどうかと提案したんです。すると、ボッラーテ刑務所、オペラハウス刑務所なども協力してくれることになったんです」とバルボニが経緯を説明する。

2019年6月から事業を開始。「パブからの注文もどんどん増えており順調です。口コミは強いですね」。 味は3種類。大麦麦芽のみで作られた無濾過の「サンビットーレ」、小麦が原料の「ボッラーテ」、モロシナ農場で収穫された原料のみで作られたレッドビール「オペラ」。モロシナ農場は、移民や難民申請者にも滞在場所と仕事を提供し、無濾過で低温殺菌されていない再発酵ビールのみを製造している。

「社会的な使命を果たせる、こだわりのビール工房にしたかった」とシチリアーノ所長。 ミラノ地方議会の出資で販売所が10ヶ所設けられている。その一つを任されているのは、オペラ刑務所の受刑者サルボ(44)だ。「法律第21条に従い、日中はそこで労働し、夜は刑務所に戻る生活をしています」

プロジェクト成功のためには、年間10万リットルのビールを販売する必要があるが、「商機は十分あると思っています」とシシリアーノ所長。「受刑者のなかから、販売や配達を任せられる人材をもっと育てていきたいと思っています」

Malnattビール

ケース2:女性受刑者らが手がけるコーヒー「ラッツァレーレ」

ナポリを代表するものの一つ「コーヒー」が、2012年からはポッツォーリ刑務所の女性受刑者にとっての “救済” “解放” そして “新たな始まり” を象徴するものにもなっている。

ソーシャル協同組合「ラッツァレーレ(Lazzarelle)」の指揮のもと、女性受刑者らは豆の調合・焙煎・冷却・粉砕・包装、そして倉庫の管理にいたるコーヒー生産の全工程に加わる。受刑者とそうでない人の区別はなく、全員がフラットに作業に関わり、すべての生産工程を把握している。だからこそ「実務訓練」となり、出所後の生活再建に活かせる仕事となる。



服役の期間が “贖罪”となるだけでなく “再教育”を受けられる場に。そのおかげで、彼女たちは専門的技能を身につけて出所することとなり、社会に入っていける。自分では気づいていなかった資質やスキルを使うことができる。そうすれば、懸命に働き、公正な方法でお金を稼ぐことの大切さを体感できるのではないだろうか。

ラッツァレーレではコーヒー製造以外にも、有機栽培の紅茶の葉の製造、料理人を自宅に派遣する出張サービスも提供している。

Lazzarella Coffee

ケース3:ビスケットのスタートアップ「コッティ・イン・フラグランツァ」

伊グルメ専門の出版社ガンベロ・ロッソが、2019年の「ベスト・フェアトレードプロジェクト」に選んだのが「コッティ・イン・フラグランツァ(Cotti in Fragranza)*」。シチリア島北西部パレルモにあるマラスピナ少年刑務所で誕生したビスケットづくりのスタートアップ企業だ。

事業を考案したのは、刑務所の前所長ミケランジェロ・カピタノ、心理学者で少年刑事に関する社会活動家のアレサンドロ・パドバニ、当事業のコーディネーターを務めることになるナディア・ロダトの3人。

2016年1月、ソーシャル協同組合「リジェネラツィオーニ(Rigenerazioni)」が運営するプロジェクトにマラスピナ少年刑務所で服役中の5名が加わり、厨房での訓練が始まった。そして同年7月から、本格的にプロジェクトとして始まった。販売量も徐々に増え、現在では大型チェーン店(Coop,Conad等)など100を超える小売店で販売されている。

「こんな商品が誕生したのも少年たちのおかげです。制作にまつわるエピソードがたくさんあります」フィレンツェ大学で人権問題を学んだロダトは言う。

「ビスケットの裏に入れたキャッチフレーズ “食べてみなくちゃわからない” から、商品名、包装や販売方法についてまで、色々なアイデアを思いついたのは少年たち。材料や費用についても一緒に話し合い、もはや“経営者と労働者”ではなく、一つのチームでした」

シチリア伝統の焼き菓子作りだけではなく、デリやケーキ屋の経営も行っている。2019年9月からは、パレルモの中心地にあるビストロ「アル・フレスコ」の経営も行っている。「外部との提携」が治療と更生になるとロダトは言う。活動を支援してくれる人たち、資金面でサポートしてくれるパートナーも増えている*。

*サンゼノ財団、Associazione Nazionale Magistrate、Unicredit、 Chiesa Valdese、Fondazione con il Sudなど。

マラスピナ少年刑務所の現所長クララ・パンガロも、このプロジェクトを全面的に支持している。このプロジェクトに与えられたレシピ第一弾は、イタリアで最も有名なシェフの一人でタンジェリンクッキーの考案者でもあるジョバンニ・カタラーノのものだった。

ロダトと共にプロジェクトの調整役を務めているルチア・ラウロは言う。「タンジェリンは、長年マフィアの支配下にあった地域のオレンジの一種。今これに、新たな価値や意義が与えられている。この若者たち(現在6名)に “更生への道” が開けているようにね」



2015年に刑期を終えた2人(ともに24歳)は現在、リジェネラツィオーニで雇用されている。「プロジェクトの立ち上げ時から参加していた彼ら、今では大きな責任を伴う仕事を任されています」ロダトが語る。「このプロジェクトは彼らにとって家族みたいなもの。一人は大学に通い始めましたし、もう一人はパティシエになりたい夢があり、いくつかの高級レストランで働いています」

「彼らは我々と “生涯契約” を交わしており、借家で生活しています。何よりも、自立した生活を営み、新たに手にした自由を謳歌するチャンスを手にしています。プロジェクトにおける自分の役割を理解し、自分たちのことを“主役”に感じています。生き方を変えられただけでなく、自らが指導者になることもできるのだと」

「“犯罪” と“犯罪者” は別物。これはいつの時代もそうでしょう」

* Cotti in Fragranza

ケース4:ヴィチェンツァに一大旋風を巻き起こした刑務所発祥のレシピ「ドルチッシメ・エバシオーニ」

ベネト州ヴィチェンツァの刑務所内にあるパン屋プロジェクト「ドルチシメ・エバシオーニ(Dolcissime Evasioni)」を率いるのは、ソーシャル協同組合「M25」だ。

「シリアスな雰囲気漂う冷えきった建物に歩み入ると、焼きたてのビスケットやパネトーネのいい香りがあふれてくる。私でも、本当に驚きます」M25の代表ミッシェル・レジーナは言う。クリスマスには1500個ものパネトーネを焼き、飛ぶように売れた。


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Photos by Luca Savettiere

「この作業場では4人の受刑者を雇用しています。経験豊富な職人2人を講師に迎え、質の高い仕事を教えます」

ここの手作りパネトーネが大変好評なため、M25が運営する精神療養デイケアセンター「ダビデ・エ・ゴリア (Davide e Golia) 」内に小さな販売所がオープンした。ここでは、当センターに通う人たちが作ったジャムやトマトソースも販売している。さまざまな社会的弱者らが協力し合い、自分たちが主役になれるプロジェクトになっている。

「労働というのは尊いもの」とレジーナは言う。「人々が自尊心や希望を取り戻す。このパネトーネにはそんな香りがします。知識や技能が、他者と分かち合える真の強みとなるのです」

プロの仕事を見習うことで人を更生させられる。誰かの役に立ちたい、人生をやり直したい、そんな思いを抱かせてくれる。「ヴィチェンツァ刑務所では受刑者たちが野菜や果物を栽培できる温室も3つ管理しています。梱包用の倉庫では11名の受刑者を雇用しています」

ドルチッシメ・エバシオーニ

ソーシャル事業のネットワーク組織「ヴィアーレ・デイ・ミ―レ」がミラノに誕生

2015年には、こうした小規模なソーシャル事業を取りまとめるべく、ミラノ市当局の働きかけもあって、「ヴィアーレ・デイ・ミ―レ(Viale dei Mille)」という団体が誕生した。現在は6団体(Alice, Il Gabbiano, Bee4, Zerografica, Opera in Fiore, IN Opera)が参加している。

「刑務所で活動している小規模事業者たちの成長を支える “加速装置”になりたいと考えたのです。商品開発や農家との関係づくりをすすめ、商業ルートを開拓。そうすることで、受刑者たちの社会復帰をサポートしていければと」

ミラノのダテオ駅近くにスペースがあり、 “メイド・イン・プリズン”の製品を展示・販売している。この日はイタリア各地から約20のソーシャル事業組合の商品が展示されていた。食品を中心としつつも、トレント刑務所製の酵素入り洗浄剤、フィレンツェの女子刑務所で作られた人形、フォルリ刑務所からは手作りカード、ブレシア・ヴェルツィアーノ刑務所の女性受刑者が編んだカシミアセーター、受刑者が家族と連絡を取りやすくなるシステムを考案したゼログラフィカ印刷所製のノート等、多様な商品が並んでいる。



軽食をつまみながら互いの事業について情報交換する集いの開催、見本市やイベントへの参加、新たな企業との関係づくりなど、刑期満了が近い受刑者たちがインターン又はフルタイムで就業できる機会をつくり出している。

ルイーザ・デラ・モルテ理事は語る。「釈放直後は、犯罪の世界に舞い戻るリスクがつきまとう時期。 仕事がなくて、社会復帰へのサポートを受けられないと、まともに生きていこうという気持ちが折れがち。釈放時に仕事があれば、それが協同組合が運営するような作業場であろうと、再犯リスクは低くなる」

昨今の労働市場において、特別な能力やスキルがない者が仕事を見つけるのは厳しい。前科があるとなるとなおさらだ。「だからこそ、刑期中に専門スキルを身につける必要があるのです」

「逮捕された時点で、受刑者の大半は特別なスキルを持っていない。 もしかすると才能はあるのかもしれないけど、そういったことに価値を見出し、伸ばす機会に恵まれず、それを仕事にすることもなかった。彼らにも能力があることを認め、それを使えるスキルとすべく訓練の場を提供することが重要」

「イタリアの刑務所には、まともな教育を受けられず、何の資格もない受刑者たちが大勢いる。多くが貧しい生活をしてきた人たちです。そんな彼らが技術を身につけられ、かつプロ意識を持てるようになれば、見違えるような効果が現れるのです」

なかでも「食」の分野は経験や知識がない人に教えやすいとも言う。「ローカルでニッチ、そして健康的な食品の需要が高まっているため、小規模の職人的な団体が堅実な成長を見せています。刑務所内の作業は規模が小さく、生産量も少ない。そのため、市場の需要に合わせてユニークな製品を作ることができるのです。ソンドリオ刑務所のグルテンフリー食品、トラーニ刑務所の伝統的レシピで作るタラーリ(イタリア南部の伝統的な固焼きパン)や地ビールなんかがそうです」

デラ・モルテがこの数年の実績を語ってくれた。「昨年は、高収益を挙げている企業から社員向けのクリスマスギフトを作りたいと2万ユーロ(約234万円)の案件を受注しました。 5つの企業と一緒に、いろんなマーケットにも出店しました」

「ミラノ・フードウィーク2019 の開催中には、ミラノ市内のいくつかのレストランで関連イベントを開催。プロのシェフたちが、 “メイド・イン・プリズン”の食材、ソース、パスタ、ワインを使った料理を提供しました」

Viale dei Mille

By Marta Zanellan/Daniela Palumbo
Courtesy of Scarp de’ tenis / INSP.ngo


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参考リンク:日本にもある「メイド・イン・プリズン」製品

“平成31年4月1日末現在、約4万1千人の受刑者等が、全国75の刑事施設(刑務所等)で木工、印刷、洋裁、金属、革工などの作業に就業し、職業的な技能の向上を図っています。”
CAPICサイトより
https://www.e-capic.jp/

オンライン編集部オススメ映画『プリズン・サークル』
https://youtu.be/6lHlaX7VZA0 







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