2019年9月から、240日以上続いたオーストラリアの森林火災。2020年3月になってようやくオーストラリア東部ニューサウスウェールズ州の消防当局が鎮火宣言したわけだが、「その後」の状況は、新型コロナウイルス関連のニュースに押されて目立たない。『ビッグイシュー・オーストラリア』が森林に生息する昆虫の実態について取材した。
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毎年、ある時期になると現れる昆虫が、ここ数年姿を現さなくなった。例えばクリスマス・ビートル*1。オーストラリアの南部・東部に生息し、クリスマスツリーの飾りのようにピカピカ光るカブトムシだ。長年、この昆虫の発生がオーストラリアの夏の到来を告げてきたが、かつてのようにたくさん見ることはなくなった、と人々は口にしている。

*1 クリスマス・ビートル
   Christmas Beetle


聖書によると、我々の祖先はその行いを昆虫の「大量発生」で省みたようだが、現代では、われわれ人間が環境に対して犯した罪が、昆虫の「大量消失」を引き起こしているのか――。

昆虫話とかけてるわけではないが、「バタフライ効果*2」は深刻だ。花粉を運ぶ生物がいなくなれば昆虫を食べる鳥が絶滅するかもしれないし、農業の壊滅をもたらすかもしれない。フンコロガシがいなくなれば、世界が牛のフンまみれになるやもしれない。

*2 初期条件のわずかな差が、その結果に大きな差を生むこと。1972年に気象学者エドワード・ローレンツが「ブラジルでの蝶のはばたきがテキサスに竜巻を引き起こすか」との題名で講演したことに由来する。

sandidによるPixabayからの画像
sandid / Pixabay

これは疑いようのないことで、他国での調査からも懸念すべき結果が示されている。よく知られているものに、2017年に発表されたドイツ西部クレーフェルトでの調査がある。アマチュアの熱心な昆虫好きたちが、地元の自然保護区における昆虫の総量を分析し続けたところ、27年間で76パーセントも減少していることが判明したというのだ。

2019年には73の調査が実施され、チョウ、マルハナバチ、カブトムシ類などを中心に多くの昆虫種の減少パターンが示された。研究者たちは世界全体で41%の昆虫種が減少していると見積もっており、何かしらアクションを起こさない限り、「数十年後には、昆虫全体が絶滅の道をたどることになる」と警鐘を鳴らしている。ただ一方では、こういった主張が広く報じられることに対し「おおげさだ」と批判する科学者たちもいる。

大部分の昆虫には名前さえついていない。「昆虫ハルマゲドン」はホント?!

オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)の「国立昆虫コレクション」を統括するデヴィッド・イェーツは、まだパニックにならないでほしいと言い、この数年、メディアで「昆虫ハルマゲドン(insect Armageddon)」という言葉が繰り返し使われていることにも否定的だ。

「国外の昆虫学者たちにより、ヨーロッパや北米の一部地域で昆虫が激減していると指摘されています。ですが、ここオーストラリアでは現状を把握できていないのが実情。まだ十分なデータが揃っていないため、この段階では何もはっきりとしたことは述べられません」

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Photo by David Clode on Unsplash 

「昆虫の減少」についてさまざまな感情が飛び交っているのは、その原因があいまいで特定できないからではないだろうか。例えば、生息環境の破壊、農業の集約化(特に農薬の使用増大)、外来種の侵入、光害、交通網の発達、気候変動など、さまざまな原因が考えられる。

パニックが起こるもう一つの理由は、イェーツが指摘した「データの不足」だ。なぜ昆虫のデータ収集ができないかというと、そもそも存在さえ知られていない昆虫が多くいるから。国立昆虫コレクションでは、オーストラリア国内にいる昆虫1200万体もの標本を、ダニ類/クモ類/ムカデ類などと分類し保管している。しかし、それらの大部分、およそ3/4の昆虫には、まだ名前さえついていないとイェーツは言う。

「オーストラリアには大体8万種類ものカブトムシが存在していますが、カブトムシの分類学者は3人しかいません」とイェーツ。「ハエにも6万種ほどあるのですが、専門の学者は1人か2人です。莫大な昆虫の数に対して、私たちの手が追いついていないのが現状です」

科学的知見が不足しているため、オーストラリアで深刻な被害をもたらした森林火災によって昆虫の数がどれだけ減ったか、全体像を計測するのは難しい。調査リソースが体が大きめで認知度の高い動物に集中、小さな動物が軽視される「分類バイアス(taxonomic bias)」は、世界的な問題となっている。

イェーツは自然環境専門誌『オーストラリアン・ジオグラフィック』(2020年1月)内でこう語っている。「確かにコアラは可愛いですが……コアラが減っても生態系が大きく崩れることはありません。でも昆虫がいなくなったら、生態系が崩れてしまいます。昆虫は、栄養物の再循環や花粉の媒介に大きく関与している。昆虫なくして、私たちは生きられないのです」。

森林火災によるダメージを知ることも難しいマリーモス

「絶滅の恐れのある野生生物のリスト(IUCNレッドリスト)」に記載されているオーストラリア昆虫類の項目にも調査不足が見て取れる。絶滅危険度の分析対象となっているのは573種のみで、その多くはチョウ類やトンボ類といった比較的大きいものばかり。“絶滅の危機”に分類されている昆虫も、なかなか注目されることがない。例えば、ドナ・ブアン山のウイングレス・ストーンフライ(カワゲラの一種)、急流に生息する大型ミジー(ハエの一種)、マッカーシーズアブラゼミなどは、絶滅の危機にあるとされているのにニュースにもならないようだ。

ChesnaによるPixabayからの画像
Chesna / Pixabay

「小型の茶色いカブトムシや蛾」の擁護者を自認するイェーツは、調査が不十分かつ危機に瀕している生物の例としてマリーモス*3を挙げる。「蛾にはおよそ5千種類あります。あまりにも種類が多く、違いが分かるのは昆虫学者ぐらいでしょう。マリーモスの幼虫は、腐ったユーカリの葉を食べるという非常に特殊な能力を持っています」。

腐ったユーカリの葉は繊維質で、栄養が乏しく、多くの生物にとっては毒になる。通常、湿気の多い環境下だと、林床の葉は菌類によって分解される。これが栄養物の循環の中で欠かすことのできないプロセスとなっているものだが、乾燥したユーカリの木(マリー)の生態系では、蛾の幼虫がこのプロセスの担い手となっているのだ。

*3 マリーモス。マリーは背の低いユーカリ種。
https://australian.museum/learn/animals/insects/australian-mallee-moths/


こうした乾燥した環境にはマイナスの側面があるとイェーツは説明する。「火事になったら、落葉にいる幼虫たちも焼けてしまいます。そうなると、落葉の分解ができず、土壌の分解と栄養分配のサイクルが壊れてしまいます」。ユーカリの木の生態系も近年の森林火事で大きなダメージを受けたようだが、元々の数や分布がはっきり分かっていないため、実際にどれほど損害を被ったかを判断するのは難しい。

春の移動を止めてしまったボゴンモス

オーストラリアの昆虫の中では、ボゴンモス*4 も急激な減少が見られる。春になるとボゴンモスは、温暖なクイーンズランド南部あたりからオーストラリアの南部・南東部(ビクトリア州やニューサウスウェールズ州)の山岳地帯へと移動し、そこで絶滅危惧種であるマウンテン・ピグミー・ポッサム*5 の重要な食料源となる。山岳地帯に約88億もいたボゴンモスが、2017年と2018年の春季には検知されないレベルにまで激減してしまったのだ。

*4 ボゴンモス
https://australian.museum/learn/animals/insects/bogong-moth/
*5 ネズミ大の有袋動物。


そこで、自然保護団体ズーズ・ヴィクトリア(Zoos Victoria)は2019年9月、「蛾のための消灯(Lights Off for Moths)」という公共キャンペーンを立ち上げた。明かりが蛾の移住を邪魔する可能性があるため、蛾の移動コース沿いに住む住民たちに、不必要な電灯の使用をやめるよう促す取り組みだ。

蛾のための消灯キャンペーン 


ただ、他の多くの昆虫減少と同じく、正確な原因を突き止めるのは難しいとイェーツは言う。「もしかすると、干ばつが原因で蛾が移動をやめてしまったのかもしれませんし、ニューサウスウェールズ州中西部で生息環境の破壊が進んだのかもしれません。気候変動によって蛾のライフサイクルが変わってしまったのかもしれない。あるいは、こうした要因が絡み合ってのことかもしれません」。

昆虫減少は本当に世界的に起きている?! 次なるアクションはどうあるべきか

オーストラリアにも、昆虫の保護に成功した事例もわずかながらある。ロードハウナナフシは80年もの間絶滅したと思われていたが、海に囲まれた岩の島で再発見された。現在はズーズ・ヴィクトリアの繁殖プログラムで飼育されており、絶滅危機の原因となったネズミを駆除した後で、島に戻される予定だ。

セイヨウミツバチに関しても、他国で起きているような壊滅的な減少はほぼ起きてない。北米では2007年以来、ミツバチのコロニーが毎年平均30%減少して蜂蜜産業に打撃を与えるとともに、多くの作物生産に欠かせない花粉の媒介に危機をもたらしている。世界中の養蜂場はこの20年ほど、大量のミツバチが巣箱からいなくなってしまう原因不明の蜂群崩壊症候群(Colony Collapse Disorder: CCD)に悩まされているというのに。

Kathryn Bowman (nee Selfe)によるPixabayからの画像
Kathryn Bowman (nee Selfe) / Pixabay

野生の昆虫と同じで、ミツバチの減少も同じような理由から引き起こされていると考えられる。つまり、農業における単一栽培、農薬の使用、ミツバチヘギイタダニなどさまざまな寄生虫や病気だ。厳しい検疫のおかげで、オーストラリアは世界で唯一、ミツバチヘギイタダニの侵入を許していない国であり、オーストラリアの蜂蜜産業はその恩恵にあずかってきた。だが、オーストラリア放送協会(ABC)は最近の報道で、近年の干ばつや森林火災がミツバチの生存に不可欠なフラワリング・ガム(ユーカリの一種)に影響を及ぼしており、結果として蜂蜜産業に打撃を与える可能性があると伝えた。

他の国々では、昆虫の減少に歯止めをかけるため、市民に花を植えたり生垣を保持したりすることを奨励し、さらには天敵を利用して加害生物を減らす生物的防除や、小型追跡装置によるミツバチの餌の捕獲行動観察など幅広い取り組みを行っている。多くの昆虫減少の原因と考えられている殺虫剤ネオニコチノイドとフィプロニルは、EU内での使用が禁止された。だが、科学者キャロライン・オークスウェルは、これらの禁止が昆虫保全を意図したものであっても、より有害な古いタイプの殺虫剤が使用されることになれば逆効果だと述べている。

またオーストラリアでは、チョウを追跡するアプリが登場するなど市民発の科学技術の発達も見られ、知識のギャップを埋める前向きな動きだとイェーツは言う。

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bbosong  / Pixabay

昆虫研究がまだ十分ではなく、「昆虫ハルマゲドン」の科学的根拠が議論を呼んでいる一方で、昆虫保護に向けたアクションを取ることについては、慎重派の学者たちも「不確かさは何もしないことの理由にならない」と賛成している。

ニューイングランド大学のマニュ・サンダースと同僚研究者たちもこう記している。「本当に世界レベルで昆虫減少が起きているのか確証を待つ必要はない。不確かであることはむしろ希望を含むメッセージだ」。その上で、昆虫の保護に向けたアクションを起こすこと、昆虫に関する研究の数を増やすこと、そのための資金を投入していくことを呼びかけている*6。

*6 参照:Insectageddon is a great story. But what are the facts?


By Rhianna Boyle
Courtesy of The Big Issue Australia / INSP.ngo

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