2020年3月、新型コロナウイルスがニューヨーク市に急拡大。元から満員だったホームレスシェルターにさらに大勢の人々が詰めかけ、ソーシャルディスタンスなどままならない “危険な” 状態に。シェルター内ですし詰め状態で雑魚寝してる様子が報じられた(写真)。
ニューヨーク市内(人口約830万人)にはホームレス・シェルターが約450ヶ所あり、うち約200ヶ所で複数の新型コロナウイルス陽性者が確認された。6月22日時点で、シェルター内の陽性者は約1,200名、死亡者は88名。死亡率は一般市民より61%も高かった。
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ホームレスはステイホームできない!
この事態を受け、ホームレス支援を掲げる7つの非営利団体(Human.NYC、VOCAL NY、Safety Net Project等)が協力し「Homeless Can’t Stay Home(ホームレスはステイホームできない)」キャンペーンを立ち上げた。コロナ禍において、住まいのないニューヨーカーらが約3万室あるとされるホテルの空室に宿泊できる法案制定を訴えている。法案が通過するまでは、「Homeless Can’t Stay Home」キャンペーンとしてホテルの部屋を借り上げ、宿泊先を用意することに。クラウドファンディング「GoFundMe」で資金を集めたが、目標額の20万ドル(約2,100万円)には届いていない。かろうじて集まった12万8千ドル(約1,300万円)で、28名のホームレス当事者を「ステイホテル」させたが、宿泊費は1人あたり週500ドル(約5万3千円)かかり、このままでは7月頭には資金が尽きてしまう状況だった。
4月22日、スティーブン・レヴァイン市議会議員が法案を提出した。しかし、デブラシオ市長ならびに市の社会サービス局(ホームレス支援を担う)はこの法案に反対。5月に予定されていた(法案成立をかけた)投票も、ホームレス支援当局ならびにシェルター運営者から個室に入ることにより精神疾患者が孤立しかねないとの声が上がり、中止に追い込まれた*1。
*1 Vote Postponed to Move Thousands of Homeless People Into NYC Hotels (5月18日)
そこで「Homeless Can’t Stay Home」キャンペーンとしては、当面の活動の中心を、ステイホテル中の28名に長期的な住まいを見つけ出すこととし、新たな資金調達キャンペーンを始めた(6月21日)。しかし資金が集まる保証はない(9月8日現在、目標額10万ドルに対し約3万9千ドルが集まっている状況)。28名の当事者たちは、遅かれ早かれ、また路上で寝泊まりすることになるのだろうと諦めつつある。
その一人、マーカス・ムーアに話を聞いた。市のホームレス支援当局からはジャマイカ地区(ニューヨーク市クイーンズ区)の相部屋を打診されたが、見ず知らずの人といきなり一つの部屋に押し込められるのは、誰だって気分の良いものではない。支援ネットワークから引き離され、人として粗末に扱われたように感じ、断ったと言う。料理宅配サービス「ドアダッシュ」の配達員として働く彼は、「僕らだって、頑張って仕事をしてる。だけど、給料が低くて家賃を払い切れないから、路上生活せざるを得ないんだ。“タダなんだから我慢しろ”とでも言わんばかりの対応をされると切ないね」とこぼす。
キャンペーン設立団体の一つ「ヴォーカル・ニューヨーク」のセリーナ・トロウェルは、議員らが法案成立に積極的でないことに落胆している。また、ニューヨーク市の路上生活者の大半は黒人とヒスパニック系である事実を指摘する(黒人57%、ヒスパニック・ラテンアメリカ系32%、白人7%、アジア系・ネイティブ・アメリカン 1%以下 、不明3%)。「黒人の命や生活を蔑ろにしないでと伝えたいだけなのに、まともに取り合ってもらえない」
「Homeless Can’t Stay Home」キャンペーン関係者たちはニューヨーク市当局の対応に不満を募らせている
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市当局の消極的な対応
(法案が通過すれば)ホテル代を負担することとなる米連邦緊急事態管理局(FEMA)は、3月にニューヨーク市当局に書状を送付。ホテル宿泊費の75%を支払う用意がある旨を伝えていたが、この書状が公開されたのは5月になってからだった。社会サービス局は、現在13,000人の路上生活者を民間ホテルに宿泊させていると発表している。だが、これにはコロナ禍以前から民間ホテルに宿泊していた約3,500名も含まれている。
キャンペーン設立母体の一つ「セーフティーネット・プロジェクト」のヘレン・ストロームによると、市が借り上げたホテルでは、見ず知らずの人と相部屋になるうえ、出入りの時間を規定され、金属探知機でスキャンされるなど、何かと制約がある。対照的に、「Homeless Can’t Stay Home」キャンペーンではシングルルームを提供し、厳しい制約も設けないとしている。
ニューヨーク市ホームレス人口の実態
市当局が実施した2019年度のホームレス人口実態調査(連邦政府から義務づけられ年一回実施)によると、ニューヨーク市の路上生活者は約3,500人とされているが、この数字は全く実態に即していないと支援者らは酷評している。市全体のホームレス人口(友人宅に身を寄せている者などを含む)は明らかではないが、アメリカ合衆国住宅都市開発省は78,000人前後とみている。関連記事:ホームレス人口は本当に減っているのか? 路上生活者の実数調査の難しさ/米国の調査方法の限界
市が運営するシェルターに身を寄せている単身の成人は、6月時点で約19,000人(男性14,712人、女性4,700)。家族でホームレス状態にある人たち(成人19,698人、子ども19,626人)には個室が割り当てられるため、大部屋に詰め込まれる単身者の方がより感染リスクが懸念されている*2。
*2 ホームレス支援団体「コウリション・フォー・ザ・ホームレス」発表の数字。Number of Homeless People in NYC Shelters Each Night
社会サービス局のイサック・マクギン報道官は『Next City』誌にあてたメールで、市の取り組みは安全であること、新型コロナウイルス感染症状がある者はシェルターから隔離棟へ移していると強調した。また、1週間に約1,000人のペースでシェルターからホテルに移動させているとも当局は発表している。「シェルターの全利用者を移動させると公衆衛生上の問題が生じるため、各人の状況に基づいた段階別アプローチを取っています」というのが言い分だ。
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またウェブメディア「ゴッタミスト」にあてたメールでは、「Homeless Can’t Stay Home」キャンペーンが提唱している法案を「稚拙かつ無謀」と形容。路上生活者のステイホテルを実現させるには、看護師や臨床スタッフを配置する必要があり、その費用は6ヶ月で4億9500万ドル(約526億円)、FEMAからの補助金ではカバーしきれないと主張した。
「市当局は路上生活者を十把一絡げに、重い精神疾患がある人、薬物を乱用している人と捉えている」と言うのはホームレス支援団体「ヒューマンズ・ニューヨークシティ」のジョシュ・ディーン。「例えば、今ステイホテル中の28人は何の精神疾患も依存症もありません」。路上生活者の多くはただ単に高騰した家賃が払えないだけ、三密になるシェルターは避けたいのだと。「ある集団に対して適切な対応ができないことを別の集団のせいにする、当局にありがちな対応です」
警察の取り締まりによるホームレス排除
「Homeless Can’t Stay Home」キャンペーンが働きかけている法案は、路上生活者と警察の接触を回避させることも目的としている。警察は、公共の場から路上生活者を締め出すだけでなく、シェルターの警備でも存在感を放っている。先日も、警察が地下鉄構内を“一掃”し、多くの人たちが路上に舞い戻ることとなった。「Homeless Can’t Stay Home」キャンペーンの試算では、ニューヨーク市警察本部はホームレスの “見回り” に年間2千万ドル(約21億円)、シェルターでの警備に5千万ドル(約53億円)を費やしている(これには、地下鉄構内に派遣される警官約1,000人の人件費は含まれていない)。警察への予算カットと、ホームレス取り締まりから手を引くことを市当局に要求している*3。
*3 Defund The NYPD: Homeless New Yorkers Need Housing, Not Police!
デブラシオ市長は、市のやり方は「思いやりにあふれた適切なもの」であり「ホームレス問題に終止符を打てる」と胸を張る。しかし、シェルターに行くようにと地下鉄構内から追い出された人の大多数は、路上や市バスの中で夜を明かしている現実がある。市が借り上げている民間ホテルは「シェルターの現入居者用」とされているため、すぐに入ることができないのだ。「ホテルのシングルルームがあれば路上生活をしなくて済む人は大勢います。でもいかんせん、使えるホテルがないのです」ストロームは言う。
「Homeless Can’t Stay Home」キャンペーンとしては、家なき人たちにこのコロナ禍でのみ宿を提供するのではなく、この先もずっと暮らせる(安価な)住まいの手配を市当局に望んでいるが、市当局からはそうした計画は全く示されていない。「担当者たちは長期的な計画を何も考えていない。苛立ちを超え、もはや怒りしかないですね」トロウェルがもらした。
【オンライン編集部補足】
上記は支援団体からの視点で書かれた記事だが、ニューヨーク市は他の都市と比較すると「ステイホテル」施策が進んでおり、約700あるホテルのうち139のホテルが使われている。ホテル側の協力はある程度得られているものの、1泊あたり200万ドルにもなる宿泊代を市がいつまで負担できるのか、またホテル周辺住民(特に富裕層エリア)から訴訟を辞さないほど反対の声が強まり、市がいったんホテルに落ち着いていたホームレスの人々の移動を余儀なくされる事態も起きている。「Homeless Can’t Stay Home」キャンペーンが要求している法案制定とあわせ、この対策のゆくえは長期的に追っていく必要がある。
参照:
New York is moving homeless people into luxury hotels to protect them against coronavirus and wealthy neighbourhoods aren't happy
'This will bankrupt the city': Nearly 20% of New York's hotels are being used to house 13,000 homeless people for more than $2million-a-night
By Roshan Abraham
Courtesy of INSP.ngo(原文掲載『Next City』)
「HOMELESS CAN’T STAY HOME」キャンペーン公式サイト
https://www.homelesscantstayhome.org
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