世界全体に大きな衝撃を与え、私たちの生活を一変させた新型コロナウイルス感染症を、「地球の歴史」という壮大なスケールで見るとどう捉えられるだろうか。人間ドラマの数々も長期的な視点でみれば、未来に重要となるものが見えてくるかもしれない。 地質学研究者の考察を紹介しよう。

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大量のプラスチックごみは「人工物化石」に

はるか未来、地質学者が調査したところで、パンデミックの“直接的”な記録は残っていないだろう。ウイルスそのものが化石化することはないし、感染症の犠牲者を判別するのも容易ではないだろう。化石化した人体は、他の死因と判別するのが難しいからだ。

しかし、「人工物化石(technofossils)」のような“間接的”な記録は残るだろう。世界中で大量に廃棄されている使い捨てマスクや手袋などがそうだ。プラスチック素材が使われているため耐久性があり化石化しやすく、すでに「岩が形成される地質学的なプロセス」に加わりつつある。

化石化にもいくつかのパターンがある。あまり劣化していない手袋やマスクは川や湖の底に堆積し、長い時間をかけて土砂などで覆われ、新しくつくられる岩となって化石化されるだろう。堆積しなかった手袋やマスクは海に流れこみ、一部は遠く離れた岸辺に漂着、ビーチ清掃で個人防護用具 (PPE)が発見される事例もすでに起きている。その他のものは海流に乗って、海の真ん中につくられつつある「プラスチック島」の一部となるのだろう。

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すでにある人工物化石をさらに増やすこととなり、私たち世代だけでなく、この先何世代もの人類たちにとって、大きな環境問題となるだろう。優れた古生物学者たちが、これらの化石から2020年のパンデミックを振り返ることになるのだろう。

景気停滞がもたらしている地質学的な影響

プラスチックごみ問題は深刻化しそうだが、(コロナ禍の経済停滞によって)二酸化炭素の排出量は今のところ減少傾向だ。北極・南極などの氷の層における大気中二酸化炭素レベルがその化石記録となるのかもしれないし、他の温室効果ガス(亜酸化窒素など)の減少も化石となって表れるかもしれない。大気が以前よりきれいになれば、湖底の堆積物に含まれるガス状の微粒子も減少するかもしれない。しかし今のところ、その減り具合はわずかなものだが......。

近年、貿易のグローバル化によって世界各地の港と港の間を“輸送”される侵入種(ゼブラ貝など)が個体数を急増させ問題視されてきた。人新世(じんしんせい)*1においてはこうして新たな動植物がつくり出されていくのだろうと言われてきたが、コロナ禍で漁業や海上輸送が縮小していることで、侵入種の流入も穏やかになると考えられ、海洋にも良い影響をもたらすだろう。

*1 地質時代の区分で最も新しい時代「完新世」から、人類による地球環境への影響が顕著になった近年だけを切り離そうと提案された新たな区分。2000年にドイツの大気化学者クルッツェンが提唱。

しかし、コロナ禍による景気減速が地質学的に残す“証拠”など取るに足りないものだろう。国際通貨基金(IMF)の予測では、経済的な揺り戻しが起きた場合、一時的に見られた環境面でのポジティブな兆候はすぐにかき消され、状況はさらに悪化すら恐れもあるとみられている。

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Photo by Macau Photo Agency on Unsplash 

英国ではボリス・ジョンソン首相がコロナ禍からの経済立て直しを図るため総額50億ポンド(約6790億円)の経済復興計画「ニューディール」を発表。「建てて、建てて、建てまくる(Build, Build, Build)」をキャッチフレーズに住宅建設やインフラ整備をすすめるとしている。しかしその一環として、ジョンソン首相は、ホクオウクシイモリ(イモリの一種)の集計調査が英国の経済復興の“足かせ”になっていると述べ、野生動物の保護を撤廃する法改正を進めようとしており、環境団体からの反発を呼んでいる。経済復興をかけて環境保護規制を撤廃すれば、すでに生存が脅かされている生物種の絶滅を早めるようなものだ。

経済復興を循環型社会を促進するチャンス

しかし、本当の地質学的な影響というのは、世界的に脱炭素化がすすむといった、パンデミックがきっかけとなってもたらされる社会へのインパクトだろう。

仏哲学者ブルーノ・ラトゥールは、「パンデミックによる教訓は世界の経済システムも急停止が可能だと分かったこと」と語る。気候変動枠組条約(UNFCCC)の第4代事務局長クリスティアナ・フィゲレスも、「単に経済活動をパンデミック前の状態に戻すのではなく、これを機に産業のあり方を見直して低炭素社会を目指すチャンスにすべき」と述べている。

気候変動と経済格差の両方に対処することを目的とした米国の経済刺激策「グリーン・ニューディール政策」が施行されれば、地質学上の“かすかな希望”を一時的なものから永続的なものへと変えていけるかもしれない。

適切な環境政策によって温室効果ガスの排出量を減らし続けられれば、氷や湖底、サンゴ、木の年輪、石筍(せきじゅん)*2 などにその証が刻まれるはずだ。また、生態系の回復力や復元力にフォーカスした事業に投資すれば、経済的にもメリットとなり、社会的正義を高められ、動植物の多様性を豊かにし、その骨・殻・花粉が堆積層を形づくることになるだろう。

*2 鍾乳洞の床にみられる、たけのこ状の岩石。

コロナ禍による景気後退を機に「循環型経済」を発展させていければ、大量廃棄されている使い捨てプラスチックごみの量を少しずつ減らし、ゆくゆくは無くすことも夢ではない。 拍車がかかっている“人新世の痕跡” を残すのか、地球温暖化を回避して持続可能性にかじを切った跡を残すのかーー 未来はまだ“固まって”いないが、いつの日か、化石化したものたちが私たち人類が歩んだ道を如実に物語るのだろう。

By Rachael Holmes, Alice Fugagnoli (レスター大学地質学研究者)
Jan Zalasiewicz(レスター大学古生物学教授)
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo



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